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『LUPIN ZERO』──「ルパンの古さも新しさも引き継ぎたい」

キャラクターデザイン・作画監督の田口麻美さんに聞く

叶精二 映像研究家、亜細亜大学・大正大学・女子美術大学・東京造形大学・東京工学院講師

 2022年12月16日、『ルパン三世』の新作シリーズ『LUPIN ZERO』の配信が「DMM TV」にて開始された。2023年1月13日には最終話が配信され、シリーズは完結する。

 『ルパン三世 PART1』(1971年)が放送されてから51年。テレビシリーズや映画をはじめ、実に様々なルパン三世が描かれてきた。過去のイメージを活かしつつ、いかに新しいルパン像を打ち出すのかは、新作の制作者たちにとって大きな課題だ。

 『LUPIN ZERO』は、1960年代の日本を舞台に13歳の中学生であるルパン三世と次元大介らの活躍を描いたシリーズだ。その大胆な設定と構想は、長寿シリーズの新たな可能性を感じさせる。

原作:モンキー・パンチ ©TMS『LUPIN ZERO』 原作:モンキー・パンチ ©TMS

 本作で初めてシリーズのキャラクターデザインと総作画監督を担当された田口麻美さんに作品の魅力や制作時のエピソードを伺った。

田口麻美(たぐち・あさみ) 1992年生まれ。2013年、東京工学院アニメーション科を卒業し、テレコム・アニメーションフィルムに入社。『ルパン三世 PART4』(2015年)でキャラクターデザイン補佐、エンディング作画監督、『ルパン三世 PART5』(2018年)で各話作画監督(共同)を担当。現在はテレコムを退社し、フリーランスで作画監督、アニメーター、キャラクターデザイナーを務めている。『LUPIN ZERO』(2022年)ではキャラクターデザイン、総作画監督を担当。

親子三世代のルパン一族を描き分ける

──まず、本作に参加されたのはどういった経緯だったのでしょうか。

田口 監督の酒向(大輔)さんからキャラクターデザインのコンペにお声がけをいただき、イメージづくりの参考として、原作のモンキー・パンチ先生が描かれたルパンの少年時代を描いた漫画(※1)を渡されました。それを少し成長した感じにアレンジして、6頭身くらいのルパンを描き、ルパン、次元、しのぶ(※2)なども描いたと思います。その時は全く違うデザインでした。

 その後、「田口さんに決まりました」と言われたのですが、酒向さんからは「このデザインじゃない。基本的には子供のためのお話なので、あまりリアルな造形にしてしまうとシリアスになり過ぎてしまう。それは違う」と言われてしまい、ルパンに関しては酒向さんのイメージがしっかりとありましたので、頭を大きくするとか、細部までディレクションをしていただいたんです。酒向さんはルパンの熱心なファンで、その判断には安心感がありました。一方で、次元に関してはあまり修正がなかったように思います。
(※1)モンキー・パンチ作『ルパン三世』「第57話(双葉社版、単行本/第37話) ルパン三世とアルセーヌ・ルパンの対決」「第60話(双葉社版、単行本/第40話)ジャリ」(1968年初出)
(※2)ルパン三世が暮らす屋敷の家政婦。ルパン三世の監視役でもある。

──学生帽を深く被って眼が見えないところや、ズボンの裾を捲(まく)り上げて足首が出ているところに、後の次元らしさが感じられました。

田口 ズボンの裾は私の案が採用され、次元には裾をひきずるイメージがないので、動きやすい格好にしたいと思ったんです。帽子を被って眼を隠して、時々片目が見えるというのは酒向さんの指示です。

原作:モンキー・パンチ ©TMS次元大介(右)はズボンの裾をまくり上げたデザイン 原作:モンキー・パンチ ©TMS

──本作にはルパン一族三代が揃って登場します。親子のデザインで意識された点はありますか。

田口 一世・二世・三世の3人は、他人から見ると確かに似ていて血縁が分かるのですが、表情の作り方はそれぞれ変えています。

 三世はコミカルで可愛らしい感じですね。二世はあまり出て来ないのですが、離れた場所でも子供のことをずっと気にかけている親のキャラクターなので、子供にかける言葉に説得力を持たせたいと思いました。『PART4』のルパンに顔立ちを少し寄せて父子の印象を強め、ちょっとくたびれた印象ながら、色んなことを乗り越えて、人生において大事なことが何たるかを知っているカッコイイ父親のイメージを込めて描きました。自由に生きているのですが、一世や三世と比べて背負うものが多い親の背中を意識してデザインしました。

原作:モンキー・パンチ ©TMS中学生のルパン三世 原作:モンキー・パンチ ©TMS
原作:モンキー・パンチ ©TMS父、ルパン二世 原作:モンキー・パンチ ©TMS
原作:モンキー・パンチ ©TMS祖父、ルパン一世 原作:モンキー・パンチ ©TMS

 一世は無敵の大泥棒です。己の欲望に忠実、頑固で傲慢、理想が高く完璧主義、孤高の人、面白いと感じる物事に関して貪欲、自由人、怖い、お金持ち──などのキーワードから私なりにイメージを膨らませてデザインを起こしています。普段から人を威圧する迫力があるので、特に威厳を感じさせるよう心がけました。ただし、デザインのベースは一世も二世もモンキー・パンチ先生の原作です。

大塚康生さんと横堀久雄さんから学んだもの

原作:モンキー・パンチ ©TMS原作:モンキー・パンチ ©TMS

──デザインや作画に際して、過去の作品は参考にされたのでしょうか。

田口 大塚康生さん(※3)の『PART1』の表情集は常に参考にしています。それから、昔のルパンはポーズが柔らかくて生き生きとしていて、今の流行の作品とは全然印象が違うんです。今はカッコイイポーズや動きが溢れていますが、どこか固くて人間らしさが足りないような気がします。大塚さんが描かれていたルパンは「カッコイイ」が最優先じゃなくて、本当に存在していて、自然に動き回っているように見えるんです。

 『ZERO』に取り組む際に、一番意識したのは横堀(久雄)さん(※4)の『PART4』のデザインです。横堀さんのデザインには、過去のルパンと新しいルパンが見事にブレンドされていました。補佐として傍で見ていて、横堀さんが平成から令和へと『ルパン』という企画が続くための橋渡しの役割を果たされたように感じたのです。それで、古さと新しさ、どちらも引き継げたら……と思いながらデザインをしていきました。
(※3)大塚康生(おおつか・やすお) 1931年〜2021年。『ルパン三世 PART1』『ルパン三世 カリオストロの城』作画監督。テレコム・アニメーションフィルム元顧問。詳細は以下。


(※4)横堀久雄(よこぼり・ひさお) 1965年生まれ。テレコム・アニメーションフィルムに在籍する作画監督・アニメーター。『ルパン三世 PART4』でキャラクターデザイン・作画監督・絵コンテ・演出、『ルパン三世 PART5』でキャラクターデザイン・絵コンテ・演出を担当。

──アニメーターの立場から作画で動かしやすいデザインを優先するのか、デザイナーの立場から動かしにくくても画期的・独創的なデザインを追求するのか、という二つの職種の矛盾はありませんでしたか。

田口 自分の中で「このパーツを入れたい」「でもこれじゃ描けないよ」という葛藤はありました。「作画が面倒臭い」を優先してしまうと、どんどんつまらないデザインに寄ってしまう。でも、「面白いデザイン」を追求し過ぎると作画で動かせなくなってしまう。うまく動かせないとアニメとしての魅力は失せてしまいます。どこで線を引くかの判断は本当に難しくて、毎回迷います。

 横堀さんのデザイン補佐をしていた時に「仮面伯爵」(※5)というキャラクターのデザインを担当させてもらいました。その時にいったんラフで描いたパーツを「作画が面倒だろうな」と思って削ってしまい、最小限の線でまとめて出したんです。そうしたら、横堀さんがそのパーツを復活させて「これはいいキャラクターだね」と言って誉めてくださいました。誉められたのはその一度きりでしたが、自分の中では、その時の経験が指針になっています。
(※5)テレビスペシャル『ルパン三世 イタリアン・ゲーム』(2016年)に登場する謎の人物。『ルパン三世 PART4』のエピソード総集編として制作されたが、オリジナルエピソードも追加されている。

──あえてパーツを増やして、手間のかかる作画はCGでという考え方もありますが。

田口 CGを織り交ぜて密度の高い作画にしていくことが得意なスタジオさんはたくさんありますので、その方向を追求しても敵(かな)わないと思いました。ですから『ZERO』では、手描きならではのデザインや表現を模索していったんです。それが、テレコムで制作してきた様々なルパンを引き継ぐことにもなるのではないかと思います。

原作:モンキー・パンチ ©TMS原作:モンキー・パンチ ©TMS

健全なコメディに過度の「お色気」は不自然

──初めてシリーズの総作画監督を担当されてみて、いかがでしたか。

田口 始めはとても緊張して、作業中も手が震えていました。でもベテランアニメーターの皆さんが助けてくださったお陰で何とか進めることが出来ました。

 自分としては、この作品では健全な子供らしいキャラクターを描きたいと思って、キャラクターデザインや作画に関わったんです。最近の作品では、大人のミニチュアみたいな子供が描かれることが多いような気がしていました。子供は自分が「可愛い」と自覚して、それをアピールしようと思って大人に接している訳ではないと思うんです。大人から見ると、わがままだし、騒がしいけれど、そうした素直な感情表現が「可愛い」と思えるのでしょう。

──女性キャラクターも元気で健全ですね。このシリーズの「お色気」が必須だった過去作を

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