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過熱した米大統領選中継「外部の目」で日本独自の報道を

金平茂紀

大統領選終盤の11月2日、支持を訴えるオバマ氏と、声援を送る支援者ら=オハイオ州ライマ、山川一基撮影

 終わってみると、接戦どころか選挙人の獲得数ではかなりの差がついた。現職のオバマ大統領とミット・ロムニー前マサチューセッツ州知事らの間で争われたアメリカ大統領選挙は、日本時間の11月7日午後1時過ぎに、CNN、NBC、FOX、CBS、ABCなど米主要テレビがオバマ大統領の再選確実の速報を続々と打った。

 日本のテレビ各局もそれに続いて再選確実のニュース速報をスーパーでテレビ画面に入れた。何のことはない。日本のテレビ各局は、提携・協力関係にある全米のキー局の速報に従った形である。

 全米テレビはこの日、開票特番を長時間にわたって生放送していた。日本と米国東部時間では14時間の時差がある。だから日本時間の午後1時過ぎというのは、あちらでは前日の夜の11時過ぎということになる。実は、僕ら日本のテレビ報道に携わっている者にとって、この一報の時刻は予想していたよりかなり早い展開でやってきた。

 日本のNHKのBS放送は、提携関係にある米ABCの開票特番を生中継していた。僕はそれを見ていたのだが、今やリアルタイムでアメリカ国民と同じ開票特番を見られる時代になっているのだ。しかも日本の局が独自に制作している日本のスタジオでの開票特番より情報が早いし分析も深い。CNNも契約していれば日本で見られる。ABCの特番には、メインキャスターがダイアン・ソーヤーとジョージ・ステファノプロス、それに一癖も二癖もあるようなコメンテーター連中が何人も集結していた。

 奇妙なことに、NHKの開票特番(地上波)では、「CNN、NBCが再選確実を速報しました」とスタジオでアナウンサーが口頭で報じてまもなく、ABCが速報を打ったのに合わせてNHKとしてのニュース速報を初めて入れていた。内部事情を知る者としては笑ってしまうような、日米間の「同盟」、いや提携・協力関係の忠実な履行者のようにも見えてしまった。

 まあ、僕の勤めている局も提携先のCBSが速報を打ってから日本で速報したのだから、他人事のようには言えないのだが、総じて日本の各テレビ局とも似たり寄ったりの事情だったのである。

選挙の「主戦場」となるアメリカのテレビ

 アメリカの大統領選挙は4年に1度の国民的なお祭りである。僕も現地で2004年、08年と2度にわたって取材を経験したが、それはそれは馬鹿馬鹿しいほどの膨大なエネルギーの蕩とうじん尽されるセレモニーとなっていて、いわば政治が4年に1度完全にリセットされる仕組みなのだ。

 テレビはそのなかできわめて重要な役割を果たす。というより、テレビはその巨大なショーのメインステージとなる。そして速さと派手さ、画面の斬新さ、吸引力、それに出演者の分析の鋭さなどすべての要素が競われることになる。最終的には最後のショー=開票特番において「勝者」と「敗者」が決定される。

 開票特番ばかりではない。予備選挙から始まり、与野党がそれぞれ大統領候補者を選出した党大会や、3回にわたって各地で開催された大統領候補者同士のテレビ討論会、1回だけ開催された副大統領候補者のテレビ討論会、さらにはおびただしい数の候補者のテレビCMも含めて、考えてみると、テレビはまさにそれぞれの局面で選挙の「主戦場」になっているのだ。

 中立的な監視団体「責任ある政治センター」の推計では、大統領選に伴う上下両院選なども含めた選挙資金は総額60億ドル(約4800億円)を超え、過去最高の膨大な額が費やされたという。空前の「金権選挙」が展開されていたのだ。

 選挙CMの内容も、僕が取材をしていた頃に比べても相手候補を中傷するいわゆるネガティブ・キャンペーンの色合いがますます濃くなってきた(写真1)。しかも10月の1カ月間だけで全米のテレビで放送された選挙CMの数は30万本以上、つまり1日当たり全米で1万本もの選挙CMが流れていたことになる。アメリカ人以外の国民の常識から考えてみても、クリーンどころか非常にダーティーな選挙戦が展開されていたのだ。

日本はアメリカの51番目の州なのか

 僕ら日本のメディアは、そのような現象に対して「外部の目」で相対的な視点を持ちうる。これはアメリカのメディアの人間たちにはなかなか持ち得ない視点なのである。だからそうした視点を失わない報道が必要なのだと思う。僕らはアメリカ国民ではない。しかしながら現実には、ワシントンやニューヨークに拠点を置く日本のメディアの多くは、まるでアメリカのメディアの流儀に飲みこまれてしまっているかのように、アメリカの作法に従って選挙報道を行っていた傾向はないだろうか。

 NHK・BSで生放送されていたABCの選挙特番と、NHK地上波の選挙特番を僕と一緒に見ていた同僚は、州ごとにブルー・ステート(民主党が勝った州)、レッド・ステート(共和党が勝った州)、スウィング・ステート(激戦州)と地図がコンピューター・グラフィクスで細かく表示され、刻々と変化していく選挙人獲得数の数字を茫然と見つめながら、「何だか日本人である僕らにこんなに詳しく報道してもらう必要があるんですかね?」と素朴な疑問を呈していた。日本の総選挙報道だって、こんなに詳しく県ごとの情勢を報道しているだろうか、と。同僚いわく、「NHKを見てたら、『ウィスコンシン州をオバマがとりました!』なんて大急ぎで報じていて、何だかシラけてしまったんですよ」。

 そう言われてみれば、目前で進行している番組(写真2)は、まるで日本がアメリカの51番目の州であるかのような作りになっていないか? そんな思いが頭をかすめたので、アメリカに住む友人に電話をいれて現地の雰囲気を聞いてみた。「日本のテレビもね、まるで51番目の州みたいに詳しくやってるんだけれども……」「あはは、州ならばまだちゃんと投票権もあって独立性があるからいいけれど、今の日本はそんな地位にないでしょ? あえて言えば信託統治領みたいな感じかなあ。もっと言えば『属国』」。

 僕はその言葉を聞いて絶句してしまった。アメリカの選挙番組のモードそのままに日本の視聴者に報じることは、〈この番組はそもそも一体誰に向けて放送しているのか〉という原点をどこかに置き忘れてきてしまっているのではないか、という疑問を想起させる。速報性を重視する開票特番という性格上、やむを得ない部分もあったかもしれない。だが、日本のメディアである僕らが日本の視聴者に求められているのは何なのか、という点を忘れては本末転倒というものだ。

日本の視聴者向けの大統領選報道とは

 先に記した「外部の目」による相対的な視点とは、例えばどのようなことを言うのか。具体的に考えてみよう。

 (1)アメリカの2大政党制システムの限界をきちんと見据えたか。民主党、共和党以外の候補者が実質的に出られない選挙報道のシステムに欠陥はないか。例えばアメリカ緑の党のジル・スタイン候補には、ウォールストリート占拠運動などに参加した若者たちから無視できない数の票が流れた。そういう事実はなかなか伝えられていない。

 (2)大統領選における普遍的な価値観をめぐる根本論争と、自国の事情を結びつけて報じていく姿勢が必要なのではないか。例えば「大きな政府」vs.「小さな政府」。日本の漂流する政治状況のなか、こうした根本論争で日本の民主党や自民党などがどちらに与するかは、日本人にとっても知りたいテーマである。社会福祉や教育のありかたをめぐるオバマとロムニーの全く異なる主張は、日本人にとってもきわめて示唆に富む選択のヒントを与えてくれる。原発をめぐって両候補ともになぜ現状ではイエスなのか、代替エネルギー政策にどのようなビジョンの違いがあるのかも、日本人にとって有益な情報だった。また「人種」への着目も、アジア人である私たちにとって重要だ。こうした報道は日本のテレビではきわめて少なかった。

 (3)アメリカの存在が日本の外交上特別に大きな位置を占めていることは自明の事柄だ。であるがゆえに、日本が抱えている外交上の問題から米大統領選を逆にとらえ返してみるという視点が有効なのではないか。

 例えば沖縄の基地問題。それを大統領選挙のテーマに絡めていくようにアピールする姿勢が、日本のメディアにもっと必要だったのではないか。なぜならば、世界に散在する米軍基地は、受け入れ国との間で特殊かつ切実な数々の問題を引き起こしている現実があるからである。沖縄の米軍基地をめぐるさまざまな問題は、在韓米軍基地や在ドイツ米軍基地、在イラク米軍基地、在アフガニスタン米軍基地の抱える問題と普遍的につながっている。それは十分に大統領選挙の大きなテーマにつながりうる。そういう視点を日本のメディアはもっと持つべきだったと思う。

 (4)領土問題や北朝鮮との関係などで、日米関係重視を所与の前提として出発し、「日米同盟の深化」というストーリーにのみ帰着してしまう、日本のメディア全般にありがちな流れをどのように相対化するか。ヨーロッパやアジア、アフリカまでも視野に入れた、大きな想像力に基づく報道をめざしたいものだ。それが国際化の本当の意味である。

「外部の目」生かしたニュース番組を

 オバマ再選が決まってからの日本のテレビ報道をいくつか見た。正直に言えば、「外部の目」による相対的な視点はなかなか見ることができなかった。

 NHKの「ニュース・ウオッチ9」では、大越健介キャスターがワシントンから伝えていた。かつての古巣で大越氏は生き生きしているようにみえたが、投開票日のミニドキュメントのなかで、NHKワシントン支局内の選挙本部(こんなものまで設けていたとは!)の動きの映像を織り込んでいたのには驚いた。米ABCをモニターしていたスタッフが、前述の再選確実の「第一報」スーパーを東京に要請するようなシーンが映しだされていたが、こんな身内の舞台裏をさらすようなことは、かつてのNHKは決してなかった。NHKも随分と「民放化」したものだと思う。だが内容全般はごく凡庸な分析が続いていた。

 同夜のテレビ朝日「報道ステーション」では、外交評論家の岡本行夫氏がスタジオで、イラク撤退や国内経済の「あれ以上の破綻を食い止めた」ことなどのオバマの「実績」をきわめて現実的に論じていたのと、新堀仁子ワシントン支局長が1年半近くにわたって選挙戦を取材して、「有権者が候補者を育てて行ったプロセスを見た思いがした」という肉声を聞けたのが印象に残った。もちろん岡本氏は持論の中国脅威論をまくしたててはいたが。

 結局、アメリカと言えば日米同盟の深化というストーリーにしか行きつけないのかという不満が、他局の番組も含めて残る結果となった。「外部の目」の視点からのもっと大きなストーリーにまで行きつけていないのだ。

 次の米大統領選挙は、ウォーターゲート事件のようなアクシデントがない限り4年後に確実にやってくる。その時にはアメリカの「属国」的な報道から抜け出て、「外部の目」=日本独自の視点から、面白がりながらも冷徹に報じていく報道ニュース番組を期待したい思いがあるからこそ、この文章を記してきた。テレビにはそれができると僕は思っている。

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金平茂紀(かねひら・しげのり)

TBSテレビ執行役員(報道局担当)。1953年北海道生まれ。77年TBS入社。モスクワ支局長、「筑紫哲也NEWS23」編集長、報道局長、アメリカ総局長などを経て2010年9月より現職。著書に『テレビニュースは終わらない』『報道局長 業務外日誌』など。

本稿は朝日新聞社が発行する専門雑誌『Journalism』12月より収録しています。