パレスチナ取材30数年の集大成、「占領者」の心理に迫る
2022年11月30日
撮影に20年、編集に3年をかけたドキュメンタリー映画「愛国の告白―沈黙を破る・Part 2―」が完成し11月19日から劇場公開が始まった。
13年前に劇場公開した前作「沈黙を破る」の続編である。なぜ私は元イスラエル軍将兵たちのグループ「沈黙を破る」にこだわるのか。
私が「ジャーナリスト」としてパレスチナのイスラエル占領地に足を踏み入れたのは、第一次インティファーダ(民衆蜂起)が始まる2年半ほどの前の1985年5月だった。
そこは文字通りイスラエル軍による占領下で、パレスチナ人住民と物資の移動の制限、表現・集会の自由の制限、政治・社会の指導者たちの予防的な逮捕・拘留、農民の土地や水資源の収奪、経済活動の制限……が日常的に起こっていた。
その占領の最前線に立つのは、兵役について間もない若いイスラエルの青年たちだった。皆兵制のイスラエルでは男子は18歳から3年間、女性は2年間の兵役に就く。その中でもエリートとされる戦闘兵士となるのは4分の1ほどに過ぎない。その選ばれた兵士たちが「占領軍」となり、占領地でパレスチナ住民と対峙するのである。
私は1985年から34年間、パレスチナやイスラエルの現場に通い続けた。長年、パレスチナ人側からその占領の実態を取材しているとき、否が応でも目にするのはその若いイスラエル兵たちの傍弱無人の言動、その傲慢さと凶暴さである。自分の両親や祖父母ほどの年配のパレスチナ人住民に対しても、まるで幼い子どもでも扱うような横柄な態度で命令する。気ままに指一本で住民と行動を制限し命令するのである。抵抗する青年たちへの暴行、銃撃、拘留は日常茶飯事だった。
イスラエル内の街角で見かける若い青年たちは、世界のどの街角でも目にする、まだあどけなさを残す、屈託ない若者たちなのだが、一旦、武器を持った兵士として占領下の民衆の前に立つと、別人のように凶暴になる。彼らはいったいどういう青年たちなのか、何を考え、どういう感情を持って民衆の前に「占領軍」として対峙しているのか――。私は彼らから直接、話を聞いてみたいと長年願っていた。しかし厳しい軍規があり、現地の兵士たちに自由にインタビューすることは不可能だった。
それがやっと実現したのは2005年だった。占領に疑問を抱き、反対の声をあげた元将兵たちが2004年、NGO「沈黙を破る」を立ち上げた。私がインタビューできたのは、彼らが国内メディアだけではなく、海外のメディアの取材をも受けるようになった2005年である。その主要メンバーたちへのインタビューを元に制作したドキュメンタリー映画が「沈黙を破る」(2009年)である。
イスラエル軍将兵という、“占領”のもう一方の当事者の視点が加わることで、私が長年取材してきた“パレスチナの占領”が立体的に見えてきた。つまり“占領”はもちろん支配されるパレスチナ人住民に深刻な被害と苦悩をもたらすが、他方で、それが加害者のイスラエル側にも深い傷を負わせていることを、イスラエル軍将兵たちへの取材で私は初めて知ることになった。将兵たち個々人と、イスラエル社会に“モラル(道徳・倫理)の崩壊”という深刻な問題をもたらしていたのである。
私の最初のドキュメンタリー映画「沈黙を破る」は予想以上の反響を呼び、「石橋湛山記念・早稲田ジャーナリズム大賞」「キネマ旬報ベスト・テン文化映画部門で第1位」など数々の賞を受賞した。
しかしその反響は、その後、イスラエル当局からの圧力となって跳ね返ってきた。映画公開後、私はイスラエル政府のプレスセンターから「プレスカード」の発行を拒否されたのである。それによってガザ地区に入ることができなくなり、ヨルダン川西岸でも表立った取材ができなくなった。その発行拒否は、2014年夏のガザ攻撃のドサクサ紛れにプレスカードを取得し、ガザ取材ができた2014年まで5年間続いた。
その翌年、再び「プレスカード」を申請したとき、私はプレスセンターのスタッフから、これまで私が発行を拒否された理由が「反イスラエルのジャーナリストだから」だったことをはっきりと告げられた。
イスラエル国民と社会にとって、イスラエル軍は、祖国を守る「神聖な存在」である。その軍に対する公の批判はタブーだ。だがNGO「沈黙を破る」はその占領地におけるイスラエル軍兵士の「モラル」崩壊を告白し、“占領”という政策を告発した。私の映画「沈黙を破る」のように、彼らの声を海外に伝える報道は、イスラエル政府にとって看過できないものだったに違いない。
2014年夏までは、「沈黙を破る」という小さなグループの存在と活動は、イスラエル国内でもほとんど知られていなかった。
転機となったのは、2014年夏、イスラエル軍によるガザ攻撃だった。
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