2022年12月30日
この原稿を書いている12月上旬、国会ではやっと被害者救済法が成立したが、その実効性について被害者の弁護団や二世信者たちから疑問の声がやまない。そもそも国会議員のみなさんは、この鈴木エイトさんの本『自民党の統一教会汚染──追跡3000日』(小学館)を読んだだろうか。それでもなお、この法でいいと言えるのだろうか。話題になった本だが、改めて紹介したい。
心待ちにしていた9月の発売日。地元の本屋さん2軒で売り切れていて、ターミナル駅の大きな書店に行って手に入れることができた。
著者は2002年から、世界平和統一家庭連合(旧統一教会、ここでは本書にならって「統一教会」と記す)と自民党の問題を追いかけてきたフリーのジャーナリストだ。
読み始めたところ、期待をはるかに超える圧倒的なファクトが押し寄せてきた。惜しげもなく次々に明かされる事実にページをめくる手が止まらない。一気読みだった。
まず驚かされるのが、議員たちが議員であり続けるために、なりふりかまわず統一教会を利用していた実態だ。
この本には「主な登場人物」のようにくり返し登場する議員がいる。柳本卓治衆院議員、工藤彰三衆院議員、北村経夫参院議員、宮島喜文前参院議員、山本朋広衆員議員、菅原一秀前衆院議員だ。ほかにも菅義偉衆院議員、杉田水脈衆院議員などのエピソードも印象深い(すべて自民党)。
たとえば北村氏はもともと産経新聞の政治部記者で、2013年に比例区に立候補したときは当然、「地盤・看板・鞄」がなかった。支援したのが統一教会だ。後援会名簿には教団系組織の幹部が名を連ね、信者向けに北村氏への投票を促すメールも送られた。
この選挙で北村氏は14万票余りを集め初当選するのだが、そのうちの8万票余りは統一教会票とみられ、統一教会の支援なしでは当選できなかったと導き出した。
19年の選挙でも同様の光景が見られた。17年5月に行われた演説会では、会場の3分の1を教団信者と思われる年配の女性のグループが占めていた。おそろいの鉢巻きに、北村氏の顔写真が貼られたうちわを持っている。統一教会の幹部とみられる人物も来場しており、集会後、その幹部を北村氏が追いかける姿も書かれている。
北村氏はこの選挙でも当選し、2期目となった。
ずぶずぶとしか言いようがない関係性だが、気になる記述もあった。
2期連続当選を果たし、さぞかし統一教会に恩義を感じているであろうと思われた北村だが、周辺取材を続けると、当の北村自身は統一教会から支援を受けること自体を快く思っていない節があった。そのためか北村は私の一連の報道に対して、秘書曰く「寛容」で「信念を持ってやってらっしゃるのでしょうから」と話していたそうだ。議員事務所も後述する菅原一秀事務所のように居留守を使うことなく電話応対も丁寧だ。その辺り、北村自身が産経新聞政治部長を務めていた経歴からか「報道の自由」を尊重するという姿勢も見られる。
また次のような記述も興味深い。
北村は2013年の参院選全国比例区において統一教会の組織票8万票の上積みで当選後、この時(引用者注:17年5月の教団主催のイベントのこと)まで約4年間、全く当選の見返りとなる“恩返し”を行っていなかった。
統一教会の支援を得て当選した議員は、その後イベントに頻繁に顔を出すようになる。一方で北村氏は上述のとおりで、教団の幹部からは怨嗟の声が上がるなか、次の選挙に向けてまた距離を縮めていったそうだ。
「議員もつらいよ」なのだろうか。でも、そこでやめずに再びイベントに出ていったのだから、旨味がそれ以上ということだろう。実際、統一教会と距離を縮めた議員は、安倍政権下で次々と要職に抜擢されている。
議員たちの統一教会への擦り寄りもとても興味深い。その描写が非常に衝撃的なのだが、著者はその背後まで紐解こうとする。そのプロセスは推理小説を読んでいるようで、とてもスリリングだ。
自民党と統一教会、両者を結び付けていたキーワードはなんと言っても「家庭」だろう。自民党も統一教会も「健全な家庭」を理念にしている。
議員たちが述べた「家庭」発言を列挙してみたい。
「国会議員に出馬した一番の理由は家庭教育、教育のことでございました。(中略)教育というもの、家庭での御両親の愛情というもの、こういうものをしっかりと取り戻さなければなりません」(工藤彰三氏、2015年、教団の式典)
「皆さん! 家庭というのはまさに世界平和の最小の単位だと私はこのように思っております」(鈴木克昌氏〈当時民主党の衆院議員〉、同)
「何が大事かといえば愛を持って家庭を築いていくということ、これが一番であることであります」「愛なき社会に繁栄はありません。その絆は家庭です」(柳本卓治氏、2017年のイベント)
「家庭は社会の自然かつ基礎的集団単位としての普遍的価値を持っているのです。偏った価値観を社会革命運動として展開する動きに警戒しましょう」(安倍晋三氏、2021年、教団系の大規模集会にリモート出演)
読むだけでくらくらしてしまう。発言した方々は、愛にあふれた平和なご家庭を築いているのだろう。それにしてもいったいなぜこれほどまでに「家庭」を強調するのだろう。
その理由のヒントを、たまたま読んでいた小説で見つけた。垣谷美雨さんの『定年オヤジ改造計画』(祥伝社文庫)だ。大手石油会社を定年したばかりの男性が主人公のユーモラスな内容なので、先入観なしに楽しく読んでほしい。
そこにこんな記述があった。発言しているのは主人公の出身地である東北の寒村に住む兄や姉たちだ。
(兄)「おそらぐ、大正時代がらでねがと思う」と兄が腕組みをして宙を睨んだ。「子育ての全責任を母親になすりつけるようになったのは」
(長姉)「国の策略にまんまと引っかがったんだべさ。年寄りと赤ん坊の世話を女(おなご)にさせどげば、福祉さ回す金を削れるがらさ」
(次姉)「姉ちゃんの言う通りだな。そったらことを母性愛だの家族愛だのって言葉で国は庶民を騙そうとしてだのっさ。私だづ庶民を馬鹿だと思ってるみたいだけんども、私ら(オラど)絶対に騙されねえもんな」
もう少し考えを“暴走”させてみると、保育士や看護師、介護士の賃金が低いこととも大きな関係があるように思えてくる。
私は、本当にすべきは伝統的な家庭の復古や家庭教育の強調ではなく、子ども個々人の支援だと思う。以前にもこの欄で触れたが、日本の子どもは7人に1人が貧困状態にある。
ヒオカさんの家庭はとても貧しかった。父親は体が弱かったが、家で暴力をふるうので、いつも地域の図書館などに時間いっぱい滞在し、本を読んだり勉強したりした。習い事は一つもできず、大学受験の参考書はアマゾンで買った1円の古本だ。
なんとか公立大学に進学したが、引っ越しのお金がない。住んだのは8畳間に6人が寝るシェアハウスだった。そこでは長く暮らせず引っ越すのだが、転居先でも南京虫が出たり、カビだらけだったりした。
生活のストレスだろう、さまざまな病気にかかって入院するが、お金が心配でゆっくり療養などできない。ヒオカさんは次のように書く。
生まれによるマイナス要因を持った人たちは、「不可視化される」ことばかりだ。前提とされていない。カウントされていない。そんなことをひしひしと感じるのである。
「可視化されていない」のではなく、「不可視化される」のだ。ヤングケアラーだって、これまでなきものにされていて、やっと光が当たり始めたところだ。
ヒオカさんが書いた生活は、「健康で文化的な最低限度の生活」だろうか。ヒオカさんは1995年生まれの27歳。戦後の貧しかった時代ではなく、今の話だ。
一人一人の子どもの今を可視化して必要な支援をし、子どもが子どもらしく暮らせるようにするのが私たち大人の責任だと思う。
鈴木さんの本に戻ると、もう一つの大きな魅力が著者のハードボイルドさだと思う。
安倍政権下でメディアの萎縮が進むなか、このやっかいな問題を追いかけ続けたのが著者だ。統一教会と自民党という巨大な組織の向こうを張っていたのだから、相当な胆力だと思う。
ただ当の著者は淡々としていて、「僕は決して自民党憎しで取材を続けているわけではないんです」という(小説丸)。
世論やメディアの後押しのない中、取材の過程でたびたび身の危険にさらされた。政治家側からも統一教会側からも、有形無形の嫌がらせが半端ではない。
たとえば、2019年6月、著者が何度も取材拒否にあっている菅原一秀氏に話を聞くため、事務所を訪れたときのこと。
「応接で待っているように」と言われて待っていたところ、警察を呼ばれたという。2カ月後には警察から電話がかかってきて、建造物侵入で刑事告訴されていると伝えられ、6時間も事情聴取されたのだ。
さらに私が唖然としたのは、この告訴のために自民党の顧問弁護団が菅原氏側を盛り立てていたという点だ。幸い、著者は事務所を訪れた際の様子を画像に収めていたこともあり逮捕されずに済んだが、もしそれがなければどうなっていたのか。党ぐるみでなりふり構わず、都合が悪い人物を排除しようとする姿勢は悪質だし、とても恥ずかしいと思う。
2019年の「平和大使と地方議員の集い」なる懇談会の会場を取材した際は、北村経夫演説会で会ったことのある大柄な男性が著者の排除を画策する。さらには、著者の右腕の肘を握り強い力で親指を突き立ててきて、次のようなやりとりが行われる。
大柄男性「私にそっくりな知り合いがいるんですけど、なんか言ってましたね、そういえば、隠し撮り野郎、今度会ったらぶっ殺すって」
エイト「あなたにそっくりな人が僕のことをぶっ殺すと言ってるんですか?」
大柄男性「あなたのことか判りませんけどね」
統一教会側からの面と向かった脅しもある。著者がウェブサイトHBOL(ハーバービジネスオンライン)に書いた「宗教汚染」という連載記事に対し、HBOLを運営する扶桑社を相手取って連載記事削除の仮処分を東京地裁に申請してきた。結局統一教会側は、その2カ月後にはあっさり申請を取り下げたが、翌年に別の形で記事削除の仮処分を申請した。裁判所は主張を認めず、改めて却下した。著者はもちろん、担当の編集者、扶桑社の毅然とした対応にも感動を覚えた。
本書に書かれていること以外にも、さまざまな脅し、嫌がらせがきっとあっただろう。
日本の暗部を丹念な取材で明るみに出してくれた著者に、心からお礼を伝えたい。
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