CO2削減のために自家用車利用を減らし鉄道を再構築することが不可欠だ
COP27後の先進国のモラルと「新生活モデル」の要とは
杉田聡 帯広畜産大学名誉教授(哲学・思想史)
11月6日~20日、エジプトでCOP27(国連気候変動枠組み条約の「第27回締約国会議」)が開かれた。気候危機のさなかに置かれた途上国の「損失・被害」に対する救済基金設立が提起され、合意が得られた──方法・対象の決定は先送りされたとはいえ──ことは画期的であった。
一方で、CO2(二酸化炭素)削減対策についての論議はむしろ停滞したようだ。だが先進国(中国・インドなども含め)は、一刻も早くCO2発生を大幅な減少に転じ、近未来の脱炭素をめざさなければならない。
日本もその方向性を一にすべきだが、政府の姿勢は悠長すぎる。

エジプトで開かれたCOP27(国連気候変動枠組み条約の「第27回締約国会議」)の閉幕会合で、演説後に拍手を受ける議長のシュクリ・エジプト外相=2022年11月20日、シャルムエルシェイク
環境省の「新生活モデル」
本年(2022年)10月、環境省が家庭のCO2排出を3分の1にすべく、「新生活モデル」を提案したと報じられた(朝日新聞2022年10月26日付、「新生活モデル」は同紙の命名)。それは、「脱炭素につながる新しい豊かな暮らしを創る国民運動」という文書に、示されている(以下「資料①」)。
当文書は、家庭のCO2排出を3分の1に減らすための手法を、排出量削減効果の高い順に、「住宅の断熱化」、「太陽光発電」の採用、「高効率給湯器」の設置等と記している(資料①の図)。

「脱炭素につながる新しい豊かな暮らしを創る国民運動」(環境省)より
自家用車を埒外におく
確かにいずれも重要であろう。だが奇妙なことに、そこでは自家用車のことが満足に考えられていない。自家用車利用は、一般市民由来のCO2の主要な排出源となっているにもかかわらずである。
付随資料によれば、2030年度の政府のCO2削減目標(2013年度比66%減)において、1世帯当たり1年間に求められるCO2削減量は2436kgだが、前記の「住宅の断熱化」でおよそ1131kg、「太陽光発電」(3.5kw)の採用で920kg、「高効率給湯器」の設置で526kgの削減が可能だという(以下「資料②」)。
一方、大ざっぱに言って、ガソリン車は1台あたり1年間に約1万kmを走り、約2300㎏のCO2を出すという。とすれば、ガソリン車利用(以下、字数の都合上業務用のそれは除外する)を公共交通利用に切りかえると──公共交通が何か、切りかえ割合がどの程度かにもよるが──1位の「住宅の断熱化」(削減量は1131㎏)なみに、CO2排出削減に寄与すると判断される。仮に土日・祝日に仕事を休め、かつ一定の年休を取得しうる理想的な労働者(労働日は220日)をモデルとした場合でも、往復10kmの通勤を自転車利用に切りかえるならCO2を506kg(10km×220日:x=10000km:2300kg)、家族2人なら1012kg削減できる計算になる。
「新生活モデル」では削減手法ごとに、かかる経費の節約額が明示されているが(資料①の図、資料②)、いずれも実際は少なくない額の初期投資が不可欠である(太陽光発電で約100万円、ヒートポンプ=高効率給湯器で約27万円、同上朝日新聞)。一方、自家用車を自転車・公共交通の利用に切りかえる場合、経費の節約効果は、駐車場代・保険料・税金等々の諸経費を考慮すれば、「住宅の断熱化」(9.4万円)を超える場合も多いだろう。また初期投資額はかなり小さく、時にはゼロであろう(*)。
(*) 資料①の図には「公共交通・自転車・徒歩」選択の場合の経費節減は1.2万円とあるが、これは通勤以外で相変わらず自家用車が使われることを前提にしているからである。
なのに同モデルでは、なぜ自家用車が満足に考慮されないのか。まず自家用車のCO2排出は、「家庭部門」とは別の「運輸部門」で計上されている。これに一定の合理性はあるが、これでは一般の家庭において自家用車問題にほとんど目が向かなくなる。
なるほど同モデルも「家庭部門」で、自家用車問題に若干ふれている(資料①の図)。だが「次世代自動車」問題に焦点を当ててしまうため、やはり自家用車はほとんど視野から抜け落ちてしまう。
さらに、空前の気候変動を前にして、環境省自体の志が低すぎるという本質的な問題がある。確かに同モデルも次世代自動車とは別に自家用車問題を若干俎上にのせている。片道5km以下の通勤について、徒歩・自転車利用という選択肢にふれている例などがそれである(資料②)。
だがそこでは、5km以上の通勤については、わずか1月に1日(!)の公共交通利用しか考えていないのである。しかも自家用車からのCO2排出を「運輸部門」で扱うために、目標削減率は「家庭部門」(13年度比66%減)よりずっと低い(同35%減)。加えて、家庭での自家用車利用を念頭に置いた場合でも、通勤以外の利用は埒外に置かれている。