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小川哲『君のクイズ』をめぐって~世界を記憶する装置としてのクイズと小説

佐藤美奈子 編集者・批評家

 読みやすい。どんどん読めてしまう。ただし小説にとって、読みやすいことがそれほど大事だとは思わない。小説とはある意味で、個人が胸に抱える何かしらの引っ掛かり、そこにあると気づきながら目を背けてきた私的な傷や悩みとの対峙を助ける存在としてある、と思うからだ。

 言葉にしづらい「引っ掛かり」や「傷」「悩み」に光が当てられている、と感じられさえすれば、何も「読みやすい」必要はない。作家の文体や生理、息遣いとしか呼びようのないものが個人の「引っ掛かり」に寄り添ってあることのほうが大事で、それがあるから読者は作家から離れられなくなるのだ。「読みやすさ」は二の次だ、と思う。

 作家の文体や生理、息遣いといったものとは、いわゆる「純文学」として括られる作品のなかで出会うことが多い。そのため、どうしても「純文学」作品に惹かれるのが筆者の傾向だった。だからなのか(あるいは単にへそ曲がりゆえか)、「どんどん読めてしまう」文章には、むしろ警戒感を抱いている。ところが、である。冒頭に述べた「読みやすい。どんどん読めてしまう」作品に、ここのところ惹かれっぱなしなのだ。

小川哲による小説『君のクイズ』(朝日新聞出版)拡大小川哲『君のクイズ』(朝日新聞出版)
 前置きが長くなったが、小川哲による小説『君のクイズ』(朝日新聞出版)のことである。

 『地図と拳』(集英社)で直木賞を受賞した著者による、単行本最新作が『君のクイズ』だ。本書は4月に発表される「本屋大賞」の候補にも挙がっているので、ご存じの方も多いはずである。それでもあえて紹介するのは、2015年に『ユートロニカのこちら側』(早川書房)でハヤカワSFコンテスト〈大賞〉を受賞してデビューした作家が歩む道筋──作品で言えば『ゲームの王国』(早川書房)、『嘘と正典』(早川書房)、『地図と拳』──と本作の関係について考えることに意味があると思うからだ。

 この作家を突き動かしているものは何か。テーマの壮大さと速すぎる展開が目立つストーリーに目まぐるしさを覚えながら、作家にこうしたテーマとストーリーを選ばせている正体が気にかかる。それらと本書の関係についての考えを、より多くの人と共有してみてもいいのではないか。

『君のクイズ』の著者・小川哲拡大『君のクイズ』の著者・小川哲

筆者

佐藤美奈子

佐藤美奈子(さとう・みなこ) 編集者・批評家

1972年生まれ。書評紙「図書新聞」で記者・編集者をつとめた後、2008年よりフリーランスに。現在、講談社などで書籍編集・ライターの仕事をし、光文社古典新訳文庫で編集スタッフをつとめる。自身の読書の上では吉田一穂、田村隆一といった詩人の存在が大きい。「死と死者の文学」を統一テーマに「古井由吉論」「いとうせいこう・古川日出男論」(各100枚)を『エディターシップ』2、3号に発表。

※プロフィールは、論座に執筆した当時のものです