メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

RSS

無料

[神保町の匠]2022年の本 ベスト1

『千代田区一番一号のラビリンス』『無人島のふたり』『戦争日記』……

神保町の匠

*本や出版界の話題をとりあげるコーナー「神保町の匠」の筆者陣による、2022年「私のベスト1」を紹介します。

井上威朗(編集者)
森達也『千代田区一番一号のラビリンス』(現代書館)

 上皇ご夫妻を「キャラクター」として描き切った、後世の出版史年表に載せるべき歴史的な企画です。ですが、(仕方ないことではありますが)作者がお二人に直接に会うことができず、ラブレターのような形で物語を仕上げてしまったがために、本作をエンタメとして「ベスト1」だと称揚することはできません。

 それでも、読みはじめたら止まらない娯楽性の高い仕掛けが満載な上に、作者の長きにわたる取材と問題意識の醸成が読みやすい形で織り込まれているので、2022年で最高の挑戦をやり遂げた野心作だと思っています。「面白さ」と「モチーフ」との関係をどう考えればいいのか、漫画編集者である当方としても示唆に富む読書体験ができました。

『千代田区一番一号のラビリンス』(現代書館)拡大『千代田区一番一号のラビリンス』(現代書館)の著者・森達也

大槻慎二(編集者、田畑書店社主)
山本文緒『無人島のふたり──120日以上生きなくちゃ日記』(新潮社)

山本文緒著『無人島のふたり──120日以上生きなくちゃ日記』(新潮社)拡大山本文緒『無人島のふたり──120日以上生きなくちゃ日記』(新潮社)
 「神保町の匠」の書評で書いたような個人的な思い入れはあるにせよ、それを除いても、格段のインパクトを持った本だった。 

 この本の読者はおそらく老若男女を問わず、自分が著者と同じ立場に立ったらどうするかを実感として突きつけられるだろう。つまり、平易で何のけれん味もない文章が、それだけ「内面のリアリズム」を顕わす術を獲得しているわけで、単に闘病記というだけでなく、この作家が到達した境地を、身を賭して示している。その意味で、まさに作家の「スワンソング」にふさわしい作品だと思う。

 また、明日死ぬかも分からない状態に陥っても、人は本を読みたくなる存在なのだと著者は教えてくれてもいて、それは依然きびしい環境にあって「本づくり」に携わる人間にとっては大きな救いであった。出来得ればそういう風に読まれる本を1冊でもいいから作ってみたいと、切に思わせた。

山本文緒『無人島のふたり』を読んで──その強靱な意思と激しさ

駒井稔(編集者)
オリガ・グレベンニク『戦争日記──鉛筆1本で描いたウクライナのある家族の日々』(奈倉有里ロシア語監修・解説、渡辺麻土香、チョン・ソウン訳、河出書房新社)

オリガ・グレベンニク『戦争日記──鉛筆1本で描いたウクライナのある家族の日々』(奈倉有里ロシア語監修・解説、渡辺麻土香、チョン・ソウン訳、河出書房新社)拡大オリガ・グレベンニク『戦争日記──鉛筆1本で描いたウクライナのある家族の日々』(奈倉有里ロシア語監修・解説、渡辺麻土香、チョン・ソウン訳、河出書房新社)
 今年のニュースで全世界に最大の衝撃を与えたのは、ロシアによるウクライナへの軍事侵攻ではないでしょうか。2月24日に突如として始まった攻撃は、極東に住む私たちにも大きなショックをもたらしました。この事態を読み解くための本や、果敢に戦うゼレンスキー大統領について書かれた本も刊行されましたが、本書はその中では異色の作品だと言えるでしょう。

 ウクライナの絵本作家、イラストレーター、アーティストとして活動してきた著者は、この本を鉛筆1本で書き上げたのです。突然の攻撃から逃れ、夫を残したまま子供だけを連れて、国を離れるまでの悲劇的な時間を文章と絵で再現しています。そのリアルさは「戦争は絶対悪である」ということを、強く感じさせる内容になっています。走り書きのような文章とそれを具体的に描いた絵を併せて読み進めていくと、この出来事が遠い国の話ではなくなり、その臨場感に圧倒されます。まさに『戦争日記』なのです。