メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

[2022年 映画ベスト5]海外の“ヘンな”作品と日本の40代の意欲作

古賀太 日本大学芸術学部映画学科教授(映画史、映像/アートマネジメント)

1.『MEMORIA メモリア』(アピチャッポン・ウィーラセタクン監督)
2.『アネット』(レオス・カラックス監督)
3.『TITANE チタン』(ジュリア・デュクルノー監督)
4.『PLAN 75』(早川千絵監督)
5.『ある男』(石川慶監督)
次点:『春原さんのうた』(杉田協士監督)、『やまぶき』(山崎樹一郎監督)、『さかなのこ』(沖田修一監督)、『夜明けまでバス停で』(高橋伴明監督)、『愛してる!』(白石晃士監督)、『LOVE LIFE』(深田晃司監督)、『死刑にいたる病』(白石和彌監督)/『親愛なる同志たちへ』(アンドレイ・コンチャロフスキー監督)、『ベルイマン島にて』(ミア・ハンセン=ラヴ監督)、『あなたの顔の前に』(ホン・サンス監督)、『みんなのヴァカンス』(ギヨーム・ブラック監督)、『英雄の証明』(アスガー・ファルハディ監督)

東京国際映画祭:『This is What I Remember』(英題、アクタン・アリム・クバト監督)、『輝かしき灰』(ブイ・タック・チュエン監督)/イタリア映画祭2022:『笑いの王』(マリオ・マルトーネ監督)、『マルクスは待ってくれる』(マルコ・ベロッキオ監督)

話題:映画監督や俳優、プロデューサーによる性被害を告発する報道や関係者の証言及び日本版CNC設立を求める会の発足

 正直なところ、今年は決定的な作品が日本映画も外国映画もなかったように思う。だれもが納得するような強い作品が見当たらなかった。だから今回のベスト5はかなり個人的なものになった。

レオス・カラックス監督=東京・渋谷.『アネット』のレオス・カラックス監督=東京・渋谷

天才監督たちの「見たことのない」映画

 期せずして上位2本はベテラン監督が初めて自国語ではなく英語で撮った作品である。自国語以外の外国語で映画を撮ると、おおむねどこかピントがずれてしまう監督が多い。特に英語圏以外の監督が英語で撮る場合は大作狙いが多いので、だいたいうまくいかない。しかし映画史に残る2人の天才監督は、大スターを起用しながらも外国語というハンディを軽々と乗り越えて「これまで見たことのない」映画を残した。

 『MEMORIA メモリア』でティルダ・スウィントン演じる主人公のジェシカは、コロンビアにいる。朝、「ドン」という大きな音に目覚める。まわりを見てみるが、何も変わっておらず、気がついた者もいない。妹の見舞いに病院に行くが、そこでも爆音が聞こえる。大学の研究室でエルナンという音響技師にその音を再現してもらうが、次に行くとそんな人間はいないと言われる。妹の夫婦と食事をしていてもまたジェシカにだけ爆音が響く。車の警報も遠くに聞こえる。医者に相談したり、古代の埋蔵された頭蓋骨を見たり。そうしてなぜか川のそばで魚のウロコを取る男に出会う。

『MEMORIA メモリア』 配給ファインフィルムズ ©Kick the Machine Films, Burning, Anna Sanders Films, Match Factory Productions, ZDF/Arte and Piano, 2021.
『MEMORIA メモリア』 配給:ファインフィルムズ ©Kick the Machine Films, Burning, Anna Sanders Films, Match Factory Productions, ZDF/Arte and Piano, 2021.

 ジェシカはスペイン語はできるが得意ではなく、相手が英語ができると英語で話す。その疎外感のなかで音に敏感になる。というよりも、自然の生み出す光と音に全身をさらしてゆく。そんな音と映像の日光浴のような体験が、ある時ふと終わる。自分にだけ聞こえる音をきっかけに、観客まで自分の脳内に入っていくような気分になる映画である。

 『アネット』はアダム・ドライバーが主演で、何とミュージカル仕立て。冒頭、スタジオでカラックス監督がバンドに指示を出し、女の子たちを連れてバンドと共に夜の街を歩き出す。そこにアダム・ドライバーやマリオン・コティヤールが加わって歩き出す。基本はスタンダップ・コメディで有名になるアダム・ドライバー演じるヘンリーとオペラ歌手アン役のマリオン・コティヤールの恋の物語。だが娘アネットが生まれると2人の間に確執が生まれる。

 すごいのはアネットが最初から人形であること。CGでなく人形アニメのような手作りの感じが残る。そしてアネットは少し大きくなると歌を歌い始める。それは大ヒットし、世界中でコンサートを開く。いつも観客が写されるので、ミュージカルながらドキュメンタリーのよう。全体がどこかずれていて悪い冗談のようだが、それが何とも愛おしい映像になっている。終盤のアネットの宣言と変容に驚くが、じんわりと心に沁みる。

 今年39歳のジュリア・デュクルノー監督の『TITANE チタン』は2021年のカンヌ国際映画祭で最高賞を受賞しているが、上記2作品と同じくらい“ヘンな”映画である。交通事故で頭にチタンを埋め込まれた主人公の女性、アレクシアは、気に入らない男を殺したり、車と性行為をしたり、胸を隠して男装し、ある男の息子になったりするのだから。

 間違いなく背後に強烈なジェンダー意識があるのだが、それがSF仕立てで展開するので開いた口が塞がらない。物語にリアリティはないが、アレクシアの強烈な身体性は見る者にグイグイ迫って来る。この監督の第1回長編『RAW~少女のめざめ』もすごかったが、この2作目で「天才」を証明した。

「冒険」が感じられた日本の新しい世代

 日本の映画は海外のこれら3本に比べたらどれも穏便かもしれない。しかしここに選んだ日本映画は次点も含めてそれぞれ確実に「冒険」が感じられる意欲作である。さらに驚くべきはこの9本の監督は高橋伴明氏を除くと、みんな40代である。これは日本映画に確実に新しい世代が定着しつつあることを証明しているのではないか。

 『PLAN 75』は75歳以上の高齢者に死ぬ権利を与える制度「プラン75」が施行されている近未来の日本が舞台。78歳のミチ(倍賞千恵子)はホテルの清掃係を解雇されてしまう。仕事を探すが見つからず、夜間の警備員の仕事は高齢の彼女には無理だった。住んでいる団地も取り壊しの期日が迫るが、無職の78歳に家を貸す者はいない。身寄りもなく万策尽きて「プラン75」に申し込む。

 近未来の設定とは言え、高齢化社会を迎えた今の日本で最大の問題に正面から挑んだ骨太な映画だ。倍賞千恵子が出てくるだけで、正直に丁寧に生きてきた高齢者のリアルさをひしひしと感じる。オリジナル脚本で初長編とは思えない完成度の高さだが、オムニバス映画『十年 Ten Years Japan』(2018)で同じテーマの短編を作り、それを長編にしたという。次回作が楽しみだ。

『PLAN 75』 6 月 17 日(金)より、東京・新宿ピカデリーほか全国公開 配給:ハピネットファントム・スタジオ ©2022『PLAN 75』製作委員会/Urban Factory/Fusee『PLAN 75』 配給:ハピネットファントム・スタジオ ©2022『PLAN 75』製作委員会/Urban Factory/Fusee

 『ある男』は

・・・ログインして読む
(残り:約1099文字/本文:約3755文字)