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3Dプリンターが変える「ものづくり」「新しい産業革命」への期待と不安

小林啓倫

 金属活字と輪転機に象徴されるように、かつて出版は、企業が資金とマンパワーを駆使して手掛ける「出版業」として存在していた。しかし技術の発達とインターネットの普及により、パソコンなど簡単な道具があれば個人でも参加できる「デスクトップ・パブリッシング」の時代が到来したのはご存じの通りだ。そしていま、まったく同じ状況が製造業の世界にも起きようとしている。工作機械のパーソナル化とネットの組み合わせがもたらす、「パーソナル・ファブリケーション」という動きである。

 もともとDIYや日曜大工といった言葉があるように、個人がものづくりに関わるというのは珍しい話ではない。しかし最近の状況が異なるのは、使用される機械の高度化と、ネットワークを通じたコミュニティーの形成という点である。

 2001年、MITビット・アンド・アトムズセンターの所長であるニール・ガーシェンフェルド氏が「ファブラボ(Fab Lab)」という工房を開設した。これはレーザーカッターやコンピューター駆動式の加工装置などを集めた施設で、個人がその操作方法を習うと同時に、自由に使用してものづくりができるというもの。ガーシェンフェルド氏はパーソナル・ファブリケーションの到来をいち早く予想し、その可能性を探ろうとファブラボを設置したのである。現在ファブラボは世界20カ国以上へと広がり、さらに同様の施設も各所にできている。

Maker Fair のサイトより

 また06年にはDIY専門誌である「メイク」(Make)が、メイカーフェア(Maker Faire)というイベントをスタートさせている(画面)。愛好家が集まって自作の作品を披露すると同時に、様々な関連セミナーが開催されるという企画だ。こちらも世界各地で多くのファンが訪れる人気イベントへと成長し、例えば12年5月にサンフランシスコ・ベイエリアで開催されたメイカーフェアでは、期間中11万人以上の人々が訪れている。

■安価な3Dプリンターで、パソコンですぐモデル作り

 メイク誌は現在の動きを「メイカームーブメント」という言葉で呼んでいるのだが、こうした動きの広がりに呼応するかのように、工作機械の進化も続いている。その象徴といえるのが3Dプリンターだろう。

 3Dプリンターは「プリンター」という名前がついているものの、インクの代わりにアクリル樹脂などを噴出することで、立体物を造形することができる機械だ。従来、数十万~数百万円程度の製品が工場などで使用されていたが、最近は個人向け製品の開発が進んでおり、10万円を切るものも珍しくない。

 もちろんこうした低価格品は品質の点で劣るが、今後3Dプリンターの中核特許が切れることなどから、従来のプリンターと同様に高性能化が進むと期待されている。原稿ならぬ設計図(3Dデータ)さえあれば、文字通りデスクトップで何でも製造できてしまう時代が到来しつつあるのだ。

 この状況を後押ししているのが、ネットを通じた関連サービスの広がりである。「メイカームーブメント」を支援するコミュニティーサイトが多数存在し、技術やアイデアなどについて情報交換を行っている。また3Dデータを共有できるサイトも登場してきており、ユーチューブが映像共有を簡易化することで個人の映像制作を促したような状況が生まれようとしている。もし工作機械が手元になかったとしても、3Dデータをアップロードして素材を指定するだけで、デザイン通りに製造を行ってくれる「ポノコ(Ponoko)」のようなサービスもある。

■新しい「産業革命」の持つ可能性と危険性

 さらに製造したものを売りたければ「エッツィー(Etsy)」がある。これは手作り品専用のEC(通販)サイトとして05年にオープンしたサービスで、11年の販売額は5億ドル(約400億円)を超えている。また開発資金を集めたければ、やりたいことのアイデアを表明し、個人から寄付金を募ることができるサービス(クラウド・ファンディングと呼ばれている)「キックスターター(Kickstarter)」がある。このようにものづくりの軍資金を集め、コラボレーションを行い、製造・販売するという過程がネット上で補完されるようになっているのだ。

 こうした状況が進むことで、「新しい産業革命」が到来すると予想する人も多い。確かにパーソナル・ファブリケーションは様々な可能性を秘めているが、一方で多くの問題が生まれることも避けられないだろう。

 例えば米国では、3Dプリンターだけで銃器を製造し、設計図を公開しようというプロジェクトが登場している。また技術革新によって様々な素材が扱えるようになり、薬品や人体のパーツまで製造可能になることが予想されている。さらに何でも自宅で製造できるようになれば、運送や小売といった分野に打撃を与えかねない。新たなテクノロジーとコミュニティーが持つ創造性や熱意を維持する一方で、それがもたらすリスクをいかにして回避してゆくのか。社会全体での議論が求められようとしている。

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小林啓倫(こばやし・あきひと)

日立コンサルティングシニアコンサルタント。1973年東京都生まれ。筑波大学大学院地域研究研究科修了。国内SI企業、外資系コンサルティング会社等を経て、2005年より現職。著書に『リアルタイムウェブ ー「なう」の時代』『災害とソーシャルメディア』(マイコミ新書)など。

本稿は朝日新聞社が発行する専門雑誌『Journalism』12月より収録しています。