2023年04月07日
かの神話的女優、ルイズ・ブルックス(1906~1985)の書いた傑作自伝的エッセイ、『ハリウッドのルル』(宮本高晴・訳、国書刊行会、原著1982)の刊行を記念して、特集上映「宿命の女 ルイズ・ブルックス」が、東京・シネマヴェーラ渋谷で始まる(4月8日~)。ブルックスの出演作7本と、『ハリウッドのルル』で言及された映画、および映画人の作品8本が上映される、なんとも贅沢なラインナップだ(“ルル”とは後述するブルックスの代表作、『パンドラの箱』において性的魅力で男を破滅させる“宿命の女/ファム・ファタール”を演じる彼女の役名)。
──米カンザス州で生まれたブルックスは、高校を中退後、ダンサーをめざすが舞踏団の規律に馴染めず断念。1925年、映画界入りし、同年『或る乞食の話』(サイレント、ハーバート・ブレノン監督)でデビューし、フラッパー女優として頭角をあらわす。
フラッパーとは、1920年代の欧米で流行したファッションとライフスタイルを好んだ、「新しい時代」の自由奔放な若い女性を指すスラングだが、ブルックスのショートヘアのボブカット(おかっぱ)は、膝丈の短いスカート同様、フラッパーのシンボルであり、ブルックスのトレードマークともなった。
だが、彼女の女優生命は、フラッパーの興亡と軌を一(いつ)にするように、長くは続かなかったが、第一次大戦後の混乱期である、いわゆる「狂騒の20年代」に一世を風靡した彼女は、その名を永遠に映画史に刻むことになる。
ただし、1938年の映画界引退後のブルックスの人生は、平坦なものではなかった。故郷でダンス教室を開くが経営に失敗し、職を転々とし、その後は熱心なファンらの援助で生活していたが、1950年代のフランスで再評価が始まる。
ブルックスは晩年、ベストセラーとなる前記『ハリウッドのルル』を上梓したが、彼女は哲学者ショーペンハウエル(独)や小説家プルースト(仏)を耽読する読書家で、『ルル』にも彼女の豊かな読書経験と鋭い人間観察がうかがわれる。けだしブルックスは、<見られ/観察される女=女優>から、後年、<見る/観察する女=作家>へと位置を変えたわけだ。興味深い転身である。
またブルックスは、仕事においても私生活においても束縛を嫌い、気難しく、歯に衣着せぬ物言いで自己主張が強く、2度の結婚生活も失敗し、性的に放縦で、恋人がいても艶聞(えんぶん)が絶えなかった。畢竟(ひっきょう)、実生活においてもブルックスには“宿命の女/ファム・ファタール”の影が付きまとっていたのだが、それもまた、彼女の神話的女優としてのオーラを増幅したにちがいない。
■『百貨店』(1926、フランク・タトル監督、サイレント、米)
百貨店に勤める姉妹のお話。思慮深い姉とは対照的に放埓な妹(ルイズ・ブルックス)は、上司を手玉に取り、姉の婚約者をも籠絡する。もっともブルックス演じる“宿命の女”には、たとえば男を精神的に半殺しにする映画史上“最凶”のファム・ファタールである、ジョセフ・ロージー監督『エヴァの匂い』(1962)のジャンヌ・モロー、あるいはクロード・シャブロル監督『石の微笑』(2004)のローラ・スメットの邪悪さや毒気は希薄で、仮装舞踏会では軽快なチャールストンを披露したりして、運動神経の良さ、朗(ほが)らかな活発さ、無邪気さ、そしてアスリートのような筋肉質の体型を、鮮やかに印象づける(なおブルックスは黒髪)。
■『チョビ髯大将』(1926、エドワード・サザーランド監督、サイレント、米)
描かれるのは、スモールタウンの要ともいうべきドラッグストアをめぐる小波乱。店の看板娘ルイズ・ブルックスがチャーミングだが、サイレント期特有の、人物たちが走り、転倒し、ぶつかり合う……といったアクションも活写される。また、車と列車が並走し、やがて道路と線路が交差する地点であわや……という場面に目を見張る(映画と乗り物との相性の良さにもあらためて感嘆)。さらに、「ひと目ぼれというものは──時間の節約になる」というセリフ(説明字幕)も、ふるっている。
■『港々に女あり』(1928、ハワード・ホークス監督、サイレント、米)
本作で船乗り二人を翻弄する、空中サーカスの飛び込み嬢ルイズ・ブルックスの魅力についての、山田宏一の名言を引こう──「〔……〕ヴァンプ的なイメージからは程遠い明るく奔放な、ほとんど動物的な敏捷さが印象的なルイズ・ブルックス〔……〕」(「ルイズ・ブルックスのような女──『港々に女あり』」<山田宏一『ハワード・ホークス映画読本』、国書刊行会、2016>)。この快作でもブルックスは、無邪気で運動神経抜群の“宿命の女”を軽やかに演じるが、
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