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辻真先さんが語る 有楽町「梁山泊」で生まれた文化

戦後大衆文化史を体現するレジェンドに聞く〈下〉

後藤隆基 立教大学江戸川乱歩記念大衆文化研究センター助教

有楽町「梁山泊」のひとびと

――どんな人たちが集まっていたんですか

 好きこそものの上手なれで、来る連中は最初からズブの「オタク」ですよ。石森さんだって赤塚不二夫さんだってそう。井上ひさしさんを連れて来たのは赤塚さんでしたね。Twitterを見ていたら「オタク」というのを小説に使ったのは、僕が最初だそうですけれど、あの頃から、どうってことなく普通に「オタク」と言ってましたよ。

 僕が「ウッド」で書いていると、ガラスの向こうをソノラマの編集の人が通りかかる。目が合って挨拶すると、店に入ってきて、「こういう原稿書いてよ」といきなり頼まれる。「書くけど、締め切りいつ?」と訊くと、「いま」なんて言って、そのまま座りこんじゃう(笑)。そんなことがしょっちゅうありました。注文するほうも楽だったし、注文もらうこちらも楽だった。

――そういう自由な空気の中で新しいものがうまれていたんですね。そこから、サンヤングシリーズもつくられていった。

拡大加納一朗(1928~2019)。アニメ『エイトマン』『スーパージェッター』の脚本、SF、ミステリー小説を手掛けた。1984年『ホック氏の異郷の冒険』で日本推理作家協会賞
 あそこはいろんな人がいましたよ。

 中でも「今の出版から見捨てられている年代層の読者がいるんだ」と力説していたのが加納一朗さんですね。あの頃は、児童文学を卒業した10代の子どもたち向けの小説というのがあまりなかったので、そういうものを書かなくてはと強く主張していました。

 実際、加納さんは、サンヤングでいちばん数多くの本数を書いていますよね。

サンヤングシリーズ
 朝日ソノラマから、1969年から72年までに37冊刊行された、ヤングアダルト向け小説シリーズ。加納一朗『透明少年』を皮切りに、SF、ミステリー、ユーモア、アニメのノベライズなど多様な作品がラインアップされ、都築道夫、光瀬龍、山村正夫、平井和正らが執筆している。挿絵を重視しているのも特色の一つだった。

――当時、小学校の高学年から中学生くらいだった人たちの間では大人気だったと聞きます。多くの子どもたちが図書館で読んでいたとか。

 サンヤングは、本屋に並んでるのを見たことがなかったですよ。流通をちゃんとやってたのかしらと思うくらい。僕は旅行が好きなものですから、四国の文房具屋兼用の本屋で自分の本を初めて見ました。「あ、本が出てるんだ」ってね(笑)。

 一生懸命、種を蒔いたんですけどねえ。加納さんも亡くなって、あの時代を語れる人はもういないでしょうね。ああいう方向でやり続けてるような人は……僕くらいかな(笑)。

拡大インタビューにこたえる辻真先さん=2023年4月3日、東京都豊島区、立教大学江戸川乱歩記念大衆文化研究センター提供


筆者

後藤隆基

後藤隆基(ごとう・りゅうき) 立教大学江戸川乱歩記念大衆文化研究センター助教

1981年静岡県生まれ。立教大学大学院文学研究科博士後期課程修了。博士(文学)。専門は近現代日本演劇・文学・文化。著書に『高安月郊研究――明治期京阪演劇の革新者』(晃洋書房、2018)、編著に『ロスト・イン・パンデミック――失われた演劇と新たな表現の地平』(春陽堂書店、2021)、『小劇場演劇とは何か』(ひつじ書房、2022)ほか。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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