宝塚「エリザベート」娼婦役に不機嫌、父の顔
2023年04月15日
長谷川康夫さんによる連載「つかこうへい話Returns」、本編完結後のカーテンコールとして、つかさんの娘である俳優の愛原実花さんとの対談を3回にわたって掲載します。「娘が語るつかこうへい」――たっぷりお楽しみください。
愛原実花(あいはら・みか) 1985年生まれ。4歳からクラシックバレエを習い、2002年宝塚音楽学校入学。04年初舞台。08年『君を愛してる』新人公演で初ヒロインを演じ、09年雪組トップ娘役に。10年9月『ロジェ/ロック・オン』公演で退団。その後は俳優として『スクルージ~クリスマス・キャロル~』『ラ・カージュ・オ・フォール』など数多くの舞台、テレビ、映画に出演している。2023年6月に大阪松竹座100周年記念公演『夜曲~ノクターン~』に出演する。
長谷川(以下H) ずいぶん会っていなかったよね。何年か前に、みな子(愛原の本名)の芝居を観に行って……あ、つい「みな子」って呼び捨てにしてしまうけど、いいかな。
愛原(以下A) もちろん!
H たしかあのシアタークリエ以来だよね。
A 2016年暮れの『ナイスガイinニューヨーク』ですから、もう6年以上前。今と違って、楽屋面会もできましたし、終演後に食事なんかも。
H そうそう。あなたのお母さんとおばあちゃんに誘われて、一緒に行ったんだ。あの頃はなんやかや、しょっちゅう顔を合わせてたもんね。
A 長谷川さんが父に関する本(新潮社『つかこうへい正伝 1968-1982』、単行本2015年11月刊)を出されてからですね。その出版記念の会に母とお邪魔したのが最初かな。ちょうどすぐあとに、風間杜夫さんや平田満さんと同じ舞台に立たせていただいた、紀伊國屋ホールでの「熱海殺人事件」もありましたし。
ようするにこんな絶好のタイミングはないから、そこに間に合わせて本を出すぞってことなんだけど、それ聞いて出版がどうこうより、こっちも何だか胸が熱くなって、変なスイッチが入っちゃって、550ページ中、残り半分を3か月で書き上げた。
A 私も少しは役に立てたというわけですね(笑)。
H 何より、そんな芝居を企画してくれたホリプロさんかな(笑)。
A それ以来、いくつかの賞の授賞式やそのお祝いの会にも毎回参加させていただいて、あの本に登場する、父のかつてのお仲間たちとご一緒することも増えて……。
H みな子のことを知ってるのは赤ちゃんの頃だけで、それ以来、顔を合わせることなんかなかったものね。大人になってから会ったのは、あなたが宝塚の娘役トップになって、日比谷の宝塚劇場での公演を、お母さんから招待されて観に行き、帰りに食事した。それが二十何年か振り。
A そうでした。あれ、父には内緒だったんですよね。
H うん。つかさんずっと、おまえらなんかに会わせたら、オレの大事な娘が穢れる、という感じだったから。
A まさか(笑)。
H そのくせ、かかってくる電話はたいていみな子のことで、どこの小学校に入ったとか、宝塚音楽学校に行くことになったとか……。
A そうなんですね。
H 本にも書いたけど、つかさんからの最後の電話も、みな子が雪組の娘役トップになったという知らせ。ただしそれは僕が仕事で地方に行った帰りの飛行機の中で、取れなかった。
A 羽田着いたら、携帯の着信履歴に「つかこうへい、つかこうへい……」がズラリ並んでたってやつですね。
H こんな繰り返しかけて来るからには、よほどのことがあったんだろうと思ったけど。こちらからは、直接電話なんかしたことないし……。
A それがよくわからないんです。風間さんと平田さんも同じこと言ってました。どうしてですか?
H うん。僕らもうまく説明できない(笑)。ずっとそういうもんなんだなぁ。だからそのときも他にあちこち電話して、ようやくみな子がトップになった知らせだったというのがわかる。あれだけしつこくかけてきた電話の数を思えば、どれだけ自慢したかったんだ?って(笑)
A 父がそんなふうに思ってたなんて、まったく知りませんでした。
H まぁ、そういったことも含めて、つかさんとのことをみな子からきちんとした形で聞くのは、今回が初めてだよね。
A たしかにそうですね。
【つかこうへい話Returns】 これまでの連載はこちらから。
H この「論座」での連載は、僕らの劇団解散までしか触れなかった『つか正伝』の続きというか、それ以降の数年を少し書き残しておこうか、なんて気持ちで始めたんだけど、そのときから、けじめはみな子との「対談」にしたいと思ってた。『娘の語る父』ってのをぜひ聞いてみたいって。受けてもらえるかどうか心配だったけど、実現してうれしいです。
A こちらこそ。長谷川さんと父のことをマジメに(笑)話せる機会が来るとは思ってもいませんでした。
H ではまず無難なところから……とにかく可愛がられたでしょう?
A はい異常に(笑)……と言うしかないですね。
H つかさんってそうは見えないんだけど、子供が大好きなんだよね。ましてや自分の一人娘だもんな。
A 信じてもらえないかもしれませんが、まだベビーベッドに寝ている赤ん坊の頃から、愛されているっていうのをひしひしと感じてました。その記憶がちゃんと残ってるんです。それからずっと、「ああ、この人は私のこと大好きなんだ」と思いながら大きくなっていったような気がします。具体的に何をしてくれた――ということも、もちろんありますが、何より私を見ている顔が、ただただ幸せそうで、それをいつも感じられることがうれしかった。
H 僕らなんかには一度も見せたことのない顔だな(笑) 叱られたことなんかは?
A ない、ない。何かをこうしなきゃいけないよ、という形で言われたこともないし。
H 人に説教するのが大好きな人なのに。
A だいたい私の前で声を荒らげたことが全くないです。
H ますます、俺たちの知らないつかこうへいだ(笑)。お父さんの仕事がこういうものだと理解したのは、いつ頃?
A 物心ついた時には、なんか特別なことをしている人なんだろうなぁとは思っていました。父の舞台は、すごく小さい頃から母と二人で観ていましたから、これを全部作っているのがパパなんだっていうのは、何となく理解していたんです。でも、俳優さんやお芝居の関係者には絶対に会わせてもらえなかったし、楽屋にも行ったことなく、すぐ帰るだけ。ここから先は私が行ってはいけない世界なんだって、その壁のようなものはすごく感じていました。
H 記憶に残っている舞台ってある?
A 本当に小さい時だったから、演目というよりは、バーンという音響や、花束を打ち付けるような場面が、すっごく怖かったし、うわー、チューしている恥ずかしい、これヤダヤダ、みたいな感情はありました。こんなことやらせているのがパパだと思うと、家にいる父とはあまりに違いすぎて、ちょっとショックだった。
H それが、のちの「宝塚歌劇団」につながったかな。
A まぁ反面教師になったかも。でも「宝塚」は自分で本当に好きになって入った世界だから……。
H 「宝塚」に行きたいと思ったきっかけは何なの?
A 私が通ったポンジョって女子高(日本女子大付属高校)で、「宝塚」のクラブがあったんですよ。中学の時、受験しなくても上がれるので、自分が進学する高校の文化祭を見学に行ったんです。で、そのクラブの出しものを観て、女子のカッコいい先輩にみんなで「キャー」ってなって、ここ入ろうと思ったのがきっかけ。
H それまで「宝塚」の舞台は?
A ほぼ観たことはなかったです。あ、父が原作の『銀ちゃんの恋』を観に行ったかな。天海祐希さんの『風と共に去りぬ』も、たぶん同時期で、ご招待いただいて。
A ええ、バレエは小さい頃からずっとやってて、バレリーナになりたいなんてあこがれはありましたね。普通に習い事で、ピアノとかお習字とかやって、最後に残ったのがバレエ。
H 「宝塚」を目指すにあたって、それはやっぱり大きかった? 。
A すごく役に立ったとは思います。踊ることが大好きだったし、『娘に語る祖国』に「嫌なことがあっても次の日には踊ってた」と書いてあるけど、あれは本当で、踊るとケロッと忘れてた。
H 「宝塚」に行きたいって切り出した時の、つかさんの反応はどうだったの?
A 絶句してました。まだ高校一年生の一人娘が、単純に家から離れて兵庫県にある寮に行っちゃうのが、父親として心配だったろうし、女優さんがどれだけ大変な仕事かなんて、誰よりもわかってるはずだし……
H だけど今まで「ダメ」と言ったことは一度もないし(笑)。だいたいつかさんが「宝塚」に対して特別な思いがあるなんて、その頃、みな子は知らなかったわけでしょう?
A それは長谷川さんの本を読んで初めて知りました。
H 他人の芝居はどんな種類のものを観ても、決していい評価などしたことのない人が、「宝塚」だけは無条件に認めてたものね。まぁそれを自分から言うわけじゃないけど……忘れられないなぁ、1979年の『いつも心に太陽を』という芝居の初めての大阪公演で、つかさんが「宝塚」の若い女優さんたちを大勢招待した。彼女たちが皆、打ち上げにも参加して仲良くなってね、僕と平田と石丸(謙二郎)の三人で、翌日、バウホールでの新人公演を観に行き、楽屋にまで案内された。僕らの劇団解散間際には、つかさんに「宝塚」での演出の依頼が来て、本人は「長谷川、一緒に行くぞ!」なんて大盛り上がりで。絶対にやらないのはわかってたけど。
A だから娘がそこに入りたいと言い出したときは、複雑だったんでしょうね。反対はされなかったけど、「ううーん」みたいな……完全に固まってましたから。音楽学校に合格が決まったときも、どうだったんだろ。
H そりゃあんなうれしそうに、僕に電話してきたわけだし。
A それを聞いてホッとするんですけど……今思い出すと、喜んでくれたような、でもすごく寂しそうだったような……
H つかさん自身も、ひと言では表現できない気持ちだったんだろうな。
A ほんと言うと、私もそうでした。父のことはもう好きすぎて、「パパとはずっとラブラブだ」なんて信じてるような子でしたから。それが結局16年しか一緒に暮らせなくて……。
H いざ16歳で「宝塚」に向かう時には、何か言葉をかけられたりした?
A ひとつだけ言われたのは、「パパのやってる仕事は、ひとの傷口に塩を塗り込むようなもので、宝塚とはまるで違うから」って。だからこれからのおまえには、何も言ってあげられることはない、そんな意味だってことがすぐわかった。だから私が舞台に立つようになっても、それに対して何か意見をくれるようなことは、一切ありませんでした。「宝塚」の音楽学校で「演技」の成績があまりよくなくて、どうしたらいいの、みたいなことをぶつけたときも、「それはパパに言うようなことじゃない、そちらの劇団の演出家の方にちゃんと訊きなさい」って、それだけ。絶対に口出ししようとはしなかった。
H 「宝塚」に入ってから、お父さんと会ったり、電話で話したりは?
A それはよく。音楽学校2年と研究科3年は寮生活だったんですけど、残りの5年はマンションで一人暮らしだったから、そこに来てくれたり、向こうでの舞台を観てくれたり。
H そのときも感想なんかは?
A ええ、ひとことも言わない。ただ覚えてるのは、『エリザベート』という舞台で娼婦の役やったとき、ちょっと男の人を誘惑するみたいな場面があって、観てくれたあとで、「あれ、どうだった? すごく良い役だったでしょう」と聞いたら、「うーん」みたいな……ちょっと不機嫌そうな、いつもと全然違う表情で。
H それはつかこうへいじゃなくても、父親なら。
A だって「宝塚」だからまったく露骨な表現じゃないんですよ。正統的なミュージカルだし、なんのハラハラもない、ごく普通の場面。なのにそれ以上、その舞台については、絶対に触れようとしなくなって。
H (笑)そんなつかさん、見たかったなぁ。
A 今になって思うのは、あの日、私が行きたいというのを黙って聞いてくれて、合格したときにも内心喜んでくれていたのは、やっぱりそれが「宝塚」だったからかもしれない。
H 40になっても50になっても宝塚の団員でいる限りは、ずっと「生徒」だものね。
A そうそう。それも未婚の女性だけ。だから、なんか許されるみたいな……もし私がただ女優になりたいなんていうことだったら、さすがにダメだったような気がする。
H 最愛の娘にギリギリ許せるところだったかもね。文学座行きたいとか、劇団四季に入りたいとかだったら、絶対反対だったろうな。ましてやどっかの小劇場? ふざけんなって、もう座敷牢にでも閉じ込めるぐらいのことはしたかもしれない(笑)。
A 行きたいところが「宝塚」でよかった(笑)……父が「宝塚」を認めてたって意味で言うと、「宝塚」って、必ずハッピーエンドっていうか、観終わって本当に幸せな気持ちになれて、また明日から頑張って生きて行こうと思わせてくれる舞台なんです。演じている方もそれを目指してる。結局父の舞台も同じなんだって
H うん、確かにどれもがハッピーエンド。
A 以前の取材では、「小さい頃から観ていた父の舞台が怖かったから、そのアンチテーゼで宝塚が好きになったんです」って、わざとちょっと自虐的に話していたんですけど、最近は、そうじゃなくてやっぱり父の舞台も、ちゃんとハッピーエンドに導かれていくんだっていうことをすごく感じています。
H 観客が何だか幸せな気持ちになって劇場をあとにするってのが、つかこうへいの目指した芝居だからね。そこは共通してるな。
A 例えば「宝塚」だと、劇場を出ると主題歌を口ずさんで街を歩いてしまうみたいなことがあるように、父の芝居の場合は、耳に残ったかっこいい台詞とか、思わず吹き出したひと言とか、それをちょっとつぶやいてみて、紀伊國屋ホールから新宿駅に向かう……あとは、「あのアイ子って私かも……」なんて考えながら、やりとりされた台詞の中の印象的なフレーズに自分の人生が映し出される感覚になって、自分の話じゃんこれ、とか、見終わっても余韻がしばらく残るっていうか……。
H そうだね。僕らの劇団時代も、「何日もあの台詞が頭の中で響いていて……」なんてアンケートが、たくさんあった。
A 紀伊國屋ホールのあの雰囲気もなんか独特で、父はここからいろんな言葉や物語を生み出して、人と人を繋いで、その人生まで救ったりしていたのかもなあって……。
H それはそこで、お父さんの芝居を自分が演じて、感じたということ?
A ダメ押しになったとでもいうのかな。父が亡くなってから、そんなようなことはずっと思ってましたから。
4月16日10時公開の〈中〉に続きます。
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