大分市での「春フェス」、豊かな実りを実感
2023年04月02日
全国で一斉に花開いた、この春の高校演劇の舞台。工藤千夏さんによるレポートの後編です。3月下旬に開催された「春フェス」をたっぷり紹介します。前編はこちら。
以下は、各ブロック大会において春フェス大分大会に推薦され、2022年度最後の上演機会を得た幸運な作品群だ。年度をまたがない春フェスは、夏の全国大会のときにはもう高校生ではなくなっている3年生も、希望すれば参加できるための大会なのである。
四国ブロック 香川県立高松桜井高校『Gifted』川田正明+高松桜井高校演劇部(顧問生徒創作)
近畿ブロック 大阪府立岸和田高校『オドリ・バリデ・ジュー』鈴木 研太(井原一葉補作/顧問創作)
東北ブロック 山形県立鶴岡中央高校『明日は救世主』木村麻由子(顧問創作)
関東ブロック 埼玉県立芸術総合高校『Midnight Girlfriend』稲葉智己(翻訳・翻案/顧問創作)
中部日本ブロック 愛知県立松蔭高校『フートボールの時間』豊嶋了子と丸高演劇部(既成)を藤澤順子(顧問潤色)
九州ブロック 宮崎県立宮崎南高校『誰かのための、芋けんぴ』河原美那子と宮崎南高校演劇部(顧問生徒創作)
中国ブロック 岡山学芸館高校『骨を蒔く』柳雅之(顧問創作)
関東ブロック 千葉県立松戸高校『ある海が見える丘の物語』阿部順(顧問創作)
北海道ブロック 札幌北斗高校『イチゴスプーン』須知英生(顧問創作)
開催県代表 大分県立豊府高校『エールの時間』中原久典(既成)
春フェスも夏の全国大会もそこに至るまでの予選で上演ラインナップが決定するので、テーマやジャンルは一切関係ない。高校演劇の多様性がそのまま可視化される。
ブロック大会までは確かにあちこちでその取り組みが見られた、新型コロナウイルスをモチーフにした作品が、春フェス大分大会では一本もないという偶然はとても興味深い。むしろ、コロナとは違う世界を描きたいという欲求すら感じさせる。
昭和のヤンキーが登場する時代を回想し、令和に生きる現代人の内面に切り込む千葉県立松戸高校『ある海が見える丘の物語』、大正時代の高等女学校の女学生とサッカーを切り口に日本人のジェンダーギャップ観を考える愛知県立松蔭高校『フートボールの時間』(丸亀高等女学校の実話をもとに丸亀高校が初演)、モリエールの古典劇を時代はそのままに現代に通じる、眼福のラブコメ・エンターテインメントに変貌させた埼玉県立芸術総合高校『Midnight Girlfriend』など、マスク着用の2022年度の現実を想起させない世界観を求めているような作品が、圧倒的な好感度で観客に迎えられていた。
高校生が登場する作品であっても、日常生活からどこまで遠くに行けるか、その距離が軸となり、多様な世界が広がったとも言える。
大阪府立岸和田高校『オドリ・バリデ・ジュー』は、劇中劇のループで地下アイドルと演劇部員の虚実がない交ぜとなり、自分たちが立つ場所の意味を問う。香川県立高松桜井高校『Gifted』は、その天賦の才ゆえに孤立するギフテッドの女子高生が、その生き方そのものを凶器に馴れ合いの人間関係や社会通念に問題提起する。
札幌北斗高校『イチゴスプーン』は、茶道部を装うエスパーたちと新聞部の戦いをモチーフに、下ネタも辞さずに徹底的に学園コメディの世界を追求する。岡山学芸館高校『骨を蒔く』は、大人が散骨について話し合う傍らの子供たちの会話で、生き物としての人間の生命について深く考察する。山形県立鶴岡中央高校『明日は救世主』は、LGBTQもいじめもウクライナで生きる人々への思いも、何もかも抱きしめたいともがく。
宮崎県立宮崎南高校『誰かのための芋けんぴ』は、女子高生レナとパパと先生の3人だけの会話劇だ。真昼間、本来なら学校や職場に行っているはずの時間に、他に誰もいない海浜公園で話すうちに、三人三様に心がほぐれていく。
サボる=自分の問題から逃げたその避難先での偶然の再会が、真の意味で自己を解き放つのだ。もし、彼らが帰る社会にまだコロナがあったとしても、彼らが抱えていた悩みが簡単に解決できなかったとしても、自分自身をとりまく世界はやはり愛おしいと感じさせてくれるような芝居だった。
春フェス大分大会のフィナーレを飾ったのは、大分豊府高校『エールの時間』である。
開催県代表、九州ブロック大会の常連校でもある大分豊府高校演劇部は、長く顧問を務めた中原久典教諭の描くヒューマンコメディを演じ続け、通称「豊劇」と、広く親しまれている。
私は、2023年3月というこの時期に、この作品を創り、演じ、上演してくださった豊劇の皆さんに「ありがとう」と、御礼を言いたい。個性豊かの一言では括りきれないくらい、ばらんばらんな高校生が集まった弱小応援団の内紛もきっちり演じて、心の機微もデリケートに伝え、クライマックスの応援シーンは屋台崩しのセット転換で演劇的に魅せて、さらに、本当に応援団の演舞をしっかり観せて、最後は本当にほっこりさせる。
エールは、劇中で応援されているはずの緑軍へのエールであり、豊劇自身も含め、高校演劇を部活動に選んだ高校生たちへのエールであり、会場で観劇した観客へのエールであり、高校演劇そのものへのエールであった。そして、コロナ禍を生き延びようとしている人類へのエールにさえ思えた。
春フェスは、通常のコンクールと違って審査がないので、制限時間60分はそれほど厳密ではない。カーテンコールをしたければしても構わない。今回、出場校10校の約半数が行い、私はその度、拍手しながら律儀に泣いていた。芝居が終わり、上演できた喜びが出演者の笑顔からほとばしる。その瞬間が嬉しくて、眩しかった。
新型コロナウイルスとの戦いが完全に終わったわけではない。だが、少なくとも、演劇部員はマスクをはずして舞台に立つことができるようになった。顧問や周りの大人たちは、コロナが急進させた部員減少の問題に向き合いながら、新入生が入学する4月に向かって歩き始める。春はすぐそこまで来ている。
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