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ミュージカル『マチルダ』は大人にもグサリとくる

知性で未来を切り開く女の子、英国の大ヒット作、日本初上演

山口宏子 朝日新聞記者

現代社会を映す、子どもたちの舞台

 ロンドンで4000回以上のロングランを続けている人気ミュージカル『マチルダ』が、日本の劇場に初登場した。

 とびきり高い知性を持つ5歳の女の子マチルダが、家庭で、学校で、無理解な大人たちと闘い、自分にふさわしい生き方を獲得してゆく痛快な物語。原作はロアルド・ダールの児童文学で、舞台ではオーディションで選ばれた4人が交代でマチルダ役を演じ、共演の子どもたちも大活躍している。子どもも楽しく見ることができる舞台だ。

 一方で、驚くほどたくさん、「いまの社会」を映した要素が盛り込まれた作品でもある。

 性別で「らしさ」を押しつけられる不条理、子どもの尊厳を大切にしない大人の横暴、他人を「力」で支配する罪、特別な才能のある子(ギフテッド)との向き合い方、家庭とも学校とも違う第三の居場所(サードプレイス)の意義、女性同士の連帯(シスターフッド)……。

 それらが、軽快な歌とダンスを盛り込んだ、愉快な物語の中で、やわらかく、でも、鋭く語られてゆく。

 相手が誰であっても、間違った行為や不正に対して、マチルダはいつも、まっすぐに言う。

 「それって正しくない」

 この言葉をためらわずに口にする率直さと勇気を、いまの自分は持っているだろうか--。大人にこそ、グサリとくる。そんな舞台なのだ。

製作発表でポーズをとるマチルダ役の4人

『マチルダ』の舞台=田中亜紀撮影
Daiwa House presents
ミュージカル『マチルダ』

デニス・ケリー脚本
ティム・ミンチン音楽・歌詞
マシュー・ウォーチャス演出
常田景子翻訳、高橋亜子訳詞

各役複数の俳優が交代で出演
マチルダ:嘉村咲良、熊野みのり、寺田美蘭、三上野乃花
アガサ・トランチブル校長:大貫勇輔、小野田龍之介、木村達成
ミス・ハニー(担任教師):咲妃みゆ、昆夏美
マチルダの母:霧矢大夢、大塚千弘
マチルダの父:田代万里生、斎藤司
ミセス・フェルプス(図書館員):岡まゆみ、池田有希子

東京・渋谷の東急シアターオーブ
 3月22~24日プレビュー
 3月25日開幕、5月6日まで上演中

大阪・梅田芸術劇場メインホール
 5月28日~6月4日

ホリプロ企画制作 公式サイトはこちら

作ったのはシェイクスピアの〝総本山〟

マチルダを演じる嘉村咲良(2013年生まれ)=田中亜紀撮影
マチルダを演じる熊野みのり(2011年生まれ)=田中亜紀撮影

マチルダを演じる寺田美蘭(2013年生まれ)=田中亜紀撮影
 原作者ロアルド・ダール(1916~90)は、「奇妙な味」といわれる短編小説や、『チョコレート工場の秘密』などの児童文学で知られる英国の作家。日本が舞台になった映画『007は二度死ぬ』の脚本も手掛けている。

 『マチルダ』は1988年に発表された。日本では『マチルダは小さな大天才』(宮下嶺夫訳、評論社)のタイトルで出版され、多くの読者を獲得している。

 この作品を英国の名門劇団ロイヤル・シェイクスピア・カンパニー(RSC)がミュージカルにした。2003年に舞台化の検討が始まり、デニス・ケリーが脚本、ティム・ミンチンが音楽・歌詞、マシュー・ウォーカスが演出を手掛け、長期間かけて作品を練り上げたという。

マチルダを演じる三上野乃花(2013年生まれ)=田中亜紀撮影
 2010年11月、RSCの本拠地であるシェイクスピアの生地ストラトフォード・アポン・エイボンのコートヤード劇場で開幕。翌年10月にロンドンの商業劇場に移り、現在に至るまでロングランを続けている(コロナ禍による劇場の閉鎖で20年3月~21年9月は休演)。2013年にはニューヨーク・ブロードウェイでも上演され、4年のロングランを記録した。

 英国ローレンス・オリビエ賞では、作品賞を含む7部門を獲得し、最多受賞の記録を作った。米国トニー賞でも、脚本賞など5部門(そのうちマチルダを演じた4人に栄誉賞が贈られた)を受賞している。

 主人公のマチルダは、5歳にしてディケンズの歴史小説を読みこなす、並外れた頭脳を持っている。だが、両親とも彼女にはまるで無関心。インチキな中古車販売業を営む父親は、兄マイケルに続いて生まれた二人目の子が「息子でない」ことが気に入らず、マチルダを「坊主」と呼び、暴言を浴びせる。母親も自分の楽しみに夢中で、娘を相手にしない。

マチルダの両親を演じる霧矢大夢(左)と斎藤司=田中亜紀撮影
マチルダの両親を演じる田代万里生(左)と大塚千弘=田中亜紀撮影マチルダの両親を演じる田代万里生(左)と大塚千弘=田中亜紀撮影

学校の独裁者トランチブル、子どもたちの抵抗

 マチルダが心地よく過ごせる場所は図書館だった。だが、両親はそろって、「女の子が本を読むなんて」と読書を毛嫌いし、図書館で借りた本をビリビリに引き裂いてしまう。

 入学した小学校では、巨大な体格の女性校長トランチブル(男性の俳優が演じる)が暴力と恐怖で子どもたちを支配している。若い担任教師ミス・ハニーはすぐにマチルダの才能を見抜き、彼女にふさわしい教育環境を整えようとするが、無理解な両親と校長にとりあってもらえない。

トランチブル校長を演じる大貫勇輔=田中亜紀撮影
トランチブル校長を演じ小野田龍之介=田中亜紀撮影

トランチブル校長を演じる木村達成=田中亜紀撮影
 だが、マチルダは、過酷な状況に負けない。自分を押しつぶそうとする親と校長に対し、持ち前の優れた頭脳(それも、なかなかの悪知恵だ)と、なぜか身についている不思議な能力を使って立ち向かってゆく。

 学校の同級生たちも、理不尽な校長への反抗を態度で示す。ミス・ハニーはあきらめずにマチルダに寄り添い、彼女もまた、マチルダの力を借りて、トランチブル校長の抑圧から解放される。そして、二人は自分たちにふさわしい居場所を獲得してゆく。

ミス・ハニーを演じる咲妃みゆ=田中亜紀撮影
ミス・ハニーを演じる昆夏美=田中亜紀撮影

「知」の力、図書館の存在大きく

 ミュージカル『マチルダ』の物語は原作にほぼ沿っているが、もちろん舞台ならではの工夫も随所にある。

 例えば、マチルダの母の楽しみは、原作では「ビンゴ」ゲームだが、舞台では「社交ダンス」になっている。過剰に情熱的でコミカルなダンスシーンが盛り込まれることで、舞台が弾み、彼女の派手好きで軽薄なキャラクターが強調される。

 特に大きく膨らんでいるのが「図書館」の存在だ。舞台では、マチルダとミス・ハニーが初めて顔を合わせる場所も図書館に設定されている。

 〈文字〉〈本〉〈本棚〉をモチーフにしたロブ・ハウエルによる舞台美術も、「知」のイメージを印象づけている。

RSC『マチルダ』の舞台装置=Photo:Manuel Harlan

 図書館職員ミセス・フェルプスは、原作では、序盤でマチルダを文学の世界へ導く、物静かな理解者として描かれる。一方、舞台では、マチルダが語る「お話」を聞くのを楽しみにしている友人のような存在として度々登場し、マチルダがミセス・フェルプスに語る、どこか不穏なこの「お話」は、しだいに現実と重なり、劇的な効果をあげてゆく。

マチルダ(嘉村咲良)とミセス・フェルプス(岡まゆみ)=田中亜紀撮影
マチルダ(三上野乃花)とミセス・フェルプス(池田有希子)=田中亜紀撮影

 ミセス・フェルプスに問われて、母親のことを原作のマチルダはこう答える。

 〈「ママは、わたしがなにをするか、じっさいには気にしていません」マチルダはちょっと悲しそうに言った。〉

 一方、舞台のマチルダは、両親は自分を愛し、誇りに思っていると「うそ」をつく。幼い心の中にある、寂しさがあらわれた切ない「うそ」と受け止められる。でも、こんな見方もできる。図書館という「知」の場所では、目の前にあるただの現実ではなく、「こうあってほしい」「こうあらねばならない」という理想を語ることが許される、いや、それこそが語るべきことなのではないか――。

 「暴力」や「恐怖」に対して、「言葉」や「知」は無力……。この世界を、そして私たちの日常を覆う、諦めや冷笑に、マチルダならこういう言うはずだ。

 「それって正しくない」

 小さな女の子のまっすぐな一言に、背筋が伸びる。