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高校演劇の「春」〈上〉―コロナの困難吹き飛ばし、上演ラッシュ

自由な発想の公演、全国で相次ぐ

工藤千夏 劇作家、演出家

 高校部活動の「春」は甲子園だけではありません。演劇部も活発です。特に今年は、コロナ禍で窮屈な日々を強いられてきた3年間のつらさを吹き飛ばす勢い。「春フェス」の呼び名でおなじみの恒例「春季全国高等学校演劇研究大会」に加え、全国で花開く「高校演劇2023年の春」を、劇作家・演出家の工藤千夏さんが2回に分けて伝えます。

自主公演が百花繚乱

 中止と延期の悲報ばかりだった2020年3月からちょうど3年、2023年3月はそのリベンジのように自主公演・合同公演の案内がSNS上を駆け巡った。この状況はもう、春季全国同時多発フェスティバルだ。大分市で3月24~26日に開かれた第17回春季全国高等学校演劇研究大会に出場した10校だけでなく、各地で上演を行ったすべての演劇部が「春フェス」に参加しているのだと私は思っている。

第17回春季全国高等学校演劇研究大会の会場=大分市、秋月大輔撮影、大分県高等学校文化連盟演劇専門部提供
 卒業式を終えたばかりの3年生にとっては、在校期間のフィナーレを飾る卒業公演でもある。

 中学校の卒業式、高校の入学式を皮切りに、文化祭や修学旅行等多くの学校行事が中止やイレギュラーな実施となり、否応なしに「コロナ世代」と呼ばれてきた。日々の部活動も制限され続け、高校演劇コンクールに至っては中止、無観客上演、映像審査等、様々なコロナ・アタックを受けてきた。そんな演劇部員が、後を託す後輩とともに舞台に立つ最後の機会である。

 そして、在校生や顧問にとっては、来年度以降の活動につなげる大きな楔だ。演劇制作のノウハウも観客の前で上演する経験も積み上げることができなかった日々を取り返したい! 創り上げた作品を上演し、実際に拍手を浴びたときの演劇の喜びを肌で感じたい! 上演できるこの機会はもう決して手放さないぞ! そんな強い意志表明なのである。

 この3月の自主公演増加の背景には、「第8波の影響」がある。

 コロナに翻弄され続けた3年間を振り返ると、意外なことに、2022年度がもっとも「しんどい」ように見える。コンクール自体が中止になったり映像審査に変更されたりということがなくなり、地区大会も都道府県大会もブロック大会も実施が前提で進められた。しかし、参加予定校が1校も欠けることなく上演を果たすことができるのは、単にラッキーな状況だった。出場校の演劇部員に感染者や濃厚接触者が出て、出場辞退を余儀なくされるケースが頻出したのだ。

 22年度後半、感染者、濃厚接触者がいつ学校生活に復帰できるかは、ガイドライン(文科科学省初等中等教育局健康教育・食育課による令和4年9月9日付「新型コロナウイウルス感染症の患者に対する見直し等を内容とする『新型コロナウイルス感染症対策の基本的対処方針』の変更について」)に従った。つまり、いつ発症したかによって大会参加の可否が決まることになったのだ。

 やっとコンクールが実施されるのに、やっと観客の前で上演できるのだと稽古や準備を重ねてきたにも関わらず、自分が所属する演劇部だけが上演できなくなった、その無念たるや。

 この3月の自主公演の多さは、22年度に活動していた演劇部員たちの、どうしても「その作品」を幻に終わらせることなく、観客の前で上演したいという願いに起因する。

「大会で上演したかった思いのすべてを、ここに。」

 山口県立光高校演劇部は、自主公演そのものを「私たちの春フェス」と題した。

 中国大会で上演できなかった『みすてりぃ』(作:緋岡篝)と、統合前の光丘高校演劇部の先輩たちが上演した『□○ル(かくまるる)葉桜』(作:緋岡篝)を、スターピアくだまつ(山口県下松市)で上演。フライヤーに書かれた「大会で上演したかった思いのすべてを、ここに。」というコピーが刺さる(タイトルの□と○は文字と同じ大きさ)。

山口県立光高校『みすてりぃ』の舞台=同校演劇部提供

 長野県松本美須々ケ丘高校演劇部『カラマーゾフの兄弟』(原作:ドストエフスキー、脚本:郷原玲)は、上土劇場(長野県松本市)で上演した。

 郷原顧問によると、2020年度は無観客、映像審査。21年度は映像審査、無観客。22年度は関係者のみの公演→大会で上演できず映像。私も審査員として観劇するはずだった23年1月の関東大会(会場:群馬県桐生市)では、リハーサルを終えた後にまさかの出場辞退となった。

 映像でも素晴らしさがほとばしるその幻の作品が上演を果たしたこと、何より、ずっと取り組み続けて。遂に、遂に、観客の前で上演することができた部員たちの気持ちを思うと、あまりに感慨深い。

 2校のケースを挙げたが、上演中止をバネに自主公演を決めた例は全国にある。

 すべての自主公演を網羅することも、ましてや、すべて観劇することも不可能なのだが、キャッチできた情報を紹介する。決して書き切れない各校の事情や演劇部員の思いを想像して頂けたら嬉しい。

 沖縄のアイム・ユニバースてだこ小ホール(浦添市)で3月28日開催の「春季合同上演会」には、与勝高校、普天間高校、首里高校、具志川高校、球陽高校、浦添高校、開邦高校、昭和薬科大学附属高校、有志チームがそれぞれ30分の劇を上演。観客の投票によって、団体賞と個人演技賞を決定した。

 「とちぎ蔵の街・高校演劇祭」では、鹿沼南高校、益子芳星高校、真岡北陵高校、真岡高校・真岡女子高校、宇都宮女子高校、宇都宮中央高校・宇都宮中央女子高校、鹿沼高校、小山西高校、栃木高校・栃木女子高校の12校10ステージの競演。各校30分枠だが、2校合同なら1時間の作品を上演できる。男子校と女子校の合同企画は、日頃はできない共学の部活動体験の場として演劇祭スタート時から企画されたものだ。

 中央大学附属高等学校演劇部が主催する合同発表会には、関東第一高校 、日大第三高校、都立国立高校、中央大学附属高校が参加。「第3回藤二鶴(とにかく)オール日大」には、「藤・二・鶴」の日大藤沢高校、日大二高、日大鶴ヶ丘高校に、目黒日大高校、成蹊中高、獨協中高がゲスト出演した。

日本大学第二高校『月見澤薔薇美 最期の闘い』の舞台=同校演劇部提供

遠距離合同、OBOG参加……公演はフリースタイル

 2校間の距離をものともせず、精華高校(大阪府堺市)と埼玉県立芸術総合高校(所沢市)の合同自主公演『果てのない 物語のない 旅にでる』は、シアター風姿花伝(東京都新宿区)で行われた。

 2018年3月に同会場で実施された精華高校と埼玉県立新座柳瀬高校の合同公演『愛もない青春もない旅に出る』が、鳥頭三歩顧問と稲葉智己顧問の連携で復活した。ちなみに、精華高校と埼玉県立芸術総合高校は、この公演のあと、揃って後述の「ふくやま高校生の春の演劇フェスティバル」に参加した。さらに、埼玉県立総合芸術高校は第17回春季全国高等学校演劇研究大会にも参加、3週末で異なる3演目を上演した。

埼玉県立芸術総合高校『Twinkle Night』=同校演劇部提供

 山梨県立甲府南高校演劇部の中村勉元・顧問は、この春卒業する部員やOBOGとともに、演劇ユニットスーパーリリック公演『スーパーリリックの20分シアター』を地域おこしの拠点であるアメリカヤ(山梨県韮崎市)で上演した。すでに学校を離れた顧問や卒業生が上演のために再集結すること自体がドラマだ。

 青森県立青森中央高校演劇部は、東北大会で優秀賞を受賞した『勇者のコロナクロニクル』(作:畑澤聖悟)を、青森演劇鑑賞協会の特別例会に招聘されて上演した。高校演劇になじみのない演鑑会員を魅了したこの舞台が、卒業生のラストステージとなった。コロナで中止になっていた、高校演劇の名作を上演する「中・高校生のための高校演劇見本市」も再開させた

 島根県の三刀屋高等学校掛合分校演劇同好会、松江工業高校、三刀屋高校と、劇団一級河川による合同公演『卒業式』は、「劇」小劇場(東京・下北沢)で実施された。これは、顧問である亀尾佳宏教諭が掛合分校演劇同好会の部員とともに出場した若手演出家コンクール2021(一般社団法人日本演出者協会主催)で最優秀賞を受賞した記念公演である。

 掛合分校演劇同好会を取材したドキュメンタリー映画『走れ!走れ走れメロス』(監督:折口慎一郎)も、東京・下北沢のミニシアター「下北沢トリウッド」で上映。この映画は下北沢映画祭、うえだ城下町演劇祭など数々の映画祭で入賞している。

三刀屋高等学校掛合分校演劇同好会『走れ!走れ走れメロス』の舞台=森智明撮影、同会提供

 第12回となる、その名も「ふくやま高校生の春の演劇フェスティバル」(広島県福山市)には、福山地区合同公演チームに加え、上記の精華高校(大阪)と埼玉県立総合芸術高校、そして、徳島県立城東高校、徳島県立小松島高校、山口県立光高校、創成館高校(長崎)、島根県立三刀屋高校掛合分校演劇同好会が参加した。回を重ね、演劇祭実行委員会として力をつけた福山地区高演協は、2024年度に本家・全国の「春フェス」の受け入れを行う予定である。

 〈下〉は4月2日正午公開の予定です。大分で開催された「春フェス」の様子をたっぷりご紹介します。