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乗船前の救命胴衣装着体験あるいは乗船中の胴衣装着を義務化すべきだ

航空機の場合は「装着体験日」があるとよい

杉田聡 帯広畜産大学名誉教授(哲学・思想史)

 2020年11月、香川県の坂出市沖で、修学旅行中の小学生らを含む62人が乗った旅客船が座礁・沈没するという事故が起きた。幸い乗客全員が無事救出されたが、一つまちがえば大遭難事故になるところだった(2023年1月20日付朝日新聞)。

 それから2年2カ月、本年1月19日に、国交省の運輸安全委員会がこの事故に関わる報告書を提出した。そこでは事故の詳しい分析がなされており、末尾には、今後の再発防止に向けた提言も記されている(「船舶事故調査報告書」)。

 だが、報告書の内容は不十分である。異変発生後に被害拡大を防いだ人的・社会的要因について若干なりとも分析したのに(28p、後述)、今後、万一同種の事故が起きた場合の被害軽減策について、何ら提言がないのである。

沈没した船の上部(手前)で救助を待つ児童ら=2020年11月19日午後5時3分、香川県坂出市沖、高松海上保安部提供香川県坂出市沖の沈没事故で、船の上部(手前)で救助を待つ児童=2020年11月19日、提供・高松海上保安部

事故原因──報告書の関心

 事故の経過はこうである。旅客船の航行中、つきそい教員が付近の島について生徒に説明をしたようである。ところが、それを聞いた船長が、島が見やすくなるようにと進路を変えたが(他に航行が若干遅れていたために、航路変更によってこの遅れを取り戻そうという判断も働いたようである/*)、その進路上の海面下約50センチにあった岩に船が乗り上げたのである(報告書2p、27p)。

 だが、この進路は当船長がふだん航行する海域には属していなかったにもかかわらず、船長は出発前に必要な「水路調査」を行っておらず、また船に搭載されたGPS機器の画面に水面下の岩の位置が表示されていたのに、それを拡大表示して確認するという作業を怠ったのである(報告書26p)。

 これが事故原因である。そして報告書の関心の重心はここにおかれる。
(*) ただし私にはむしろこちらが、進路変更の本当の理由ではないかと思われる。なぜならそもそもこの航海は、当該の島その他の船上からの見学が、旅行代理店を通じて依頼されていたからである(報告書21p)。

報告書が示した「再発防止策」

 そのためか、報告書に記された提言は、以上の事故原因に即した「再発防止策」にとどまる。

 つまり、船長は航行予定水域について出航前に水路調査をすべきであるが、していない場合は、急な思い付きによりむやみに予定航路を変更してはならない、また手に入るデータ──海図や、GPS機器による航海用電子参考図等──のみでは詳細な情報が得られない可能性があることに留意し、GSP機器の詳細表示などを使って船位を確認すべきだ、というのである(報告書29p)。

 要するに報告書は、今回船長が怠った事柄を怠らないようにと提言しただけだが、もちろんこれは、船長がくり返し注意し順守すべき責務として自覚されなければならない(他に航路事業者、安全統括管理者に関わる再発防止策があげられるがこれは略す)。だが、委員会としての任務を「再発防止策」提示だけにとどめてしまったのは、返すがえす残念である。

被害拡大を防いだ要因

知床の遊覧船沈没事故後、運航を再開した観光船では乗客が救命胴衣を着用していた=2022年6月16日、北海道斜里町ウトロ知床の遊覧船沈没事故後、運航を再開した観光船では乗客が救命胴衣を着用していた=2022年6月16日、北海道斜里町ウトロ

 重要なのは、被害拡大を防いだ要因にも十分な関心を向け、「被害軽減策」をも提示することである。そうして初めて、事故から十全な教訓を得ることができる。

 異変の発生後、乗組員を含む62人のうち50人が海に飛びこんだが、第1に、救助におもむいた漁船等が、事故発生のわずか19分後から救助活動を行なうことができた、という事実が大きな要因となった。

 第2に──特筆すべきはこれである──、引率教員のうちに

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