東京国際映画祭は「飛躍」したか──作品の質は高くなったが……
審査委員の構成、会場、開会式などに一考の余地あり
古賀太 日本大学芸術学部映画学科教授(映画史、映像/アートマネジメント)
昨年(2021年)、東京国際映画祭はここに書いたように大きな変化を遂げた。
今年の東京国際映画祭にはあちこちに「知性」が感じられた
2000年に東京フィルメックスを立ち上げ率いてきた市山尚三氏がこの映画祭の作品選考を担当するプログラミング・ディレクターとなり、会場は六本木から日比谷、有楽町、銀座地区に移った。
大きかったのは、それまで矢田部吉彦氏がコンペティションと「日本映画スプラッシュ」の出品作を選んでいたのに対して、市山氏はすべてのセクションを統括して作品を選ぶ権利を与えられたこと。結果として、2020年までにみられた正月映画のショーケースのような「特別招待作品」はなくなり、国際的に見ても恥ずかしくない質の高い選択が全上映作品になされた。さて今年は上映作品が126本から169本に増えたが、結果はどうだったのだろうか。

第35回東京国際映画祭の各部門の受賞者と作品関係者たち=2022年11月2日、東京都千代田区丸の内
1.観客の倍増と日本映画の充実
結論から言うと、今年も去年の路線は貫かれたと言えるだろう。実は、コンペの質は私には去年より少し落ちたように思えたし審査結果にも個人的に不満はあるが、総体として市山氏らしい高感度の選択が感じられ、彼のマニアックな趣味の部分は去年より増えておもしろいと思った。
何よりも会場数が増えたうえに、どこも混んでいた。入場者数(速報値)は5万9414人と昨年の2万9414人のほぼ倍となった。コロナ禍前の2019年が上映本数183本に対して6万4492人だったから、入場者数で言えば今回のテーマである「飛躍」は十分に果たせたと言えるだろう。来年以降、トロントやベルリン映画祭の50万人とはいかなくても釜山の20万人は目指せるのではないか。
さて、まずコンペの作品だが、まず日本映画3本が充実していた。これは2020年までの大きな課題だったが、今年は去年以上に見ごたえがあった。まず松永大司監督の『エゴイスト』はゲイの男2人の恋愛を描き、その完成度の高さに唸った。とりわけ終盤の鈴木亮平と阿川佐和子のやり取りの繊細さには息を呑んだ。
福永壮志監督の『山女』は18世紀後半の東北の寒村を舞台に早池峰山にこもってしまう少女凛(山田杏奈)を描く異色作で、まずオリジナル脚本の設定に驚く。人間をあくまで自然の中の存在としてじっくりと見つめるようなロングショットから、奇跡のようなものが立ちあがる。18世紀後半という時代が十分に感じられる映像の力を感じた。
対照的に、今泉力哉監督の『窓辺にて』は現代のフラットな空間の男女を描く。生活に困らない若者や中年たちが、自由な関係を結び、映画はいくつもの恋愛をあくまでゲームのように抽象的に見せてゆく。この作品は観客賞を得たが、審査員が選ぶ賞からは3本とも漏れた。