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ドラマ「エルピス」が見せる「安倍政治的なものの総決算」への期待

矢部万紀子 コラムニスト

 加藤陽子・東京大学教授(日本近代史)が朝日新聞デジタル(2022年11月1日配信)でこう語っていた。

 「半年前と今とでは、社会の空気が変わりましたよね。自衛官に対するセクハラ問題で防衛省が謝罪するとか、伊藤詩織さんを中傷する投稿に『いいね』を押した自民党の杉田水脈氏に高裁で賠償命令が出るとか、ひょっとすると安倍さんがいなくなったことと関係があるのかなと思っている人も少なくないでしょう」

 長谷部恭男・早稲田大学教授(憲法)、杉田敦・法政大学教授(政治理論)との鼎談で、<国葬と教団問題から考える「分断の政治」 安倍政治的なものの総決算>という見出しがついていた。

 これを読んだ翌日、オンエアから2日遅れでドラマ「エルピス―希望、あるいは災い―」(関西テレビ制作、フジ系)を見た。防衛省の謝罪や杉田議員への賠償命令を可能にしたのが「安倍氏の不在」なのだとしたら、このドラマもそうではないか。そう思った。

©カンテレ「エルピス―希望、あるいは災い―」(関西テレビ制作)  ©カンテレ

テレビドラマがテレビ報道を批判する構図

 ヒロインのアナウンサー・浅川恵那(長澤まさみ)が後悔を語るシーンがあった。2話で、2010年から6年間務めた報道番組時代を振り返り、「自分があたかも真実のように伝えたことのなかに、本当の真実がどれほどあったのかと思うと……。苦しくて、苦しくて、息が詰まりそうになります」。そう語っていた。

 次に回想シーンが流れた。東日本大震災発生直後に原発の「安全性」を専門家に語らせ、福島からの生中継で子どもたちと東京五輪決定を喜ぶ。そんな浅川の仕事が映り、苦しさの源泉が原発事故から東京五輪決定への道だったとわかる。

 国家の欺瞞性を、テレビドラマがテレビ報道を批判する構図で指摘する。それだけでもすごいことなのに、もっと驚いたことがあった。回想シーンに安倍元首相の実際のニュース映像が使われたのだ。13年、IOC総会でスピーチする安倍氏の顔が浅川の後ろにいくつも映り、「状況はコントロールされ(the situation is under control)」という音声も流れた。ちなみにこの映像、TVerなどネット配信では静止画になり、ネットニュースでは「なぜ?」と取り上げられていたが。

 動画、静止画いずれにせよ、大胆だと思う。これってどこから来て、どこへ行こうとしているのか。という本題の前に、まずは粗筋から。

©カンテレ©カンテレ

 ストーリーの骨格は“冤罪事件”だ。テレビ局の同僚記者・斎藤(鈴木亮平)とのスキャンダルで、今は深夜のバラエティー番組を担当する浅川。あるきっかけから、冤罪ではないかと疑われる少女連続殺人事件の取材を始める。真犯人へたどりつこうとする過程で、テレビ局の実態が浮かび上がってくる。忖度文化が当たり前、権力とべったりな者が出世する、そんな会社を冷静に眺める浅川だが、心に深い傷を負っている。だから、斎藤とよりを戻す。 

 「悔しいけど、やっぱり自分なんかには立ち打ちできないくらい、この世界は残酷で、恐ろしいのだと思い知らされてしまうような時、どうしようもなく抱かれたくなるのは、きっとこの人が私よりずっとそういうことに詳しいからだ。守られているような気がしてしまう、抱かれているだけなのに」(4話)

 写真を撮られた頃の自分を「狂っていた」と表現していた浅川だった。報道のエースと結婚して退社すれば、勝ちだと思っていた、番組を降ろされて何もかも捨ててから自分が狂っていたことを悟った。そう斎藤に告げていたのに、抱かれてしまう。渡辺あやさんが民放でドラマを書くとこうなるのかとしみじみする。

©カンテレ©カンテレ

「世間の空気の流れがだいぶ変わったな」

「エルピス」の脚本を書いた渡辺あやさん「エルピス」の脚本を書いた渡辺あやさん

 私が脚本家の渡辺さんを知ったのは、NHKの朝ドラ「カーネーション」(2011年度下期)だった。女性の強さと弱さを描く手腕、時代を見る確かな目。朝ドラ史上最高傑作と思う。以来、渡辺脚本のドラマは必ず見ている。すべてNHKだ。

 渡辺さんを民放に連れてきたのは、関西テレビの佐野亜裕美プロデューサー。彼女の名前も知っていた。きっかけは脚本家の坂元裕二さん。この人のドラマも必ず見る。TBS「カルテット」(17年)のプロデューサーだった佐野さんが、関西テレビ「大豆田とわ子と三人の元夫」(21年)のプロデューサーをしていた。「優秀だから引き抜かれたのかな」と勝手に想像していた。

 が、全然違っていた。

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