【ヅカナビ】雪組公演『BONNIE & CLYDE』
「自分の人生を生き切った」疾走感が観客を惹きつける
中本千晶 演劇ジャーナリスト

名古屋・御園座にて雪組が上演中のミュージカル『BONNIE & CLYDE』が好評だ。この作品はイヴァン・メンチェルの脚本、ドン・ブラックの作詞、作曲フランク・ワイルドホーンにより、2009年にアメリカで初演された。日本では2012年に東京・青山劇場にて初演されている。今回は潤色・演出を大野拓史が担当した。
ボニー&クライドは1930年代のアメリカで強盗・殺人を繰り返し、1934年5月23日、車を走行中に警官から150発以上の弾丸を受けて死んだカップルである。世界恐慌下の社会不安の中で彼らを英雄視する者も多く、映画『俺たちに明日はない』をはじめ、映画や舞台の題材としても多く取り上げられてきた。タカラヅカにおいても1998年に『凍てついた明日』(作・演出:荻田浩一)として舞台化されている。
このため、昔からのファンにとっては、ボニー&クライドといえば『凍てついた明日』である。そのときの記憶からしても、壮絶な幕切れの後にどんよりと沈んだ気分になるのだろうと思っていた。ところが今回、予想に反して観終わった後の気分は明るかった。むしろ爽快感さえ感じられた。これこそが、評判の良さの理由なのかもしれない。
「滅びの美学」から「夢を叶える物語」へ
『BONNIE & CLYDE』にはボニーとクライドを取り巻く実在の人物も多く登場し、ストーリーが展開する(登場人物についてはプログラムの解説が詳しい)。その中で描かれるボニーとクライドの「ストレートな人物像が魅力の一つとなっている」と、潤色・演出を担当した大野氏は言っている。
幕開きでボニーの憧れの存在として女優クララ。ボウ、クライドの憧れの存在として義賊ビリー・ザ・キッドを登場させていることからも、この作品が「2人が夢を叶えていく物語」の色彩を持っていることは明白だ。そして何より、クライドとボニー、そしてバックとブランチという対照的な2組のカップルの純愛物でもあったことが印象的だった。
いっぽう『凍てついた明日』は、ボニー&クライドの「滅びの美学」を描いた作品だったと思う。ボニーの心はクライドではなく夫ロイの元にあり、クライドもかつての恋人への思いを捨て切れない。共に愛を失い心に傷を負った2人が、互いの心の穴を埋めるために結びつき、破滅への道をひた走る。幕が降りた後は、どうにも切なく、やり切れない気分の中で、2人の孤独に思いを馳せる。だが、このとき2人を眺める目線は自分とは別世界の人に対するものだった。
ところが今回は、むしろ2人の生き様に自分自身を重ね合わせてしまっており、そんな自分に驚いた。ボニーの「私たち2人だけが生きている」という言葉が心に刺さる。つまり、この作品において2人のやったことは「凶悪犯罪」というより「自己実現」なのだ。
この作品ではボニーとクライドを取り巻く世相…不景気と社会不安、人々の閉塞感、車社会の到来による激変、警察の無力なども丁寧に描かれている。その世相が現代と似ているから、余計に2人に共感し、憧れさえ抱いてしまうのかもしれない。
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