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パンデミックの記憶刻む、堂本光一と『Endless SHOCK』の軌跡

2020年以降の舞台芸術を「定点観測」する〈上〉

後藤隆基 立教大学江戸川乱歩記念大衆文化研究センター助教

パンデミック下の問題が凝縮された舞台

 堂本光一主演の舞台『Endless SHOCK』が、3年ぶりに帝国劇場の幕を開けた(2023年4月9日~5月31日)。というのも、世界中を襲った新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響で、『Endless SHOCK』の「本編」は、2020年2月以来、帝国劇場で上演されることがなかったのだ。

3年ぶりに上演されている堂本光一主演『Endless SHOCK』=2023年4月、東京・帝国劇場、東宝提供

 2020年の『Endless SHOCK』(帝国劇場、当初予定の日程は2月4日~3月31日)は、初演から20年の節目として「20th Anniversary」と副題を添えられた記念公演であった。しかし、2月26日、新型コロナウイルス感染症の感染拡大にともない、当時の安倍晋三首相が全国的な大規模イベントの自粛要請の方針を発表。それを受けて、数多の公演が動きを止めたが、同様に『Endless SHOCK』も2月28日から千穐楽まで中止を余儀なくされた。

 その後、4月7日に最初の緊急事態宣言が発出され(5月25日解除)、劇場の扉が一斉に閉ざされた日々を、いまだに忘れることができない。

 未曾有のパンデミックの渦中で、堂本光一はその時々で最善と考えうる方策を講じてきた。公演中止やその対応をめぐる判断に深く関わり、早い段階でInstagramによる無観客ライブ配信を実現、2020年秋には舞台上の感染対策を考慮したスピンオフ版『Endless SHOCK -Eternal-』もつくりあげた。無観客収録による本編映像の映画化もおこなった。

 そうした動向を顧みると、コロナ禍が舞台芸術にもたらした問題が『Endless SHOCK』に凝縮されているといってよい。

 むろん、あらゆる舞台芸術が、それぞれの場所で苦難に立ち向かっていたわけだが、『Endless SHOCK』は毎年100回近くの公演をレパートリーとして続けてきたことで、事態の定点観測を可能にしているのである。

 コロナ禍がはじまって3年。堂本はつねに、最大限の配慮のもとで『Endless SHOCK』を更新してきたが、今回の帝国劇場公演は、本編と『Endless SHOCK -Eternal-』を2作同時に、ダブルキャストで、4通りのバージョンを上演するという、かつてない試みとなった。

 ここでは、2020年から今日までの3年間をふり返りながら、コロナ禍の影響下で堂本光一と『Endless SHOCK』がたどってきた軌跡とその意味を考えてみたい。

『Endless SHOCK』の20年

 堂本光一主演の「SHOCK」シリーズは、2000年11月に『MILLENIUM SHOCK』(ジャニー喜多川作・構成・演出、帝国劇場)のタイトルでスタートした。当時21歳だった堂本は帝国劇場史上最年少の座長として話題を呼んだ。

 それからタイトルを変えながら上演を重ね、2005年に現行の『Endless SHOCK』と改題、堂本光一が脚本・音楽・演出など制作面に携わるようになる。

 多彩なミュージカルナンバーをはじめ、スタントやフライング、和太鼓、殺陣、ダンス、22段の階段落ちなど、堂本の身体性が発揮されるシーンをいかしながら、主人公であるコウイチ(=堂本)と彼をめぐる人びとのドラマが描かれていく。

 ニューヨークのブロードウェイを舞台に、コウイチとそのカンパニーがエンターテインメントの世界で頂点をめざしている。オフ・ブロードウェイの劇場で着実に歩みを進めていたある日、オン・ブロードウェイの大劇場からオファーが来る。喜びに沸くメンバーと、冷静に自分たちの力量を見定めるコウイチ。両者のあいだに少しずつ軋轢が生じ、あるときショウの中で事故が発生。コウイチは死線をさまよい、命を落とす。

 ショウビジネスの世界を生きる若者たちの葛藤と舞台に懸ける思いを表現した物語である。

 『Endless SHOCK』は、堂本光一のライフワークとして定着。年ごとに代わるライバル役の配役や演出・楽曲等の変化とともに、作品は歴史を刻んできた。

 2009年には森繁久彌(『屋根の上のヴァイオリン弾き』)の帝国劇場単独主演記録625回を更新。2011年の帝国劇場100周年記念公演(2~3月)では3月11日昼の部の幕間に東日本大震災が発生し、以降年内の公演を中止するという出来事もあった。

 2014年には1208回を達成し、九代目松本幸四郎(現・二代目白鸚)の『ラ・マンチャの男』がもっていた国内ミュージカルの同一作品での単独主演記録を塗り替え、今日にいたるまで首位を更新し続けている。20年余にわたる全チケット即日完売という興行的成功も特筆に値する。

 『Endless SHOCK』の生みの親であったジャニー喜多川が2019年7月9日に鬼籍に入ると、2020年からは堂本光一が「作・構成・演出・主演」にクレジットされ、ジャニー喜多川は「エターナルプロデューサー」となる。しかし、ジャニー喜多川不在で初めて迎えた『Endless SHOCK』は、コロナ禍という未曾有の災厄に直面することとなった。

2020年、公演中止をめぐる堂本の意思表明

 先に述べたように、2020年の『Endless SHOCK』は初演から20年の記念公演だった。ライバル役はKAT-TUNの上田竜也。この公演の3月30日夜の部が通算1800回となるはずであり、誰もが来るべき節目に備えていた。

 ところが、2月26日以降、コロナ禍による中止の判断が断続的に下される。東宝のオフィシャルサイトとともに、前年に堂本光一の発案で開設されたInstagramの公式アカウント(@endlessshock_official)でも、公演中止と払い戻し対応にかんする案内が次々に投稿されていく。

 そんな中で、堂本はInstagramを積極的に活用し、演者やスタッフのパフォーマンスやメッセージなどを発信。劇場に足を運ぶことが叶わなかった観客と創作現場とのコミュニケーションの場として有効に機能していた。

 上演可否の判断基準が政府から明確にしめされず、各主体に委ねられていた時期。現場は中長期的な計画を立てられず、一日一日、小刻みに中止や延期の判断を迫られる。東宝が主催公演の再開を正式に発表し、『Endless SHOCK』も通し稽古をおこなった様子が伝えられた矢先、専門家会議が示唆した感染拡大の可能性の発表を受けて、急遽中止の決断を下すこともあった。

 3月20日。この日のInstagramの投稿には、堂本光一自身の署名でコメントが寄せられた。

 急遽本日の公演中止が発表されました
 正直に話しますね
 今回の中止は自分の意向が強いです

 東宝は、シアタークリエと日生劇場出の公演を予定どおり20日に再開していたから、帝国劇場の中止は『Endless SHOCK』独自の判断であった。堂本はそこに自らの意思が強く働いていたことを明言する。再開に向けた協議を重ねるなかで、観客はもちろん、演者やスタッフの感染リスクを回避し、当時の状況では作品のクオリティを保てない点も含めて、主催者側も堂本の意見に賛同した結果であったことがうかがえる。

 そして、同日のうちに、3月31日までの全公演中止が発表された。舞台に立つこと、公演をおこなうこと、それじたいの意味が問われていた。

2020年春、劇場は扉を閉めることを余儀なくされた。歌舞伎座の前も閑散としていた=2020年3 月、東京・銀座
東京芸術劇場のポスター。いくつもの演奏会に「公演中止」の赤いシールが張られていた=2020年3月、東京・池袋

コロナ禍初期を色濃く映したライブ配信

 『Endless SHOCK』の全公演中止が決まったあと、堂本はすでに次を見据えていた。3月22日というきわめて早い段階で『Endless SHOCK』のInstagramによるライブ配信を自ら発案し、各所に働きかけて実現にこぎつけたのである。

 無観客の帝国劇場から、スマートフォン1台を使ってライブ中継し、劇世界を可能なかぎり再現する。時に堂本が自らスマートフォンを手に撮影した映像(フライングもスマートフォンを片手に披露)は、一種の緊急避難的な試みではあった。しかし、画質の粗さがむしろライブ感覚と事態の切迫感を強調する。稽古風景や演者同士のやりとりも挿入し、通常の観劇体験と異なるかたちでパフォーマンスを提供した。何より、堂本光一のほかは見ることのできない世界――堂本の視界を観客(視聴者)が共有する体験だった。

堂本光一が宙を舞う演技も『Endless SHOCK』の見どころだ=2023年公演から、東京・帝国劇場、東宝提供
 舞台を開けること、劇場に観客を集めることが封じられた舞台芸術界では、オンライン上での動画配信が一気に加速し、常態化するが、6万人以上が視聴した『Endless SHOCK』のInstagramでのライブ配信は、ジャニーズ事務所や帝国劇場としても前代未聞であり、コロナ禍の初期段階の同時代性を色濃く反映するものだった。

 配信中、堂本は画面越しの観客(視聴者)に語りかける。客席に誰もいないことの寂しさを。観客がいないことが自身のパフォーマンスにもたらす影響を。舞台と客席が一体化して初めて公演が完成するという気づきを。

 積極的に無観客上演や収容人数制限が強いられていく少し前の時期に、堂本光一がみた光景。画期的なInstagramのライブ配信を試みながら、演劇の本質が対面によるライブにあると身をもって実感した堂本は、対面での公演をいかに実現できるかの方途を模索しつづけていったように思う。

 なお、2020年7月には、20年間にわたって『Endless SHOCK』を牽引してきた功績により、堂本光一が第45回菊田一夫演劇大賞を受けたことも言い添えておこう。

『Endless SHOCK-Eternal-』というニューノーマル

 2020年秋の大阪公演(梅田芸術劇場メインホール、9月15日~10月12日)に際し、堂本光一は、感染症対策のガイドラインを厳守したニューノーマルな構成・演出による『Endless SHOCK -Eternal-』を新たにうみだした。

 これは、本編から3年後を描いたスピンオフ版。コウイチが死んだあとの世界で、のこされた人びとがコウイチとの思い出を回想するという枠組みだ。3年前と現在が交錯するなかで、コウイチの不在という現実が、他の登場人物の心情を本編以上に掘り下げる。いまここに存在しないコウイチの記憶が幻出され、観客の眼前にも実体化する。コウイチの不在がむしろその存在を強調するような演出だった。

『Endless SHOCK-Eternal-』の一場面=2023年公演から、東京・帝国劇場、東宝提供

 演出面では、感染リスク低減のため、客席上でのフライングを、無人の舞台上に空間を制限して多様な見せ方を考案した。俳優の飛沫を考慮して映像を多用し、モノローグの場面を増やした。至近距離での殺陣はストップモーションや映像で対応。オーケストラを舞台奥の段上へ移し、舞台装置も簡略化した。劇場ロビーの混雑緩和のために上演時間は休憩なしの2時間とするなど、きめ細かな工夫が凝らされていた。

 大阪公演は大過なく終えたものの、新規感染者数は増加し、2020年の大晦日には東京都の1日あたりの新規感染者数が過去最多の1337人を数え、2021年1月7日に2度目の緊急事態宣言が発出される(8日~2月7日)。2月4日に初日を予定していた帝国劇場の『Endless SHOCK -Eternal-』(3月31日まで)は、この時点で3月公演の詳細が決まっておらず、2月公演の一般前売を中止。最前列と2列目をあける客席の調整や夜公演の開演時間を18時から17時半に30分繰り上げるなど、東京都が定めた感染対策を徹底し、準備を進めている。

 こうした事態の渦中に、堂本光一は自ら監督を務める映画版『Endless SHOCK』の編集作業をおこなっている。

 2020年の帝国劇場公演中止後に『Endless SHOCK』を無観客で撮影したもので、2月1日から2週間限定で全国ロードショーが決まっていた。映画と同じ時期に『Endless SHOCK -Eternal-』が上演され、ふたつの『Endless SHOCK』を観ることができるという趣向だった。

 16台のムービーカメラとドローンを用いて客席や舞台の上空から撮影した映像は、2020年2月26日を境に封じられた本編の精細な記録であり、無観客の客席だからこそ可能なアングルやシーンも盛り込まれる。Instagramでのライブ配信と異なるかたちで、通常は目にすることのできない世界がスクリーンに投影されていた。また、本来の舞台であれば、客席からの拍手などによる応答が間をつないだであろう無音の時間を無音のままのこしており、無観客というコロナ禍下の実態を生々しく伝えていたことも忘れがたい。

 帝国劇場の初日直前、2021年2月2日に発表された緊急事態宣言の期限延長(3月7日まで)を受けて、3月公演も一般前売を中止し、客席の調整と夜公演の開演時間繰り上げといった措置がとられた。状況が日々揺れ動くなか、2月13日の公演で、前年から先延ばしされていた通算1800回を達成している。

 緊急事態宣言の期間が長期化(3月8日、当時の菅義偉首相が首都圏の1都3県で2週間の延長を発表。22日解除)するなかで、『Endless SHOCK -Eternal-』は完走がかなった。しかし、4月25日に3度目(6月21日に沖縄県を除き解除)、7月12日には4度目(沖縄県は期間延長。10月1日に全国で解除)の緊急事態宣言が発出され、期間延長がくり返されるたびに舞台芸術界は翻弄されつづけた。

 〈下〉に続きます。