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フランスで「寅さん」上映が大盛況、その成功の理由とは?

パリ日本文化会館のアルデュイニ氏に聞く 「私たちには笑いが必要だった」

林瑞絵 フリーライター、映画ジャーナリスト

 あの「寅さん」にパリジャンが笑い、最後には拍手喝采。山田洋次監督の代表作『男はつらいよ』シリーズの上映が、大盛況となっている。会場はエッフェル塔と目と鼻の先、国際交流基金が運営する文化施設、パリ日本文化会館だ。「Un an avec Tora san」(直訳は“寅さんと一緒の1年”/日本語の事業名は「『男はつらいよ』全50作品一年間連続上映」)と題された本イベントは、国外で「寅さん」全50作が一挙に紹介される最初の機会となった。

上映前の会場。寅さんに会いに多くの観客が詰めかけているパリ日本文化会館の会場。「寅さん」に会うために多くの観客が詰めかけた=撮影・林瑞絵

 2021年11月20日の先行上映から始まったこの映画のフルマラソンは、2022年を跨いで23年1月に全作上映が終了し、その後数本の再上映を経て3月にいったんゴール。だが、大好評につき、今後もさらなる再上映に向けて前向きに検討中なのだという。

 本イベントの立役者であり、パリ日本文化会館の映画担当で事業部次長のファブリス・アルデュイニ氏に、全作上映の第1周を終える節目に本企画を振り返っていただいた(インタビューは2023年1月21日に実施)。

これまでの日本映画上映とは違う観客層

パリ日本文化会館の映画担当ファブリス・アルデュイニ氏パリ日本文化会館で映画担当を務めるファブリス・アルデュイニ事業部次長=撮影・林瑞絵
──「寅さんと一緒の1年」は、パリ日本文化会館の人気企画となりました。すでに日本でも多く報道され、「会館がこれまでに開いてきた小津安二郎、溝口健二といった日本を代表する映画監督の回顧上映では、1回の上映に80~100人を集めれば成功だったが、寅さんの映画は1回平均184人」などと書いたメディアもあります。まるで小津や溝口より人気になった印象さえ受けましたが。

アルデュイ二 「寅さんと一緒の1年」は再上映を検討中ですので、「寅さんと一緒の2年半」になるかもしれません(笑)。ただ、その報道に関しては誤解を与えるかもしれないので、少々補足が必要です。フランスで小津や溝口の映画はやはり依然として人気で、たしかな価値を持つ最重要の監督であることには変わりません。最近もパリのシネマテークで黒澤明特集がありましたが、たくさんの観客を集めました。

 しかし、今回の「寅さん」の上映は、たしかにこれまでとは観客層が違ったと思います。まず見に来た観客が寅さんのキャラクターを気に入り、「彼に会う」ことが習慣になっていきました。そしてその人たちが周囲に口コミで広げ、普段映画に行かない人たちまでたくさん観に来たのです。上映後にアンケートを配っていますが、反応は大変ポジティブ! 「寅さんを通して日本を知った」という人が多かったです。

──私も上映後に観客に話を聞きましたが、友人に誘われて来た人が多く、口コミ効果を実感しました。中には全作欠かさず通っている人までいて、その熱狂ぶりに驚いたほどです。

アルデュイ二 寅さんがパリで紹介されたのは、これが最初ではありません。日仏交流150周年の一環として2008年に「松竹の歴史」特集を開催した際、すでに当館で「寅さん」映画3本を上映しています。この時は第1作『男はつらいよ』(1969年)、第5作『男はつらいよ 望郷篇』(1970年)、第11作『男はつらいよ 寅次郎忘れな草』(1973年)を選びました。浅丘ルリ子がマドンナの『忘れな草』は、『寅次郎ハイビスカスの花』(1980年)と並んでシリーズの傑作と言われますが、この時はうまくいきませんでした。当時はまだ、フランス人が求める日本映画は作家性の強い映画が中心であり、「大衆的な日本映画は演出が洗練されていない」として、興味を持たれなかったのだと思います。

寅さんのスタンプラリーも実施。5回の入場で1回が無料になる『男はつらいよ』のスタンプラリーも実施。5回の入場で1回が無料になる=撮影・林瑞絵
──「寅さん」も3本だけだと印象が薄かったのかもしれないですね。

アルデュイ二 実はそのさらに前から、日本映画専門の配給会社によって「寅さん」を紹介しようとする試みは何度かありました。それはここ20年から30年のことですが、いずれもうまくいかなかったのです。

 私は1997年から当館で働いていますが、「寅さん」はすぐに紹介したいと考えた作品の一つでした。ただ、当時はフィルムの時代でロジスティックな面で難しかったのです。シリーズ作品の場合はさらに予算が膨らみますし、当時の観客の好みとも合致しなかったためにリスクが大き過ぎました。

 それがデジタルの時代となって随分と楽になりました。このような経緯でようやく「寅さんと一緒の1年」の企画が立ち上げられたのは、寅さん誕生50周年、50作目(2019年)の節目の時のことです。不幸にも新型コロナウイルスの感染症が広がった頃でした。

パリ日本文化会館の映画担当ファブリス・アルデュイニ氏(右)と、ジャーナリストのクロード・ルブラン氏(左)「寅さんと一緒の1年」期間中は様々なイベントも実施された。パリ日本文化会館のファブリス・アルデュイニ氏(右)と、『Le Japon vu par Yamada Yoji(山田洋次が見た日本)』の著者でジャーナリストのクロード・ルブラン氏=撮影・林瑞絵
──しかし、結果的にパリで「寅さん」が上映されるのに、ちょうど良い時期が来たのではないでしょうか。同時期にジャーナリストのクロード・ルブランさんによる山田洋次監督のバイオグラフィー的な大著『Le Japon vu par Yamada Yoji(山田洋次が見た日本)』(Editions Ilyfunet社)も出版となりました。

アルデュイ二 そうですね。いろんな要素が重なり、結果的に今が最も良い時期になったと思います。ルブランさんの本も全く別ルートで進んでいた企画でしたが、当館で寅さんを上映すると決まり、彼から電話があったんです。それからは協力関係をとり、例えば「寅さんと一緒の1年」の最初の半年間は、クロードさんの私物の寅さんグッズも展示しました。彼にはたくさん助けられました。

フランスでも寅さんは規格外の人物

会場のパリ日本文化会館ではポスターや書籍など、寅さん関連の展示も
©パリ日本文化会館/澤田博之

会場のパリ日本文化会館ではポスターや書籍など、『男はつらいよ』関連の展示も ©パリ日本文化会館/澤田博之
©パリ日本文化会館/澤田博之©パリ日本文化会館/澤田博之
©パリ日本文化会館/澤田博之©パリ日本文化会館/澤田博之
一部、神戸が舞台の第48作『寅次郎紅の花』(1995年)の上映後には、
観客に兵庫の米を使った純米酒「宮水の華」と「瑞福」がふるまわれた神戸が舞台の一部になった第48作『寅次郎紅の花』(1995年)の上映後には、観客に兵庫の米を使った純米酒「宮水の華」と「瑞福」がふるまわれた=撮影・林瑞絵

──寅さんの団子屋「とらや」の再現や、シリーズ全作のポスター展示もありました。期間中は講演会や舞台挨拶が多く、先日は神戸が舞台になる第48作『寅次郎紅の花』(1995年)の上映後に、兵庫のお酒がふるまわれて嬉しかったです(笑)。全体的にイベント感があり盛り上がっていますが、映画そのものに力があり、笑いや拍手を呼んでいます。なかには泣いているご婦人さえ見ました。コロナ禍で厳しいロックダウンを経験したフランスだからこそ、映画館で人々と一緒に映画を見るという共同体験が、一層ありがたく感じられたこともあったのではないでしょうか。

アルデュイ二 おそらくそうだと思います。今回の上映が「ポストコロナ」だったことも、成功の重要な要素だったのでしょう。パリ日本文化会館のファサードには寅さんの巨大なポスターが掲げられました。抜けるような青空を背景に、これから旅に出るのか、それとも帰って来たのかわからない寅さんのイメージが登場しました。

会場のパリ日本文化会館のファサードには、寅さんの大きなポスターが掲示会場のパリ日本文化会館のファサードには、寅さんの大きなポスターが掲示された=撮影・林瑞絵

──あのポジティブなイメージは感動的です。寅さんが体現する「自由さ」の象徴のようでした。そんな彼は日本では異端児だと思うのですが、フランスでもそうでしょうか。なぜ寅さんはフランス人を惹きつけるのでしょう?

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