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「辿り着けないとわかっていながら完璧を目指す」~メゾソプラノ・脇園彩の挑戦

第52回ENEOS音楽賞洋楽部門奨励賞のメゾソプラノ。イタリアを中心に活躍

池田卓夫 音楽ジャーナリスト

 イタリアを中心に活躍するメゾソプラノ歌手、脇園彩(わきぞの・あや)が2022年の第52回ENEOS音楽賞(1971年創設)の洋楽部門奨励賞を受賞した。

 21年10月の新国立劇場2021/2022シーズンの開幕公演、ロッシーニ「チェネレントラ」(粟國淳=2011年の第23回奨励賞受賞者=演出)の主役アンジェリーナで傑出した歌唱と演技を示した実績が、決め手となった。「本当に光栄なこと。チェネレントラは節目節目に、より良い方向へと導いてくれる不思議な作品です」と、感慨深げに語る。

脇園彩さん=2022年8月撮影 ©Studio Amati Bacciardi

声を失った状態で臨んだゲネプロで悟ったこと

 作曲家の生地ペーザロのロッシーニ・オペラ・フェスティバルのアカデミーやミラノ・スカラ座アカデミーを修了後、日本でもロッシーニやモーツァルト、ベルカント歌劇のスペシャリストとして注目を集め始めた矢先の2018年5月、大阪国際フェスティバルで「チェネレントラ」のアンジェリーナに起用された。本番直前に体調を崩し、不本意なコンディションのまま懸命に演じる姿を今も覚えている。

 その後にまた、同じような経験をすることになる。

 「イタリア・サルデニア島のサッサリの歌劇場でアンジェリーナを歌った時です。完全に声を失った状態で公開ゲネプロ(観客を入れての総稽古)に臨み、歌うどころか蚊の鳴くような声で語るしかありませんでした。罪悪感と絶望感を超えた先に、ある瞬間から言葉と音楽がスーッと私の中に降りてきて媒体となったような感覚を覚えつつ、必死に何とか稽古を終えました。その瞬間、客席から怒涛のような拍手と歓声が上がったのです。
 安堵と罪悪感に泣き崩れそうになりながら、天上のロッシーニに『こんな完璧でない状態で先生の作品を歌ってすみません』と謝ると、『完璧じゃないからいいんだよ』と、はっきり声が聴こえた気がしました。『ああ私は完璧に辿り着けると傲慢にも思っていたのだな』と悟った瞬間でした。
 以後、『辿(たど)り着けないとわかっていながらそれでも完璧を目指す』ことを心がけるようになりました。自分の真実に導かれた道を日々究めたいと思います」

低次元の褒め言葉をはねのける素晴らしい舞台

新国立劇場「チェネレントラ」より=撮影:寺司正彦(写真提供=新国立劇場)

 新国立劇場の「チェネレントラ」では、汚名返上といった低次元の褒め言葉をはねのけるほど、素晴らしい出来栄えだった。

 イタリア育ちの粟國は、舞台を映画全盛期(フェデリコ・フェリーニの時代)のローマの撮影所チネチッタに移し、最後に主役の座を射止めるシンデレラ・ガールとしてアンジェリーナを描く。王子ドン・ラミーロは大プロデューサーの息子、その家庭教師アリドーロは映画監督に変身。現代人に理解しやすいシンデレラ・ストーリーへの読み替えに、スピーディでスタイリッシュなロッシーニの音楽が良く合った。脇園は歌唱だけでなく、確かな演技力と舞台上の存在感でも光っていた。

 この舞台は、期間限定の無料配信で観ることができる。

新国デジタルシアター/新国立劇場オペラ「チェネレントラ」(2021年10月上演)
配信期間: 2023年2月2日(木)12時まで
こちら」からご覧いただけます。

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小児科医志望から一転、歌手を目指して

 「歌う女優」の原点は、中学生時代に遡る。「小学生までは成績抜群の優等生。将来は東大医学部に進み小児科医になりたいと、さしたる理由もなく、考えていました。中学受験で東京都内屈指の女子進学校に合格すると、全員の頭がいい(笑)。すっかりアイデンティティーを失ってしまいました。

 両親が若い頃にプロの俳優を志し、演劇活動をしていた影響からか、私も小さなころから色々な“ごっこ”が好きだったことをふと思い出し、英語劇部に入ると、世界が開けたのです。ミュージカルやシェイクスピアと向き合い、全員で舞台をつくる面白さに目覚め、心躍る体験を通じて『これを一生の仕事にできたら、どんなに幸せだろう』と思い始めました。

 もともとジュリー・アンドリュースやバーブラ・ストライザンドらが主演するミュージカル映画が大好きだったこともあり、意を決して高校1年生の時、趣味で習っていたピアノの先生に『歌を勉強したい』と相談しました。すると、同じく藝大出の歌の先生を紹介してくださいました。1浪で藝大に入学したのですが、最初の受験の2次試験で歌ったのが何と、『チェネレントラ』のアリアです。音楽に対する畏怖を感じたのも、この時。優等生の最終的な挫折でもありました」

 藝大で声楽を学んでも、歌う舞台はミュージカルと考えていたが、浪人中に転機が訪れた。

 2006年6月のニューヨーク・メトロポリタン歌劇場日本公演、フランコ・ゼッフィレッリの演出、ルネ・フレミング(ソプラノ)の主演(ヴィオレッタ役)でヴェルディの「椿姫(ラ・トラヴィアータ)」を観た瞬間、「ミュージカルからオペラへのスイッチが入りました」。翌年の再受験も「2浪になるはずが、前代未聞の補欠合格。女声ではなくバリトンの先生のところに受け入れていただいたことも、後にして考えれば最善の道でした」

着実に技を磨いてきたとの自負

 東京藝大を大学院まで修了し、パルマ国立音楽院へ留学する形でイタリアに渡ってから、もう9年になる。「イタリアに来てからは他人が何をやっても気にしないし社会ですし、自分で決めないと何も進まないので優等生をかなぐり捨て、随分と自由になりました」と笑う。

 「私の声はもともとこもりがちで、歌詞の発音が不明瞭になる危険があります。日本人特有の外国語のハンディーも意識して、明瞭に聴こえる技術を学んできました。言葉があるから『歌』なのであって、それが聴こえなければただのヴォカリーズ(母音歌唱)になってしまいます」と自身を戒めつつも、「発語の明瞭さは鍛錬により習得できる技術です」といい、着実に技を磨いてきたとの自負をのぞかせる。

ミラノ・スカラ座でロッシーニ『セビリアの理髪師』のロジーナ役を演じる=2015年8月 ©Brescia e Amsano

「ロッシーニのプールを抜け出しつつあります」

 2022年10月5日。川口リリア音楽ホールの「脇園彩メゾソプラノリサイタル」。ピアノは同じくミラノ在住で「パンデミックの間、新しいレパートリーの開拓に2人して没頭した」という新進指揮者、丸山貴大が弾いた。前半の歌曲ではベルカントの作曲家ベッリーニよりもリストで新境地を示し、後半のオペラ・アリアでも、少し前までの装飾音型を技巧的に歌うアジリタ唱法を際立たせる路線から少し重く、声の陰影で聴かせる方向への転換を模索していた。

 「今までどっぷり浸かっていたロッシーニのプールを抜け出しつつあります」といい、今シーズンは「ノルマ」(ベッリーニ)のアダルジーザ、「マリア・ストゥアルダ」(ドニゼッティ)のメゾソプラノ版、「ナブッコ」(ヴェルディ)のフェネーナといった新しい役柄に挑んでいる。

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