「言語の壁」を低くするために音声・文字情報のあり方が問われる
2023年04月21日
日本でも移民が増えている。日本はすでに「移民社会」になったと言ってもよい。彼らが、この国で不自由なく安寧に暮らすことができるようにするために、彼らの前に立ちはだかる壁のうち、「言語の壁」を低くする努力が不可欠である、と私は考える。
ここでとり上げる問題は、必要な情報を移民にどう届けるかに関わる。情報には音声および文字情報があるが、音声情報として交通機関内での案内を、文字情報として街中で見られる道路標識・施設の案内板等をとり上げたい。そして両者に関連して、前稿の主題とした各種用語の「略語」の問題を、移民の場合に即して論じたい。
略語は英語の頭文字語よりローマ字書き日本語で──JPCZはNKKSに
どの問題を考える場合でも、基本に置くべきは、移民は日本社会で一般に日本語を用いて生きている、という事実である。大ざっぱに言って短期滞在者ならば、あまり日本語を学ばずとも、主に英語で最低限のことはやっていけるだろう。彼らに必要な場所では、日本でも多かれ少なかれ英語が通ずるであろうから。
だが移民、すなわち長期あるいは半永久的な滞在者には、日本語の習得は必須である。日本社会では英語だけで生活できる可能性は低い。しかも英語情報がある程度えられる環境があったとしても、当の移民が英語を理解できるかどうかは別問題である。
要するに移民の場合、情報提供は英語によってではなく日本語によってなされなければならない。
移民が情報不足で難儀する場面の一つは、公共交通での移動時であろうか。鉄道の場合は、駅・路線が確固としているためまだしも分かりやすいが、バスでは路線・停留所が分かりにくいことが多い。最近は「外国人」向けに英語の車内放送も聞かれるが、当然ながら重要な施設等の名称を英語に変えてしまうことが多い。
ある路線バスは「……動物園」わきに停まるが、このバス停のそばには大きな公園や各種施設がある。そこに行く人は、「……どうぶつえん」入口で降りると理解しているに違いないのに、放送で ‘…… Zoo'と言われても、それが「どうぶつえん」のことだとは理解できないだろう。
英語放送だと他にもその種の言いかえが多い。「……庭園」は‘……Garden’、「……駅西口」は‘…… Station West Gate’、「……福祉センター」は ‘…Welfare center’と放送されていたが、これらも同じ理由で移民には役立つまい。「センター」と‘center’なら問題はないと思うかもしれないが、発音が違う。centerの米語発音は[séntɚ]([ɚ]では米語特有のr音が若干響く)だが、日本語のでは[sentaː]であり([e]は英語のそれより広い)、ズレは小さくない。つまり[sentaː]をふだん耳にしている移民が[séntɚ] という発音を聞いて両者が同じだと理解するためには、日本語ばかりか、日本式英語についての学習が必要になる。
要するに移民にとって重要なのは英語放送ではなく、また普通の日本語放送でもなく、外国人の発音特性を意識した、ゆっくりした速度の日本語放送である。
音声情報よりはるかに重要なのは文字情報だろう。音声情報が流されるのは限られた空間だが、道路標識・施設名の案内を含めた文字情報は随所で目にする。だがここで日本語の難しさがあらわになる。
日本語自体は特に難しいとは思われない。それどころか言語学者グスタフ・ラムステッドは、「日本語は世界でもやさしい部類に入る」とさえ述べた。それは文字を無視するからであって、文字とくに漢字は外国人には相当に難しい。
ただしローマ字で的確に表記されれば、日本語の「難しさ」もかなり軽減する。だが日本では一般に、ローマ字表記の際、やはり施設名等を英訳してしまうために、多くの移民にとって意味のない情報になる。
例えば北海道に多い「……条……丁目」という地名。拙宅前の通りには、信号横に「西……南……/ West……South……」という表示が見られる。日本語で生活する移民は、この地名を「にし……みなみ……」と聞いているはずだが、それを「West……South……」と表記したら、両者は完全に別物になる。
それでもwest、southは分かりやすい単語に属すと思うが、例えば保育園を示すのに‘…… Child-care Center’、市役所を示すのに ‘……City Hall’と書かれたのでは、英語に不案内の移民には理解できないだろう。道路標識・施設名等の案内では、バス放送と違って‘Next bas stop is……’などという導入は不要なのだから、英語名への書きかえも不要ではないか。これらの施設を「……ほいくえん」「……しやくしょ」という名で理解している移民のためには、そのまま‘……Hoikuen’‘……Siyakusyo’と記す方がよい。
この点では中国には見習うべきものがある。
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