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小川哲『君のクイズ』をめぐって~世界を記憶する装置としてのクイズと小説

佐藤美奈子 編集者・批評家

世界をすくいあげようとすること

/Shutterstock.com拡大Skorzewiak/Shutterstock.com
 何かを知ることによって、見える世界はどう変わるのか。知ることで、見えている世界の解像度が上がるとはどういうことか。端的に述べてしまえば、『君のクイズ』は、このテーマをめぐって描かれる物語だ。

 それまで一つひとつの点に過ぎなかったもの同士が線となって結ばれ、線が面をつくり、面が立体を成していく……。思いもよらない物同士のあいだに関係を見つけることで、それまで見えていなかった物が見えるようになり、見えていた物も解像度が上がる。読者は本書を通して、そんな体験をするだろう。

 語り手である「僕」こと三島玲央(みしま・れお)は、20歳代のクイズプレイヤー。『Q-1グランプリ』というテレビのクイズ番組で、対戦相手である本庄絆(ほんじょう・きずな)との決勝戦に臨む。優勝のかかった1問をアナウンサーが読もうとするその時、問題文が口から発せられる直前に、本庄は正解を答え、優勝してしまう。当然のごとく番組に「ヤラセ」疑惑が浮上するところから、物語が動いていく。「僕」は「ヤラセ」で済ますことのできない、この不可解な事態にけりをつけるべく、独自に調査を開始するが……。

 対戦相手の本庄絆は、東京大学医学部に在籍する学生であると同時にテレビタレントでもある。「世界を頭の中に保存した男」「万物を記憶した男」「クイズの魔法使い」などと形容される、「人智を超えた暗記力の持ち主」だ。独自調査の過程で「僕」は、決勝戦で出題されたクイズを1問ずつ振り返っていくが、その作業は「僕」自らの人生の記憶を掘り起こす作業にも重なっていった(なぜ両者が重なるのかは、本書を読んで確かめてほしい)。

 ところで本書は、タイトルやあらすじから予測される通り、クイズが主役と言っていい作品だ。エンタテインメント界の一翼を担い、クイズプレイヤーなる存在(一職業とはなかなか言えないものの)も生まれている現代日本のクイズ業界と、その舞台裏が描かれる。そして強調したいのは、クイズプレイヤーの「僕」にとってクイズとは、世界を記憶する装置として機能している、ということだ。

 個人的な記憶を掘り起こしていく途中で、「僕」はこんな感慨を漏らす。

クイズに答えているとき、自分という金網を使って、世界をすくいあげているような気分になることがある。僕たちが生きるということは、金網を大きく、目を細かくしていくことだ。今まで気づかなかった世界の豊かさに気がつくようになり、僕たちは戦慄(せんりつ)する。戦慄の数が、クイズの強さになる。

 クイズが対象とするのは、宇宙や人類の歴史といった壮大なスケールの問題から、流行や日常生活に即した卑近な事象に関する問題まで、つまり私たちを取り囲む世界すべてである。世界がまるごと記憶された装置としてクイズが機能するからこそ、自分という「金網を大きく、目を細かくしていくこと」が、すくいあげられる世界が緻密で深くなる(クイズが強くなる)こととイコールになるのだ。


筆者

佐藤美奈子

佐藤美奈子(さとう・みなこ) 編集者・批評家

1972年生まれ。書評紙「図書新聞」で記者・編集者をつとめた後、2008年よりフリーランスに。現在、講談社などで書籍編集・ライターの仕事をし、光文社古典新訳文庫で編集スタッフをつとめる。自身の読書の上では吉田一穂、田村隆一といった詩人の存在が大きい。「死と死者の文学」を統一テーマに「古井由吉論」「いとうせいこう・古川日出男論」(各100枚)を『エディターシップ』2、3号に発表。

※プロフィールは、論座に執筆した当時のものです