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『太平洋序曲』に出演、山本耕史取材会レポート

ソンドハイムの作品で、鎖国した心を開国してほしい

米満ゆうこ フリーライター

 一昨年に91歳で逝ったミュージカル界の巨匠、作詞・作曲家スティーヴン・ソンドハイムの作品『太平洋序曲』が開幕する。ブロードウェイの脚本家ジョン・ワイドマンが、鎖国から開国へと向かう江戸時代の日本を描いた異色のミュージカルだ。宮本亞門が日本人として初めてブロードウェイで演出し、トニー賞4部門にノミネートされた作品としても有名で、記憶に新しい方も多いだろう。今回は、梅田芸術劇場と英国メニエールチョコレートファクトリー劇場との共同制作で、演出は、日本で『TOP HAT』を手掛けた英国人のマシュー・ホワイトが担当。公演に向け、ダブルキャストで物語の狂言回し役を務める山本耕史が大阪市内で取材会を開催。時代劇出演の経験豊富な山本の視点で話す『太平洋序曲』とは?

入り口は狭いけれど、中は広くて自由

山本耕史=久保秀臣 撮影
拡大山本耕史=久保秀臣 撮影

――まず、オファーがあった時の気持ちと、宮本亞門さん版をご覧になったかを教えてください。

 宮本亞門さん版は観劇はしていません。資料で断片的に拝見し、こういう世界観だったんだなと想像はしていました。実際稽古に入ると、衣装やセット、作り方、雰囲気などすべてにおいてガラッと変わっている印象でした。全く別物という感じですね。

 ソンドハイムはミュージカル界のトップで、色々な人に影響を与えた音楽家です。僕は21歳の時に『RENT』というミュージカルに出演し、そこで自分の方向性が定まった。その後、『RENT』を生んだ作詞・作曲家のジョナサン・ラーソンの自伝『チック、チック…ブーン!』というミュージカルでジョナサン役を演じたんです。

 彼はソンドハイムに影響を受け、師と仰いでいました。キャリアがうまくいかず、くすぶっている時にソンドハイムから「君にはすごい才能があり、明るい未来しか待っていない」というメッセージをもらい、救われるんです。僕はジョナサンを3回演じているので、まるでソンドハイムを師匠みたいに感じています。そのソンドハイムの『太平洋序曲』で、更に日本の歴史を海外の方が書いた逆輸入の作品。いい巡り合わせなんだろうなと思い引き受けさせて頂きました。

――山本さんがグランドミュージカルに出演するのは珍しいですね。

 僕は大人数のグランドミュージカルはそんなにやっていないんですよ。3人しかキャストがいないような作品が多いので、普段であれば『太平洋序曲』は自分からは選びにくい作品ではあります。王道のものは『レ・ミゼラブル』、『アナスタシア』ぐらい。『アナスタシア』はコロナ禍で途中で中止になり、消化不良の部分もあり、またチャンスがあればグランドミュージカルをやりたいと思っていました。今回はオーソドックスだけど異質さもある作品でもあるので、ぜひ、やってみたいなと。

山本耕史=久保秀臣 撮影
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――ソンドハイムといえば、重なり合うような独特のメロディと難解で複雑な楽曲が有名です。歌ってみていかがですか。

 事前に曲の資料をいただいて、何が何だか分かりませんでした。何拍子で、これはどの音で、あの音はどこへ行っちゃった?みたいな。いわゆるセオリーではないメロディラインで、かなり頭を使わないと歌いこなせないなと思ったのが最初の印象です。

 ふだん滅多にしないのですが、あまりにも難しいので家で歌っていたら、子どもも歌っていて(笑)。つまり、とても難しいメロディなのに、すごいインパクトがあるんだなと。子どもはやはりインパクトがあるところしか覚えないから。ソンドハイムはすごいなと思いました。メロディで残るのではなく、インパクトがあるから耳に残る。その点を痛感しましたね。

――どの曲も素晴らしいですが、特に『Someone in a Tree』が有名です。山本さんも少し歌われるシーンがありますよね?

 ちょっとだけですね。その曲では、狂言回しはセリフのほうが多いんです。オープニングの曲の方がメインで歌います。

――改めて、それぞれの楽曲の魅力は?

 入り口がすごく狭いけれど、入ってみたら中がすごい広いというイメージです。どこから入ったらいいんだろう?と入り口を探すんだけど、ここでもない、あそこでもないと練習していくうちに、ある時パッと入れる扉がある。そして中は広々としている。そこが分かれば自由な感じかなぁ……。今、その予感を感じ始めた段階です。

海外の人が知らないことを僕らが盛り込んでいきたい

山本耕史=久保秀臣 撮影
拡大山本耕史=久保秀臣 撮影

――物語を俯瞰して見る、狂言回しの役柄についてはいかがですか。

 『RENT』のマークのように狂言回しの役割を担う役は何度か経験していますが、役名から狂言回しというのは初めてで、面白いなと。話を引っ張る役なので、お客さんとステージの中間に存在しているようなイメージで稽古をやっています。亞門さん版では、狂言回しは、紋付袴を着た時代物の和の雰囲気だったのですが、今回は現代人の雰囲気です。

 演出家のマシューはすごくフレキシブルで遊び心をあり、とらわれない感じの方なので、自由な面白い作品ができるんじゃないかなと思っています。

――物語は、ペリーがアメリカから来航し、香山弥左衛門や鎖国破りの罪で捕らえられたジョン万次郎が、鎖国を阻止しようと交渉を始めます。

 日本人が書いたらこうはならないだろうなという面白さがあります。今回は日英の共同制作で、日本のリアルも盛り込めるのかなと思っていて。例えば、武士がなぜ刀を右側に置くかとか、海外の人が知らないことを僕らが盛り込んでいければ面白いと思うんですよね。せっかく幕末のペリー来航を描くわけですから。

 ある場面の稽古の際、“捕らわれ人”が1人で入ってきました。捕らわれ人は通常、(監禁、拘束する人が)2人ぐらい付いているものですが、稽古では1人で入ってきている。日本の時代劇では見ない光景がある時に、海外の方が分からずやっていたとしたら、もったいないなと思いました。日本寄りに作ったほうが、現代とのギャップが見えて面白いから、アイデアを提示したり、もっと緻密さを盛り込めたらいいなと思っています。

山本耕史=久保秀臣 撮影
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――日本人だったらこうは書かないというのはどういうところですか。

 史実と違う部分が多いです。脚本家は、フィクションだけれども歴史について調べた上で作っていると思います。でもそれは、欧米側から見た日本人が“こうだったであろう”ということ。僕は時代劇を多くやっているので、この作品はファンタジーだと感じられます。

 例えば現代のドラマにポケベルが出てきたらおかしいじゃないですか。ガラケーでもおかしいし、スマホですよね? 現代であれば僕らはよく分かるけれど、150年前だと、10年単位の誤差は分からない。そういうところが大雑把に書かれているから、これは作り物で、史実ではないというのが分かる。どこまで日本人の僕らは正していいのか。エンターテインメントとして作ったほうがいいのか。僕はカンパニーの中で、たぶん、時代劇について一番詳しいですから(笑)。

 例えば新選組の永倉新八が書いた自伝と、新選組の屯所となった前川邸の子孫が書いている内容は全然違うんですよね。つまり、生き残った側が自分にいいように書くので、史実なんて誰も分からない。ペリーに会った人も今はいないわけですし。だからマシューとも「今作がフィクションであることは伝わると思う」と話し合っています。

得体のしれない脅威に日本人がどう立ち向かったか

山本耕史=久保秀臣 撮影
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――いわゆる「幕末もの」だと期待しないほうがいいんですか?

 いえ、ペリー来航の時に、当時の日本人は何を思ったのかというのが分かる。今でいうとUFOが襲来するような出来事だったのではと思いますが、その恐怖感やどうにもできないところは表現されているし、全部が史実と違うわけではない。史実?、フィクション?とちょっと混乱するところはあるかもしれません。

 マシューが「史実と違うからお客さんに突っ込まれるか?」という質問を僕らにするんです。例えば、武士がムーンウォークして入ってきて、退場した上で、もう一度入れば、狂言回しが遊びでその世界観をいじっているように見えるじゃないですか。史実と違うと思われないためには、エンターテインメントとしてどう工夫して作っていくかですよね。稽古初日の感覚では、史実とは違い、『太平洋序曲』の世界観で作られ、守られている感じがしました。

――今作で、どう自身の個性を出したいですか。

 どうしようということはあまりなく。いつも稽古中に突っ込んでみて、どこまでOKなのかを探るんです。シリアスかユーモアか、狂気を出すのかなど。そして相手の反応もあるしバランスですね。狂言回しなんだけど、自分が自分がとやると、今回はちょっと違うような気がしています。

山本耕史=久保秀臣 撮影
拡大山本耕史=久保秀臣 撮影

――公演が楽しみです。最後にメッセージをお願いします。

 『太平洋序曲』の初演は……えっ1976年? 俺が生まれた年だ! 同い年なんですね! 何か感じましたね、今。いい作品はシェイクスピアもそうですが、100年経っても上演されるし、『太平洋序曲』も初演から47年、必要だから残り続けている作品なんですよね。コロナ禍という大変な時ですが、物語もそれに近しいものがあります。得体のしれないものが、鎖国していた日本中を震撼させる。明らかに異質な脅威に、どう日本人が立ち向かい、立ち回ったのか。今の時代に上演すべくして選ばれ、大変な日々が続くからこそ、感じるものがあると思います。難しいところもあるけれど、エンターテインメントとして素晴らしい作品になると思うので、心が疲れた方は、『太平洋序曲』で鎖国した心を開国してください(笑)。

◆公演情報◆
ミュージカル『太平洋序曲』
東京:2023年3月8日(水)~29日(水) 日生劇場
大阪:2023年4月8日(土)~16日(日) 梅田芸術劇場メインホール
公式ホームページ
公式Twitter
[スタッフ]
作詞・作曲:スティーヴン ・ソンドハイム
脚本:ジョン ・ワイドマン
演出:マシュー ・ ホワイト
[出演]
狂言回し/山本耕史・松下優也(Wキャスト)
香山弥左衛門/海宝直人・廣瀬友祐(Wキャスト)
ジョン万次郎/ウエンツ瑛士・立石俊樹(Wキャスト)
将軍/女将 朝海ひかる ほか

筆者

米満ゆうこ

米満ゆうこ(よねみつ・ゆうこ) フリーライター

 ブロードウェイでミュージカルを見たのをきっかけに演劇に開眼。国内外の舞台を中心に、音楽、映画などの記事を執筆している。ブロードウェイの観劇歴は25年以上にわたり、〝心の師〟であるアメリカの劇作家トニー・クシュナーや、演出家マイケル・メイヤー、スーザン・ストローマンらを追っかけて現地でも取材をしている。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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