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プロメテウスの罠とは何か――異端の集団が紡ぐ新聞の実験【『Journalism』4月号より】

WEBRONZA編集部

 朝日新聞が発行するメディア研究誌「Journalism」4月号の特集は「【検証】大震災報道の1年」です。WEBRONZAでは今回、「プロメテウスの罠とは何か 異端の集団が紡ぐ新聞の実験」をお届けします。朝日新聞に連載中から話題を集めた「プロメテウスの罠」の舞台裏を、連載班を束ねた依光隆明氏が明かします。依光氏の言う「脱ポチ宣言」とは――。

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特 集 【検証】大震災報道の1年

依光隆明(よりみつ・たかあき)

朝日新聞前特別報道部長。

1957年高知県生まれ。81年高知新聞入社。

社会部、経済部などを経て社会部長、経済部長。08年12月朝日新聞に入社。

現在、「プロメテウスの罠」の取材班を束ねる。4月1日付で特別報道部長から編集委員。

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プロメテウスの罠とは何か 異端の集団が紡ぐ新聞の実験

 東京・築地の朝日新聞6階に特別報道部はある。編集局は5階なので、新聞づくりの喧噪感は伝わってこない。ちょっとだけ時間の流れが違う。

 昨年の10月末、入り口のドアに3センチ×14センチで「脱ポチ宣言」と貼った。若手記者がワープロ打ちした文字を切り抜き、セロテープでぺたりとくっつけた。無粋というか何というか、文字の中味もセロテープも、スマートな新聞社には全く似合わない。それを承知でなぜ「脱ポチ」か。ふざけているのか、と怒られそうなこの5文字に「プロメテウスの罠」の秘密が隠されている。

読みたいものを書いて 読まない人に読ませる

 東日本大震災後、奔流のように情報があふれていた。しかし半面、もどかしい気持ちにも包まれていた。情報はたくさんあるのに、それでいて必要な情報が届いていない気がする。どうしてだろう。

 原発事故で長い連載をやれ、と注文がきたのはそんなときだった。何をやってもいいと言われると正直戸惑う。が、連載をやらせてもらえるのはありがたい。レンタカーで福島を回りながら、何を書くかと考えた。考え至ったのは「自分が読みたいものを書こう」だった。

 読みたいものとは何か。まず頭に浮かんだのは、3月11日に福島でどういうことが起こっていたか。具体的には政府が繰り返す「ただちに影響はない」という言葉の裏で、住民がどういう状態にあったのか。ひょっとすると、住民は見捨てられていたのではないか。

 SPEEDI(放射能拡散予測システム)についても知りたかった。最も使われるべき時期になぜ使われなかったのか。役に立たなかったというのは嘘ではないか。官邸中枢がSPEEDIの存在を知らなかったというのも嘘で、実際は存在を知った上で国民に隠していたのではないか。国は住民を見捨てたのではないか。

 特別報道部(特報部)のメンバー数人で下調べをし、幾つかのネタを仕込んだ上で「プロメテウスの罠」をスタートしたのは10月3日(紙面1)。最初のシリーズは「防護服の男」だった。

 震災翌日、福島県浪江町の山間部に現れた防護服の男が、避難している人たちに「頼む、逃げてくれ」と切迫した声で呼び掛けた。政府が安全と言っているのに、なぜこの人は逃げろと言うのだろう。一人の女性が疑問を感じるシーンからスタートし、女性の家に避難した25人がどう逃げ惑ったかを描いていった。

拡大紙面1 「プロメテウスの罠」の連載第1回(朝日新聞2011年10月3日付朝刊)

 最初のこのシリーズから実験だった。防護服の男は誰か、どう手を尽くしても分からなかった。常識的には最後に種明かしをするところだが、分からないのだから種の明かしようがない。だが読者に知ってほしいのは防護服の男の正体ではなくて、25人の動きと心だ。ならば結論がなくてもいい。これをやろう。

 結果として、第1シリーズは新聞をあまり読んでいなかった人たちによく読まれたように思う。反応として多かったのは、「住民の目線で描かれているのでよく分かる」「読みやすい」「映画を見ているよう」。知り合いの女性からはこんな電話が入った。「新聞は取っているけど、読んだことはなかった。その私が初めて新聞を切り抜いているんです」

 手応えは狙い通りだった。

熟慮の末に重大決意 ポチにはならないぞ

 狙い通りといっても大それたことを考えていたわけではない。

 まず考えたのは、新聞を購読してくれている人たちに読んでもらいたいということ。特に、ふだん新聞をあまり読まないような人に読んでほしいと考えていた。奥さん方が読み、女性同士の話の種になるようになったら最高だ。そのために、どうしたらいいか。

 連載を展開する足場として特報部は極めて適していた。部とは名付けられているが、普通の部ではない。決まった仕事はないし、なにより全員が記者クラブに属していない。一騎当千の個性派が書きたいことを書く。超特ダネを狙う。組織であって組織でないような「一発狙いの飯場」と形容してもいい。

 日々の新聞づくりを担う編集局からは物理的にも精神的にも離れた位置にある。精神的な距離感を生んでいるのは部員たちの志だと言っていい。分かりやすくいえば、いい仕事をやりたい記者が集まっている。もっと分かりやすく言えば、局内での評価を気にしない記者たちが集まっている。距離感の遠さは常識的な思考からの自由につながった。

 思考をめぐらせるに当たって踏まえたのは、今の新聞は昔ほどは読まれていないという現実。その上で、できる限り前例や常識を取り払って考えようとした。新聞づくりは地道な作業であり、それに携わっている者は懸命な努力をして上質な紙面をつくっている。そのことは承知の上で、期待するほど読まれていないという現実を見ようとした。一つ間違うと、これは今の紙面を否定することにつながりかねない。会社への批判と受け取られる懸念もある。かといって現状肯定から始めてはいいものはできないだろう。そもそも、会社のポチになる気はない。

 一度紙面に出たことを取材し直す作業もしようと考えた。たとえば浪江町の避難物語は何度も新聞に出ている。SPEEDIだってたびたび報じられている。しかしそれが読者に届いているかどうかは別の話。次々と情報を投げておいて、あとは読者の整理に任せるだけでは不親切ではないか。ならば世に出た情報をもう一度取り上げるのも意味がある。

 とはいえ、悪くするとこれも以前の記事を否定することになりかねない。しかも担当記者が書いたことを、担当でも何でもない特報部の記者が取材し直しては微妙なハレーションが起きるだろう。縄張りを侵されたと不快感を持つ記者が出る可能性もある。社内秩序という点ではそんなことをしないのが常識だろうが、まあいい。読者にとって書いたほうがいいなら書くしかない。社内秩序のポチになる気はない。

読者の顔を思い浮かべ 取材相手は忖度しない

 読者に向かって何を書くべきか、何を読者に届けたいのか。思考の中心には常にそのことがあった。

 読者が知りたい情報を、読者のために書く。当たり前のことだが、実際はそれほど単純でもない。たとえば取材相手から話を聞くことができなくなったら仕事にならないと考えるのは普通の感覚であり、そうならないために一刀両断的な書き方はできないと思うのも人情だ。ごく自然な流れとして、取材相手の心情を忖そん度たくし、その顔を思い浮かべながら書いたりする。それを続けるうち、ともすれば読者の顔を忘れるようになってしまう。

 これは新聞にとって本質的な弱点であり、記者クラブ問題の要諦もここだと考えている。多くの記者は情報の出口に張りつき、大事な情報を漏れなくキャッチする役目を負わされている。その役割を会社から任された以上、職務としてそれを果たさなければならない。そこができなければ失格の烙印を押されてしまう、という恐怖感もある。

 必然的に、情報の蛇口が閉じるようなことは書きにくくなる。当局の不祥事を書くよりは当局が喜びそうな記事を書き、やがては当局の思い通りの記事を書き始めてしまう。当局が不利にならない程度の情報は頻繁にもらえるので、デスクに気に入られ、出世の道が開かれる。

 というのは極端すぎるたとえだが、もし仮にそんな雰囲気が広がってしまったら新聞は死んでしまう。プロメテウスはその逆をいってみようとした。

 原発事故を書こうとするとき、重要な取材対象は官僚であり、政治家、東電だった。特報部の記者のほとんどは特報部での仕事にやりがいを見いだしていて、他部に移ったあとのことは考えていない。つまり官僚や政治家、経営者との継続的人間関係を懸念する必要がない。そこを見据えた上で方針を決めた。極力、相手の立場を忖度しないようにしよう。判断の指標は読者にとって必要な情報かどうかであり、読者に必要な情報であれば徹底追及して事実をつかもう、と。

 そのためには「保安院が言った」「東電が明らかにした」ではなく、保安院の○○が○○と言った」「東電の○○が○○と話した」という書き方でいこうと決めた。フルネームで書き、言ったことに責任を持たせよう。取材できるまで追いかけ回そう。おそらく取材相手には蛇だ蝎かつのごとく嫌われるだろう。しかし考えてみると、もともと新聞記者は権力に嫌われて当たり前の存在だった。権力や当局のポチになる気はさらさらない。

 以上のような気負いの結果が「脱ポチ宣言」の貼り紙だった。

 取材相手との人間関係を考える必要はないと言ってもそう単純ではなくて、若い記者は少なからず悩んだに違いない。特報部にいるときはいいとして、他部のクラブ詰めに異動したときにどうなるか。官僚からは木で鼻をくくったようなあしらいを受けるのではないか。記者仲間で厄介者扱いされるのではないか。そうなると記者生活は絶望ではないか。

 悩むたび、「脱ポチ宣言」の貼り紙を見る。で、読者を向いて書くしかないと考える。腹を据え直し、しつこくアポを入れ、夜回りをし、手紙を書き、質問状を送りつけ……。

 その繰り返しの中で「プロメテウスの罠」を紡ぎ続けてきた。

ファクトにこだわろう 分かりやすく、面白く

 なぜ今の新聞は読まれないのか、に話を戻す。

 最も大きな理由は記事が難しいからだろう。そのほかには理屈っぽい、文章が読みにくい、そして朝日の場合は一つの記事の分量が多い。

 プロメテウスはその逆をめざそうとした。考えたのはNHKの連続テレビ小説だった。理屈ではなく物語。1日15分で毎日続く。次の日に期待を抱かせる終わり方をする。

 最近の新聞はファクトより評論を重視する傾向にある。評論は大事だが、新聞にしかできないのはファクトの発掘ではないか、とも思っていた。当局から呈示されたファクトを論評するのではなく、ファクト自体を探り当て、掘り下げる。プロメテウスではそのことにこだわろうと考えた。

 ファクトにこだわり、分かりやすく書く。新聞が出る限り毎日連載を続ける。毎日読んでもらえるように、読みやすく、面白く、興味深く。

 原発事故をめぐって政府の事故調査委員会が発足したとき、多くの新聞は報告書を他社より早く報じることに精力を注いだように見えた。半日早く報じて「特ダネだ」と胸を張ることを目的に。

 だが半日早く報じたところで社会に与える意味は巨大ではない。そもそも事故調の報告書が正しいかどうかも分からない。それならいっそ事故の原因そのものを新聞が探ってはどうか。官僚が事務局を務める事故調より、新聞記者の集団の方がファクトに近づけるのではないか。プロメテウスをやるに当たり、そんなことも考えていた。

 その考えを背景にしたのが第2シリーズと第6シリーズだった。第2シリーズ「研究者の辞表」は、SPEEDIやモニタリングなどの情報が国民に届かない構図に迫ろうとした。

 浮き彫りになったのは官僚組織の機能不全だった。原発が爆発する危険性に恐怖したのだろう。そこに行くべき官僚がたくさん現地本部に行かなかった。官邸と各省庁の連絡体制もお粗末そのものだった。それでいて責任の押し付け合いだけはしっかりとやっていた。

紙面見て驚く前首相 事実が事実を広げる

 政治家に対するサボタージュではないか、と思えるようなこともあった。原発事故直後、災害対策本部の事務局を務める原子力安全・保安院はSPEEDIを使って住民の避難案をつくろうとしていた。放射能は同心円状には拡散しない。どの地域に放射能が飛ぶか、それを予測しながら避難案をつくらなければならないからだ。

 そのさなか、官邸は同心円状の避難指示を出す。本来はここからが事務局の出番だった。同心円状に避難指示が出た後、さらに放射能の被害が及びそうな地域を予測して避難エリアを広げる。住民のためを思うのなら、政治家と協力してそれをしなければならなかった。避難エリアが広がってさえいれば無駄な被曝をする人は少なかったに違いない。電話一本でいい。官邸と意思疎通を図っていたら、それが実現した可能性はあった。

 ところが保安院はその後の作業をやめてしまう。避難案づくりをしていたことさえ官邸に報告しなかった。第2シリーズでその経緯を載せたとき、掲載日の朝に前首相の菅直人氏から電話があった。会いに行くと、興奮気味に「保安院がそんなことをしていたなんて全然知らなかった」と憤った。そして「俺の目の前に保安院のトップがいたんだ。なぜ彼は俺に報告しなかったんだ」。

 そのくだりは翌日のプロメテウスに掲載した(紙面2)。

 ファクトを発掘することで、またファクトが広がる。実は避難案づくりのくだりでも実験を試みていた。保安院を取材し、これがファクトだと判断できるところまで取材ができた。欲をいえばもう少し裏を取りたいが、掲載日は迫っている。仕方ない、載せよう。ただし載せるに当たってはそのことを正直に書こう。で、書いた表現が「今の時点で最も事実に近いと思われることはこうだ」。

拡大紙面2 記事を読んだ前首相からの電話をきっかけに新たな事実が分かり、それをまた載せた(朝日新聞2011年11月1日付朝刊)

 新聞は毎日手元に届く。新しい情報が入ればそれを入れたらいい。本来は完成品を出すべきだろうが、場合によっては未完成でもいい。読んでほしい情報はどんどん出そう。プロメテウスの背景にはそんな考え方もあった。未完成品を出すのか、中途半端じゃないか、という批判は甘んじて受けるしかない。半面、事実を正確につかむ難しさについても思う。事実としか思えないことが覆されるケースは何度かあった。開き直るつもりはないが、結局はその時点で事実と判断したことを書くほかない。

 第2シリーズを踏まえて展開したのが第6シリーズ「官邸の5日間」だった。

基本動作の繰り返しがいい仕事を完成させた

 さまざまな報道はあったが、事故直後の国家中枢に絞ってファクトを掘り下げたものは見あたらなかった。「官邸の5日間」はそこに焦点を当てようとした。

 最初、記者は菅前首相へのアポさえ取れなかった。あきらめずに会う努力を続け、やがて会うことができた。ファクトを書きたい、その思いだけを伝えた。

 何度か話を聞くうち、相手にもこちらの本気度が伝わった。震災直後に取っていた個人的なメモを見せてくれ、記憶を手繰り、関係者のアポ取りに協力してくれるまでになった。

 臨時特報部員としてこのシリーズを担当したのは地域報道部の記者だった。政治部の仕事をなぜ彼が? とさまざまなところで聞かれた。別に理由はない。やりたい者がやっているだけなのだが、外から見ると官邸イコール政治部の印象が強烈なのだと再認識させられた。

 社内には「政治部の記者が書いた方がいいものができるんじゃないの?」と言う声もあった。それはそうかもしれないが、と考えてみた。書きたいのはファクトであって、そのときに政治家がどういう思いだったのかはどうでもいい。政局に影響を与えるかどうかも関係ない。ほしいのはファクトであり、ファクトをつかむためには政治部であろうと誰であろうと取材の所作は同じではないか。

 この記者の動きを見ていると、その考えが正しかったことを見せつけられた。奇抜な作戦はなにもない。基本動作の繰り返しだった。しつこくアポを入れ、会い、録音しながらじっくりと話を聞く。矛盾があればまた聞く。取材に応じない者には夜回り、朝駆けをする。オフレコは認めない。嫌がられようと、しつこいと言われようと、その動作を繰り返す。

拡大紙面3 原発事故発生直後の首相官邸の動きを伝えた第6シリーズ「官邸の5日間」第1回(朝日新聞2012年1月3日付朝刊)

 たった一人の基本動作が生んだ作品が「官邸の5日間」だった。ある政治家は見取り図まで書いて官邸内での人々の動きを説明してくれた。ある官僚は東京電力の嘘を具体的に、厳しく指摘した。それらを淡々と載せ、1月3日から始めたそのシリーズは35回に達した(紙面3)。

 もちろん取材相手に深く食い込むことでファクトをつかむ方法はあるだろう。というより、そちらの方が新聞本来の姿かもしれない。内懐に食い込んでこそ真実に近づける、と考える人も多いと思う。しかしプロメテウスは基本動作の繰り返しで組み立てる方を選んだ。更地の状態で取材相手と向き合い、取材が終わった後は再び更地に戻る。人間関係を築くために取材をしているわけでもないし、そんなやり方があってもいい。

 このシリーズも反響は大きかった。激励の声も日に日に大きくなった。優れた政治記者ならもっと優れた記事を書いたかもしれない。しかし優れた記事とは何だろう。玄人筋に評価される記事か、取材相手に支持される記事か。少なくとも読者に読まれ、支持されたという点ではこのシリーズは優れていた。

 基本動作さえできていれば一人でやっても優れたものが書ける、という新聞の原点も学ばせてもらった気がする。

 ちなみにある大手企業ではいま、理不尽なことがあるたびにこんな言葉が飛び交っているらしい。「そんなことしてたらプロメテウスに言うぞ!」。報道の値打ちがあるファクトならなんの忖度もせず載っけてしまう集団、という意味だろう。そういえば、昔は「新聞に言うぞ!」という表現があった。

自由で強い記者づくりへ 社長自ら「脱記者クラブ」

 「脱ポチ宣言」の貼り紙は1月末に取り外した。特報部内に考え方が伝わった以上、会社の美観を汚すこともないと考えたからだ。部内には残念がる声もあるが、貼り紙があるかないかは大した問題ではない。

 大事なのは、その精神がどう浸透するか。いま朝日新聞は社長や役員が「脱記者クラブ」を呼び掛けている。個人的には、脱記者クラブの要約のひとつが「脱ポチ宣言」だと考えている。取材相手のポチにならないこと、会社のポチにならないこと、つまり記者として自由であること。これが「脱記者クラブ」の一面だと思っている。

 記者クラブから自由になれば、記者は自由に動いてさまざまなことが書ける。半面、何をどう書くかを自分の責任で考えなければならない。これは重荷でもある。何でもやっていい、と言われて心底喜ぶ記者はそう多くはない。

 朝日新聞のトップが呼び掛けているのは、その重荷を記者に与えることにほかならない。自由という重荷を与えることによって強い記者をつくる。それが紙面の向上につながり、新聞の生き残りを図る道だとたぶん考えている。

 特別報道部を評して、菅前首相は「独立愚連隊」と言った。「梁山泊」と形容した人もいる。脱ポチ宣言に象徴される無軌道さ、突破力がそんなふうに見えたのだろう。とはいえ独立愚連隊も梁山泊も長く続く組織ではない。特報部も同様で、機構改革で大幅に形態をグレードアップする。プロメテウスも4月からは今までと少し違った足場で続けることになる。

 プロメテウスの試みが異端による一瞬の動きで終わるのか、大きな流れに育つのか。その鍵を握るのはなんだろう。社長の発想か、編集トップの意思か、現場記者の感覚か、時代の流れか。

 個人的にはこう考えている。その鍵を握るのは読者の声ではないか、と。

連載を支える読者の声 一つ一つの手紙が宝物

 現在、特報部には「お手紙箱」が置かれている。ぎっしりと詰まったお手紙の数々は、部の宝物だと言っていい。

 お手紙を呼び掛けたのは3度。いずれも記事の末尾に「感想をお手紙、おはがきで」と書き込んだ。社外はもとより社内でも「メール時代になんで手紙だ」と言われたが、あえて手紙やはがきがほしかった。手紙を見れば読者の反応が分かるのではないか、と思っていた。

 地方紙で働いていたとき、読者の反応は皮膚感覚で感じ取ることができた。ああ、この連載は反響があるな、この連載は読者が新聞を待ちかねて新聞受けをのぞいているな、と。日常のあいさつ、家庭での会話、井戸端の話題、会社にかかってくる電話、手紙。なにげないものごとから、データではなく体感として反応が伝わってきた。

 朝日新聞くらい大きくなると、読者の反応はなかなか感じ取れない。それはそれでやむを得ないのだが、やはり読者の反応が知りたかった。なにしろこちらは専門家や官僚相手ではなく、一般の読者、特に奥さん方に向かって書いている気になっている。そういう人たちの反応を知りたいのは当然といえば当然であり、その手段が手紙だと思えた。

 1回呼び掛けるごとに100通以上の手紙が届いた。小学生からお年寄りまで、どの手紙も熱かった。

 文面からも、文字からも熱心に連載を読んでくれていることが伝わってきた。連載を切り抜いている人は多いし、切り抜いたあとに仲間で回し読みする人がいた。毎日書き写している、と言う人さえいた。視覚障害者用に朗読、録音してくれている人もいた。

 2月末までに届いたお便りは490通。取材班自身、プロメテウスが完璧な作品だとは思っていない。当然、弱点もある。落ち込んだ時、メンバーはお手紙箱から手紙の幾つかを取り出して読む。手紙に力をもらい、また取材に向かう。朝日新聞の最大の財産は読者の方々であり、少なくともプロメテウスを支えてくれているのが読者であることは間違いない。

 「脱ポチ」の気構えと読者の応援。その2つを両輪として、プロメテウスはまだしばらくは続く。

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