米満ゆうこ(よねみつ・ゆうこ) フリーライター
ブロードウェイでミュージカルを見たのをきっかけに演劇に開眼。国内外の舞台を中心に、音楽、映画などの記事を執筆している。ブロードウェイの観劇歴は25年以上にわたり、〝心の師〟であるアメリカの劇作家トニー・クシュナーや、演出家マイケル・メイヤー、スーザン・ストローマンらを追っかけて現地でも取材をしている。
※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです
中東の音楽に乗った、さざ波のように心に染みわたる作品
2018年にトニー賞10部門を独占したミュージカル『バンズ・ヴィジット 迷子の警察音楽隊』の日本版が初演される。本作はカンヌ国際映画祭などで賞を取った2007年公開の同名映画を元にしたコメディ。イスラエルとエジプトが戦時下にあった1990年代、イスラエルに演奏旅行に来たエジプトの音楽隊が道に迷い、地元のイスラエル人と一晩だけ交流するという物語だ。新鮮で心惹かれるのは、普段、あまり耳にすることのないエジプトやイスラエルなどの中東の音楽を取り入れた豊かな楽曲。地味なストーリーと大がかりなセットもない小品ながら、まるで劇場全体が音楽の船に乗り大海原をたゆたうような心地良さだ。ブロードウェイでこの作品を観劇し、自ら出演したいと名乗りを上げたという、キャストの新納慎也が思い入れを語ってくれた。
――まず、観劇された時の感想をお聞かせください。
オフ・ブロードウェイからブロードウェイへと進出してきたミュージカルで、いかにもオフ・ブロードウェイらしく派手さのない地味な作品なんです。ブロードウェイ作品は観光客目当ての派手なものが多いんですが、物語として何も起こらないといっても過言じゃないし、静かに流れるような、演劇的で心に染みわたるような作品。ラストも「えっ、これで終わり?」みたいな感じなんですけど、帰り道にいい作品を見たなぁと、じわーっとなるんです。
――私もブロードウェイで観たのですが、おっしゃる通りです。その地味さが逆に素晴らしくて「やられた!」と思いました。初見のときに、今回演じるエジプト人のトランペット奏者カーレドをやりたいと思っていたのですか。
いやらしい話なんですけど(笑)、この作品はブロードウェイでホリプロさんが出資しているというのを知っていて、ホリプロさんにチケットを取っていただいたんです。ということは、いつか日本でやるんだろうなという目で見ていました。面白くなかったらそのままスルーしようと思っていたんですが(笑)、とてもいい作品だったので、ぜひ、出たいなと。やれるとしたらカーレド役かなと思い、自ら立候補しました。
――トランペットの稽古もされているそうですね。
まだ2回しかレッスンしていないんですけど、いや、全然できないんですよ(笑)。ブロードウェイでは“当て振り”といって演奏に合わせて吹く真似をしていたそうで、それでいいよということではあるんですが、ギリギリまで挑戦してみます。
――音楽が果たす役割は、この作品は特に素晴らしいですね。
僕は先にミュージカルを見て、後から映画版を見たんですが、映画も賞をたくさん取っていていい作品なんですよね。内容もほぼ変わらないんですけど、何が違うって音楽がある。基本は中東の音楽で、それが日本人に合うというか僕に合う。リズムにしろメロディにしろ、ヒーリング効果があるんです。心躍るよりも心が鎮められるおだやかな音色なんですね。
エジプトとイスラエルが戦時中の時代、その両国の人たちが一夜を過ごす物語。お互い言葉もままならなく、いまいち会話も進まない中、音楽の力によって交わっていくことが物語の軸なんです。それがミュージカルの醍醐味じゃないですか。僕は映画よりもミュージカルのほうがこの作品の魅力を引き出しているなと思っています。
――登場人物は、イスラエルとエジプトなまりの英語で観客を笑わせてくれました。そこが作品のポイントの一つでもあるのですが、日本語版ではどうやるのでしょう?
それは演出を務める森新太郎さんに聞いていただいたほうがいいと思うんですが(笑)。台本を読んだ段階なので、どうするのかは僕にはまだ(※取材時では)分からないですね。
――ご自身でも考えていらっしゃらない。
僕がどうしようというより、演出の問題なので。ブロードウェイで観たときに、「日本語でどうやってやるの?」とは関係者に質問しました。日本でやるのは難しいんだろうなと。僕も母国語が英語ではない人たちがしゃべる英語がすごく面白くて、ゲラゲラ笑っていたんです。どうやってやるの?と今も思っている最中です。観てのお楽しみってやつですね(笑)。
――新納さんは森さんとのお仕事は3回目ですね。森さんの演出はいかがですか。
僕は森さんがすごく好きで、森さんからのオファーは可能な限り断らないでと事務所にも言っているぐらいなんです。森さんの演出は厳しいんですが、厳しくないと伝わらないことも時にはあるんですよね。森さんの頭の中には完全にビジョンが出来上がっていて、それを超えてほしいという演出家なんです。そこに到達しない俳優を見るのは歯がゆいと思います。森さんのビジョンはとても美しくて素晴らしく、僕もそれが分かっているので、大変だとは思わない。情熱的な方です。
ブロードウェイで観た時は、どなたが演出をされるのか決まっていなくて、森さんがやるというのを聞いて最高だと思いました。誰かが死んだり大事件が起こったりするわけではなく、さざ波のように何もないすごく美しい作品。たった一夜の出来事でも世界平和や人種、戦争のことに触れていく美しく繊細な作品なので、繊細な森さんの演出がピッタリだと思っています。
◆公演情報◆
ミュージカル『バンズ・ヴィジット 迷子の警察音楽隊』
東京:2023年2月7日(火)~23日(木・祝) 日生劇場
大阪:2023年3月6日(月)~8日(水) 梅田芸術劇場シアター・ドラマシティ
愛知:2023年3月11日(土)~12日(日) 刈谷市総合文化センター大ホール
公式ホームページ
[スタッフ]
原作:エラン・コリリンによる映画脚本
音楽・作詞:デヴィッド・ヤズベック
台本:イタマール・モーゼス
翻訳:常田景子
訳詞:高橋亜子
演出:森 新太郎
[出演]
風間杜夫、濱田めぐみ、新納慎也、矢崎 広、渡辺大輔
永田崇人、エリアンナ、青柳塁斗
中平良夫、こがけん、岸 祐二 ほか
〈新納慎也プロフィル〉
舞台を中心にキャリアを積み上げ、本年デビュー32周年を迎えた。2009年には『TALK LIKE SINGING』でNEW YORK OFF BROADWAYデビューを果たす。主な舞台出演作品は、『ショウ・マスト・ゴー・オン』、『next to normal』、『日本の歴史』『スリル・ミー』、『生きる』『ラ・カージュ・オ・フォール』『パジャマ・ゲーム』『パレード』など。2021年には、Musical『HOPE』で演出家デビュー。大河ドラマ『鎌倉殿の13人』出演も話題に。
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