山口宏子(やまぐち・ひろこ) 朝日新聞記者
1983年朝日新聞社入社。東京、西部(福岡)、大阪の各本社で、演劇を中心に文化ニュース、批評などを担当。演劇担当の編集委員、文化・メディア担当の論説委員も。武蔵野美術大学・日本大学非常勤講師。共著に『蜷川幸雄の仕事』(新潮社)。
※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです
2023・4・24 ファイナル公演「大千穐楽」を観て
白鸚による『ラ・マンチャの男』ファイナル公演は本来、2022年2月6~28日に東京・日生劇場で行われる予定だった。だが、コロナ感染によって、25回の予定がわずか7回しか上演できず、「千穐楽」を迎えられないまま中止になってしまった。そこで《幻のファイナル公演、奇跡の復活》と銘打ったアンコール上演が企画された。2023年4月14日から24日まで、横須賀芸術劇場での10回公演だった。
日本のミュージカル黎明期に誕生した異色の傑作であり、歌舞伎俳優にしてミュージカルスターというジャンルを超えた活躍をしてきた松本白鸚の代表作が、確かな形でピリオドを打つことができたのは喜ばしい。
『ラ・マンチャの男』がニューヨーク・ブロードウェイで初演されたのが1965年。日本では東宝が69年に、当時市川染五郎を名乗っていた26歳の白鸚の主演で初演した。
劇の舞台は16世紀末のスペインの牢獄。そこに、詩人セルバンテスが連れてこられる。宗教裁判を待つ間、セルバンテスは囚人たちを相手に、自分自身の生き方を投影した即興劇を上演する。それは、本を読み過ぎて自分が「遍歴の騎士ドン・キホーテ」であると思い込んだ老郷士アロンソ・キハーナの物語。ドン・キホーテになりきったキハーナは、従者サンチョを連れて旅に出る。風車と戦い、安宿を「城」と言い、そこで働く粗野な娘アルドンザを「ドルシネア姫」と呼んで崇拝する。だが、この冒険の旅は、それを「狂気」と断ずる姪の婚約者である医学博士カラスコに阻まれ、キハーナは家に連れ戻されてしまう。
〈セルバンテスの現実〉〈劇中劇が描くキハーナの現実〉〈キハーナの内面にあるドン・キホーテが見ている世界〉という三重構造の中で、白鸚は三人の人物を行き来しながら演じてゆく。
この作品の2022年までの歩み
『ラ・マンチャの男』最終章【上】 異色のミュージカル53年の歩み