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試練を受ける世論調査 『Journalism』1月号より

 朝日新聞が発行するメディア研究誌「Journalism」1月号の特集は「試練を受ける世論調査」です。WEBRONZAではこの中から、専門家3人による緊急座談会「総選挙で試された世論調査 専門家が見たその有効性と限界」をご紹介します。なお、「Journalism」は、全国の書店、ASAで、注文によって販売しています。1冊700円、年間購読7700円(送料込み、朝日新聞出版03-5540-7793に直接申し込み)です。1月号は1月10日発売です。

 電子版は富士山マガジンサービス(http://www.fujisan.co.jp/magazine/1281682999)で年間購読が1200円(定価の86%オフ)でお読みいただけます。

詳しくは、朝日新聞ジャーナリスト学校のサイト(http://www.asahi.com/shimbun/jschool/)をご参照ください。

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緊急座談会

総選挙で試された世論調査 専門家が見たその有効性と限界

菅原 琢 東京大学准教授

谷口哲一郎 世論総合研究所所長

峰久和哲 朝日新聞編集委員

司会鬼頭恒成 朝日新聞社ジャーナリスト学校

 選挙のとき、新聞社や通信社、テレビ局は各党の獲得議席をいかに早く正確に報ずるかで、しのぎを削る。そのため各社は有権者を対象に大規模な情勢調査を実施するが、この調査は通常の世論調査の「実力」を測る試験とも言われる。選挙で試される世論調査の有効性と限界について、3人の専門家、政治学者の菅原氏、共同通信の調査に携わる谷口氏、朝日新聞の峰久氏に語っていただいた。 (編集部)

司会 今回の総選挙の結果を、世論調査という視点から見て、みなさんはどのような感想をお持ちですか。

菅原 琢 今回の衆院選の特徴は、比例区の得票率が低かった自民党が小選挙区で圧勝したということでした。他党がバラバラに戦っていたなかで公明党との協力が奏功したという戦略勝ちです。低い投票率も勘案すると、有権者の中で両党を支持している人は少なかったはずです。政権樹立後は、次の選挙に向けて世論調査結果が重要になってきますが、与党の支持率が低ければ内閣支持率の底は低くなりますから、今後の政権運営で厳しい状況も生まれるかもしれません。そうなると、自民党からの世論調査批判がまた強くなるかもしれませんね。

谷口哲一郎 情勢調査全般から見れば当初から自民党の大勝を予測していましたから、世論調査にとってはよい選挙結果になりました。圧勝にもかかわらず、自民党に「世論の風」は吹いていなかったという選挙後の論評が多いのですが、その通りだと思います。小選挙区と比例代表という選挙制度が大きく影響しました。小選挙区では1位と2位の差が予測の焦点ですから、一方的になった選挙区が多く、予測はそう難しくなかったと思います。比例区予測は最終的に少しずれた感じになりました。これは多党化ゆえなのですが、こちらのほうが民意を反映した選挙結果と言えるでしょう。

峰久和哲 序盤調査で自公合わせて300議席という数字が躍ったとき、私は「そんなに大勝にはならない」と思っていました。誰に投票するかを決めていない人が回答者の約半分もいて、その人たちは「自民がそんなに勝つのはおかしい」と考えて、他党に投票するのではないか、と想像していました。いま思うに、「決めていない」人は、第三極のドタバタに面食らって「どこがいいのかわからない」状態だったのだと思います。結局、その人たちは「第三極はどこもつまらない」と結論を出して自民に投票したか、あるいは投票に行かなかったか、どちらかだったと思うのです。

菅原 各メディアが10万人単位の調査を一斉に実施したおかげで、ツイッターで体験や苦情をつぶやいている人がたくさんいて面白かったですね。世帯内の人を無作為抽出する手法は知られていないので、「年長者のみに回答を求めるのは、保守派に固まりやすくなる誘導では?」というような調査法に対する疑問が多かったです。また、ふだんの世論調査は慣れたオペレーターが担当するのでしょうが、選挙情勢調査では対象者数が多いので学生バイトが担当していて、彼らが仕事がきついとか、回答してくれた人へ感謝していたりするのも見かけました。

司会 なるほど、世論調査の実情が可視化されたという点で、ネット時代ならではの興味深い現象ですね。

紙面1 報道各社の世論調査結果のばらつきを解説した記事を掲載した朝日新聞2012年11月21日付朝刊

 ところで、空前の多党化が今回の選挙の大きな特徴でした。いくつも新党が生まれ、いわゆる「第三極」をめざして合流していきました。そうした途上の11月中旬、報道各社が実施した世論調査で「日本維新の会に投票する」と答えた人の数値が大きくばらつく結果が出た。しかも、こうした数値のばらつきについて朝日、毎日、読売の各紙が相次いで、その理由や背景を説明する記事を載せました(紙面1)。異例のことでしたね。

谷口哲一郎(たにぐち・てついちろう)世論総合研究所所長

谷口 世論調査では質問方法や選択肢の設け方で回答も異なるという基本的な問題ですが、これまでいろんな誤解を社会に与えてきたと思います。今回の件は選択肢を読み上げるか否かの違いと説明がつくのですが、これらの解釈は専門家の領域の話です。一般の読者は何紙も比較することはありませんし、質問技術のことまで理解して結果を読まなければならないとすれば大変だと思います。

菅原 私は前々から他紙と異なる結果が出てきたときには説明すべきと主張していたので、今回の記事は歓迎しています。維新の会の数字が質問の作り方で揺らぐことは本誌2012年7月号(拙稿「世論調査政治と『橋下現象』」)でも指摘しましたが、質問文や選択肢と異なり、細かい聴取法の相違は紙面で確認できません。調査の全過程の詳細を載せることはできませんから、今回のように問題が起きたときに解説記事を出すことは有意義だと思います。

峰久 今回のように専門家でなくてもわかるケースでは、しっかり説明すれば、世論調査への誤解がなくなるので大いにけっこうです。問題は、専門家にしかわからないケースです。調査のオペレーションに起因する違いや、対象者の抽出の段階で起きる違いというのは、一般読者には意味不明です。何でも説明すればわかってもらえるというわけではないという気もします。

司会 選挙のときに新聞社をはじめとする各メディアは、内閣支持率や政党支持率など人々の意見の分布を調べる世論調査とは別に、選挙でどの候補が勝ちそうか、最終的にどの党が何議席取るかを予測する選挙情勢調査を実施します。この2つは明確に分けて考えておいたほうがいいですね。

菅原 現在の日本では両者は切り離して考えたほうがいいでしょう。選挙区の情勢報道のために実施する世論調査は、有権者がどの政党、どの候補者に投票するか、最終的には決めていないという状況のなかで行われます。当然、調査結果の数字は実際の投票結果とはかなり異なる。そこで、この数字から結果をシミュレートした予測値を用いて記事を書くことになります。選挙期間中は公職選挙法の規定で具体的な調査結果を公表できませんし、ナマの数字も予測値も、出してしまうと他の社にノウハウが漏れるという懸念がある。むしろ調査結果を出さないことを前提に成り立っているのが情勢調査だと考えることができるでしょう。この点はふだんの世論調査と明確に違います。質問する内容も人数もふだんの世論調査とは異なります。

峰久 事前の予測ということでは、先日、12年11月の米大統領選挙で、ニューヨーク・タイムズ特約のアナリスト、ネイト・シルバー氏が、見事な計算プログラムを作って、オバマ候補とロムニー候補の勝敗を50州すべてで的中させたことが話題になりましたね。どう評価しますか。

菅原 予測が難しかった、いわゆる激戦州もすべて当てているわけですから、予測の精度は非常に高かったと思いますし、その成果は素晴らしいものだと思います。ただ、その予測の手法自体はおそらくそれほど特殊なものではない。世論調査を中心とする多様な変数を使って各候補の各州得票率を予測するということ自体は、大統領選では昔から行われていますし、日本の情勢予測も多かれ少なかれ似たようなものでしょう。

■米大統領選より難しい日本の全選挙区の当落的中

司会 仮にシルバー氏が日本の総選挙の予測をすれば、やはりちゃんと当てることができるでしょうか。

菅原 全選挙区的中はまず無理でしょう。米大統領選は民主、共和両党の候補者を選ぶ予備選も年初から行います。候補者が浮かんでは消えという状況はその前の大統領選から続いています。そうやって候補者が徐々に絞られていく過程を、全米50州の有権者全体で経験する。最後はたった2人の候補者について報道が集中し、各有権者はこのなかで自らの票を固めるので、投票日に近づけば世論調査結果もあまりブレない。だから、各社の世論調査結果を集約し、過去に照らして予測値を出せばだいたい当たるでしょう。しかも米国の場合、多くの人が二大政党に帰属意識を持っていて、投票行動を変えない。したがって予測と結果のブレ幅も小さい。

 一方、日本の場合は、候補者が決まるのが公示直前のこともありますし、今回の総選挙では、どういう政党が出てくるかもわからなかった。日本維新の会や日本未来の党のように政党の合併すら選挙直前に行われ、選択肢が公示までわからなかった。二大政党である民主党や自民党の確実な支持者は非常に少なく、多くの人が直前まで投票先を迷います。情報が少ないので仕方がありません。

 さらに、日本の衆院選では300の小選挙区それぞれの情勢を見なければいけない。ところが、そういう選挙区ごとの情勢などは詳しく報道されず、世論調査結果も報道されない。予測するための確かな変数がかなり少ない。そういうなかで、全選挙区の当落を当てるのは無理でしょう。9割当てれば御の字ではないかと思います。

■公示後の序盤と中盤 2回の情勢調査の意味

谷口 公示直後の情勢と投票日の情勢とががらりと変わることがあるのも、日本の選挙結果予測の難しさでもありますね。かつては投票日1週間前に1回だけやっていた選挙情勢調査ですが、各メディア間の速報競争の結果、どんどん前倒しされて、公示直後に調査するようになりました。しかし、投票日が近づくと情勢が変わってくるから、もう1回やらなくてはいけないということになって、情勢調査を2回やるようになったのが05年9月の総選挙からです。朝日新聞が先鞭をつけましたね。

峰久和哲(みねひさ・かずのり)朝日新聞編集委員

峰久 そうです。これには背景があります。前年(04年)7月の参議院選挙後に朝日新聞読者7000人を対象に、選挙報道がどのように読まれたかを調査したのです。選挙公示後3日間くらい、候補者の紹介をしたり、公約を伝えたり、インタビューをしたり、候補者に関する情報の洪水と言っていいほどの報道がされるわけです。ところが、調査の結果、読者はその時期あまり選挙報道を読んでいないという、かなりショッキングな事実がわかりました。それが、ある時期を境に選挙報道の閲読率が飛躍的に上がる。情勢調査の特集記事が掲載された日なのです。一気に有権者の関心が高まり、投票日まで閲読率の高さが継続した。ならば、選挙報道の閲読率を高めるには、情勢調査報道が早ければ早いほどいい。ぜひ早くやろうじゃないかと。

 今回の総選挙では、公示日および公示日翌日にまず序盤調査をした。火曜日(12月4日)に公示され、木曜日6日の朝刊にはもう「自民、単独過半数の勢い」という記事が1面トップを飾りました。それで終わりではなく、投票日までにどんな変化があるかわからないから、「当てる調査」を何が何でもやりたいということで、中盤調査もやった。ですから、2回の調査はそれぞれ目的が違っていて、序盤調査は読者の選挙への関心を喚起する。中盤調査はずばり的中させるためのもの。そう我々は考えています。

菅原 現在の衆議院選挙の場合、小選挙区なので、最終的には一対一の対決になる。でも、選挙戦に入ったばかりの段階では、それが誰と誰なのかわからない。しかし、この選挙区で誰と誰が争っているのかという情報は、選挙区の投票を決める際の重要な情報です。小選挙区では、上位2候補のうちよりマシな側を選択するのが投票者の基本戦略だからです。それを明らかにする報道が序盤、中盤とあるのは、よいことだと思います。

司会 今回のように、いわゆる「第三極」として多くの新しい政党が参加する選挙では、世論調査や情勢調査の持つ意味が変わったでしょうか。

谷口 新しい政党は、事前の支持率調査から、おそらくこれくらいだろう、日本維新の会などは相当に議席を獲得するだろうということはわかっていました。ただ、序盤では候補者の顔が見えなかった選挙区も多々あり、実際の投票行動が予測できなかったところはあります。

峰久 初めて序盤と中盤の2回の調査を実施した05年の総選挙ですが、実を言うと、序盤と中盤とでかなり数字が違ったのです。あのとき、小泉純一郎首相は「郵政民営化」に反対した自民党議員、いわゆる造反議員を公認せず、刺客候補を出しましたね。序盤調査では知名度のある造反議員が優勢だったんです。しかし中盤調査では様相ががらりと変わって、新顔の刺客候補が優勢になったのです。

 それと同じような意味で、今回の選挙で第三極の人たちがどのような支持を集めるかは、2回の調査でかなりぶれる可能性がもともとありましたね。

菅原 今回は特に予測と結果がズレる可能性が高かったパターンだったと思います。「この人は誰なんだ」という候補がいきなり出てくるので投票先の決定は遅れる。選挙期間中に、新党がどれほど認知度や支持率を上げるかもわからない。序盤調査では確実に予測できる選挙区は少なかったと思いますが、それでも情勢を文章にしなければいけないので、担当者は頭を悩ませたでしょう。

■必須になった出口調査 実態には問題点も

司会 選挙のときの調査と言えば、もう1つ、出口調査があります。テレビの開票速報で、「開票率0%」で当選確実を出せるのも、出口調査の結果があってこそですよね。

峰久 これも朝日新聞社が先頭を切って、1998年7月の参議院選挙で出口調査を全国展開しました。それ以降、各メディアが続いているわけです。

 なぜ98年に始めたかと言うと、これははっきりしています。この年に公職選挙法の大きな改正がありました。それまでは午後6時だった投票の締め切りが、2時間も遅くなって午後8時になった。となると、都市部の開票開始が9時半とかになってしまう。初めに選挙区を開票して、その後、比例区を開票するので、比例区の開票率が午前0時ごろで数%程度にしかならない。でも、午前0時過ぎには新聞印刷のための輪転機を回さなければいけない。開票データだけでは、新聞を作れない。出口調査のデータを分析して、少なくともどの政党が勝ったか、どの政党が与党になるかくらいの大づかみな趨勢は出さないことには新聞にならない。そんな要請がありました。

 この98年の参議院選挙は、実は情勢調査が大外れしたのです。自民党が60議席くらい取るというのが各新聞社の予想でしたが、実際には44議席しか取れなかった。それで直ちに橋本龍太郎首相退陣ということになったわけですけれども、あのとき、もし出口調査がなかったら、新聞は「自民惨敗」という報道を1面トップではとても出せなかった。あれ以後、報道各社は出口調査をやらないと選挙報道ができないとまで思い詰めてしまったというところがあります。

谷口 そういう必要に迫られて、メディアが出口調査に力を入れるようになった事情はわかるんです。かなり統計的技術は進んでいて、「当打ち」には相当に役立っているだろうと思います。

 ただ、大きなコストや手間をかけて調査したデータは全く公開されませんね。もちろん、ちゃんとした手順を踏んで集め、処理しているのでしょうが、やはり調査データを公開して、世論調査関係者や研究者による検証を受けないといけないと思うのですが。

峰久 主な新聞は投票翌日の紙面で、出口調査結果を使って、無党派層がどういう投票行動を取ったかなど、かなり深い分析記事を載せています。09年8月の衆議院選挙でも自民支持層の3割もの人が民主党に投票したとか、これまでわからなかったことが出口調査データによってわかるようになりました。そういう意味で、速報競争や当打ちのために役に立ったというだけでなく、有権者の投票行動を読み取るための非常に貴重なデータだと思っているのです。

菅原 研究者の立場からすると、出口調査のようなデータは宝の山です。たとえば投票締め切り時間の延長の影響が分析できます。午後6時から8時くらいに駆け込むような人たちが、おそらく選挙結果を左右する層です。朝早くから来る高齢者や自営業の方々は、毎回投票する先は決まっていて、だいたい自民党でしょう。午後から来る人もだいたい投票傾向が固まっている。夕方、もしかしたら投票所に来なかったかもしれない層が、最も浮動的な投票者ではないかと思います。出口調査データが公開されれば、日本の有権者像をより深く明らかにすることができます。個人的にも非常に興味がありますし、谷口さんがおっしゃるように、公開していただいて、分析したいですね。

峰久 期日前投票の出口調査については、メディア全体の非常に大きな問題が2つあります。

 1つは、メディアスクラムです。期日前投票を公示翌日から投票日前日まで通してできるところはたいてい市役所や区役所なので、どうしても特定の投票所に出口調査が集中してしまう。たとえば東京1区では、新宿区役所に各社が集中する。これまで私が経験した最も大きなメディアスクラムは、1つの市役所に新聞社、通信社、テレビ局合わせて6社の調査員が競合しました。もう1つは、調査データの漏洩の問題です。残念ながら期日前投票の出口調査の数字が、かなり候補者陣営に流れている。これは選挙の公正を損う犯罪的行為で、報道機関の自殺行為です。

 日本新聞協会で12年3月、期日前投票所でメディアスクラム的状況にならない、投票者を奪い合うようなことはしないことと、調査データの漏洩を防ぐことを申し合わせました。これは今後も各社がぜひとも守らないといけません。

司会 今回の総選挙では、原発政策が大きな争点のひとつになりました。論争の軸は、野田政権が12年9月に決定した「革新的エネルギー・環境戦略」で掲げた「2030年代に原発稼動ゼロ」です。この方針の策定に当たっては、政府の国家戦略室が「国民的議論」としてさまざまな形で意見を集めました。その中に討論型世論調査(DP=Deliberative Poll)という「熟議」を組み込む新たな調査手法が採用されました。これはどう評価されているのでしょうか。

■原発政策を「熟議」した討論型世論調査は失敗か

菅原 今回の政府DPはかなり粗いものでした。7月に討論参加者を選ぶための全国世論調査を行いましたが、この際、6849人をRDD(Random Disit Dialing)法により抽出しました。その中から285人の参加者を集め、8月4日と5日の2日間、東京で討論会を開くとともに、その前後にアンケート調査をして意見や態度の変化を探るという作業を行っています。予定より参加率が低く、実際に討論会参加者が決まったのは1週間前くらいで、事前送付資料を読む暇がなかった人もいたかもしれません。

 とくにRDD法をDPに用いた問題は大きいですね。メディアの世論調査の多くはRDD法で実施されていますが、生の数字だと世帯人員が少ない層ほど過大代表となるため、これを調整する。調査社によっては日本の人口分布に当てはめて重み調整を行うなど調整して世論調査結果としています。しかしDPでは、電話調査の回答者に対して「討論に参加してください」と勧誘するため、重み調整はできない。結果、参加者の属性に大きな歪みが生じていて、単身者がかなり多くなっています。また、討論参加者は男女比が2対1と歪んでおり、しかも原発に関する知識が豊富で意見の強い人がたくさん集まってきた。DPは本来、あまり知識のない人を含めてみんなで議論を煮詰めていくものですが、「原発ゼロしかない」といった意見の強い人が多く参加して議論したわけです。だから、今回の試みは標準的なDPから外れたものとして理解するべきでしょう。

谷口 最初にRDD法を安易に使ってしまったことが問題です。結果として、約300人の参加者を集めるために約7000人のRDD調査が必要になりました。7000人は確かにランダムですが、参加者の300人はランダムではありません。男性が多かったり、東京に来やすい人が来たり。それなのに「ランダム(無作為)」だという誤解を社会に与えてしまった。

 それに加えて、今回の「原発政策」というテーマが大きすぎた。マスコミが連日取材に入るなど、外野はうるさいし、いろいろな情報が入ってくるし、じっくり考えられるような状況ではない。今後、TPP(環太平洋経済連携協定)の是非などをテーマにしてもうまくいかないと思います。この種のことを政府が主催することには懸念を持っています。仕掛けによっては世論が「利用」される可能性があるからです。今回、政府の思い通りに行かなかったことは、逆説的ですがDPが評価されることになるでしょう。

菅原 ただ、DP以外の意見聴取も含めて、日本の政府が「国民的議論」を標榜して、有権者が政策の方針についてどういう考えを持っているか、どういう方向性を望ましいと考えているかを意識的に回収しようとしたことは、非常に意義のあることではないかと思います。

 これまでなら、自分たちの仲間というか、利益団体とか後援会とか、そういった限定的なところから集めた「有権者の声」なるものを使って議論していた。それが今回のように世論調査的な手法を経た有権者の意見分布が政策論議の中に放り込まれてくると、ある程度、議論の幅も決まってくる。原発依存度を5割に増やそうといった方針は出てくる余地がない。そういう意味においては悪い方向性ではないし、政府がこういうことをやり始めたことは評価したいと思います。

■無視された形になったメディアの世論調査

峰久 原発政策に関しては、私たち報道機関もかなりの回数にわたって世論調査をしています。2030年の原発依存度について政府が示した「0%」「15%」「20~25%」の3つの選択肢への回答結果だけ見ても、各社バラバラです。「0%」が最も多い調査もあれば、「15%」が最も多い調査もある。いろいろな結果があったのです()。

谷口 これまで報道各社はずっと賛成・反対の二者択一で聞いてきたのです。たとえば、再稼働に賛成か反対かと。そこに突然、この3案を出してもわからないでしょうね。賛成か反対かなら感覚的に答えられるけれど、この3つの選択肢では世論は混乱するに決まっています。

峰久 それはわかっているので、各社はいろいろな形で補足的な説明を加えているわけです。たとえば「0%」の場合も、「積極的に原発依存度を0%」にするとか、「早期に原発ゼロをめざす」とか、ともすれば予断を与えかねない表現を付けていたりする。「15%」にしても、「震災前の半分程度の15%」という意味づけをしているところもあれば、「緩やかに減らして15%にする」というのもあるし、「建設から原則40年までに廃止する原則のまま15%くらいにする」としたところもある。これは補足的説明が回答を作ってしまったのではないかと私は思います。15%でもいいじゃないかと思わせるような表現で聞いた場合は、たいてい15%が多数になるのです。15%ではちょっとまずいねという表現なら、やはりゼロが多くなる。

 ちなみに朝日新聞の調査は、補足的説明をせずに、3つの選択肢のうち、どれがよいかというのを選んでもらう形にした。それが最もフェアな調査だと言えますが……。

谷口 でも、不親切と言えば不親切。

峰久 説明をされないと回答するのは難しいかも知れません。ところで、各社の世論調査は必ずしも「0%」が圧倒的に多いという結果ではなかったのに、政府は「少なくとも過半の国民は原発に依存しない社会の実現を望んでいる」という結論を出しました。その是非は別にして、報道機関の世論調査はものの見事にスルーされたという見方もできますよね。

菅原 でも、この質問と選択肢を読むと、スルーしたくなるのもわかりますね。「これは15%で集めたいんだな」とか「15%を選ばせたくないんだな」という調査者側の意図にも見えるわけで、数字もバラバラで判断材料として使いにくい。

 討論型世論調査を実施する意味は、メディア各社がやっているような質問と選択肢をセットで示して「選べ」というものではなく、いろいろな意見を示したりするなかで議論してもらい、つまりはさまざまなバイアスをなるべく多く含んだうえで、最後の数字を出すところにあったと思うのです。

 こういう原発政策など専門的な問題になると、やはり何らかの説明や情報は必要になります。その点、メディアの世論調査は、乱暴と言えば乱暴です。冗談めかして言ったりしますが、内閣支持率を調べると当たり前のように「十何%」と出てくるけれども、現在日本の総理大臣を知らない、思い出せない人だって、世の中にはいるわけです。そういう情報も与えずに「支持しますか、支持しませんか」を聞いて、「ああ、じゃあ、支持します」となっているのが現状の世論調査です。でも、聞き方によって回答が変わるということは、こういう容易に判断しかねる問題について有権者は確固たる知識も意見も持っていないことの表れでもある。だからこれはメディアの世論調査が悪いというわけではない。世論とはそういうものだと思います。

峰久 私自身、調査者の立場からも、こんな難しいことを聞いていいんだろうかと思うことはあります。自分が聞かれても答えられないと思うようなテーマってありますよね。もともと国政上の争点になっていることというのは、すっきりこちらがいいに決まっているということではない。だから、争点になるわけです。世論調査をする機会があると、私たちはついつい、その時の政策上の難問について質問してしまうわけですが、やってはいけないことでしょうか。

谷口 以前は世論調査のテーマは中学生でも理解できるくらいのことにしろと言われましたが、いまは大学生くらいになりましたね。言葉づかいが難しくなったのではなく、テーマがかなり複雑になってきています。たとえば経済問題です。昔から経済問題は聞いてはいけないと言われていましたよね。金融緩和とか言っても一般の人にはわからないのだと。考えさせてはいけないのだと……。でも、聞きたいですよね。

峰久 聞きたいです。

菅原 こういう質問に全く意味がないわけではないと思います。原発依存度を聞く世論調査にしても、確かに各社世論調査の数字はバラバラだけれども、どこの調査を見ても「20~25%」が過半数などにはなっていないですよね。有権者の意識としては「0%」か、せいぜい「15%」までで、依存度を下げる方向に大きく寄っていることはわかる。「これだ」という決定的な答えを示すものではないけれども、政治家や官僚の判断材料として、「ああ、『20~25%』はだめなんだな」ということくらいは示している。いろいろな要素を考慮する必要はあるとしても、世論調査によって有権者の意向や政策の選択肢の幅はわかる。したがって、世論調査で聞かないことにするのではなく、ある程度幅があるという理解のもと、報道するなり、政策決定の判断材料に使うなりすればいいのではないかと思います。

司会 先ほどDP参加者を選ぶに当たって、最初にRDD調査をしたことが問題点として指摘されました。もう少しご説明いただけますか。

峰久 米国などと違って、もともと日本には住民基本台帳や選挙人名簿という、いわば回答者データベースが用意されているわけです。だからDPの場合も、まずはそのデータベースの中から極めてフェアな方法で回答者を選んで、その人たちにアプローチしなくてはいけなかったのです。そういうデータベースを利用せずに、RDD法で始めてしまったことが大きな問題です。

■RDD調査をおびやかす携帯のみ層の増加

司会 RDDという手法自体の欠陥ではないということですね。ただ、このところ常に聞く批判として、固定電話の番号を対象とするRDDでは、携帯電話しか持たない若者たちに到達できない。だから、メディアの世論調査は信用できないのだというものがあります。RDD調査は有効性を失いつつあるのでしょうか。

谷口 カバレッジの問題ですね。固定電話のある世帯を対象とするRDD調査で、有権者全体のどれくらいに到達できるかという。現在はまだ9割くらいはあると見ているのですが、それがどんどん減ってくるだろうと―。とくに若い人ではもう7割くらいのカバレッジしかないかもしれません。はじめから1割以上が欠落しているというのが、調査を設計する側としては嫌な問題なんです。

菅原 RDD法の有効性について考えるべきことは2点あります。1つは、谷口さんがおっしゃられたカバレッジの問題。もう1つは、携帯電話しか持たない携帯限定層とRDD法で到達できる固定電話層との間に大きな意識の格差がないかということだと思います。

 現状としては、携帯限定層が10%を超えたかもしれないと言われていますが、一方で携帯電話しか所持していない層と固定電話層との間の意識の格差はまだまだ開いているわけではない。だから、固定電話層から得られたデータをもとに、携帯限定層、つまり若年層の部分を調整して世代分布を再構成すれば問題ないのではないかと思います。

 ただ、それは今後も保証されるわけではないですよね。携帯電話しか持っていない層がどんな人たちかと言うと、いま多いのは20代、30代の単身世帯です。逆に言えば、固定電話を持つタイミングは、多くは結婚して所帯を持つときです。その機会が生じない人たちというのは、派遣社員など不安定な雇用状態で収入も少ないので、結婚できないという人たちで、その数がどんどん増えていく。しかも、いまは若いから派遣でも頑張れるけれども、今後、さらに景気が悪くなって派遣切りが進んで、40代で職がないという人たちが携帯限定層に集積してくる。こういうような未来像を描くと、固定電話層との間で意識の格差が大きく出てくる可能性も高い。そのときに依然としてRDD法が有効かと言えば、ちょっと難しいと思います。おそらく、その意識格差が政治的な影響を持ってくる。失業率がその層だけ非常に高いのに、RDD法による世論調査に反映されない。しかし選挙になると、その人たちが右翼的な政党に投票して、「何なんだ、これは」というような事態が起こるかもしれない。

 RDD法が危機を迎える可能性を常に頭の中に入れて、新たな手法を開発していかれることを期待したいですね。

峰久 朝日新聞社では、回収率70%をいつも超える郵送調査を続けています。非常にカバレッジは高い。例えば政党支持率を見ると、その数字とRDDの数字は、それほどかけ離れていない。いまのところ、郵送調査や面接調査などの選挙人名簿をもとにした調査とRDDの間では大きな乖離はない。それがRDDが有効だと言える最大の理由です。郵送調査の内閣支持率・政党支持率とRDDの支持率が大きく違ってくるならば、RDDがある集団を取り逃しているということになるわけで、RDDの寿命が来たと判断せざるを得なくなると思うのです。

 じゃあ、そうなったときに携帯電話を対象とする世論調査のアプローチができるのか、あるいはネットをどの程度活用できるのかどうか。

■難しい携帯電話調査 RDDに替わる方法は?

菅原 携帯電話のみを対象にした調査はまず安定はしないでしょう。世論調査としては成り立たないだろうと思います。

 では、RDD法が有効性を失ったときに頼れるものは何かといえば、峰久さんがおっしゃった郵送調査や面接調査になるでしょうね。ただ、資金が必要で数を調査できず、時間もかかる。そこで、ふだんの調査ではRDD法の電話調査、あるいはネット、スマートフォン、携帯などでもよいですが、これら簡単な方法で調査し、これらの数字から郵送や面接等の内閣支持率、政党支持率を数理的なモデルで再構成すればよいのではと考えます。郵送調査を年1回か2回やって、数理的な予測モデルを作っておく。毎月の調査はRDD法などでやるのだけれども、その結果をそのまま使うのではなく、モデルに通して、出てきた数字を「世論」とするわけです。

 単一の調査法に頼るのではなく、幅広く「世論」をとらえる。手法的な意味にとどまらず、人々が世論調査に対して持つイメージの面でも、そういう「幅広さ」が認識されれば、今のような無理解に基づくRDD法批判も減るでしょう。そうして「これが新世代の世論調査だ」というものを打ち出せば、安定したものになるのではないかと思います。

峰久 住民基本台帳や選挙人名簿に回帰するというのは、私もそのとおりだと思います。せっかく日本にはそういういいものがあるわけですから。

 ただ、郵送調査の場合、質問票を発送して、回収して、計算して、報道するまでに早くても2週間、通常は1カ月くらいかかってしまう。何かあったときにすぐ世論に問いかけるということには、郵送調査は向かないわけです。現在RDDを使ってやっているような調査は、「世論」ではなく、単なる「反応」を集めているにすぎないといった批判がありますが、速報的な世論調査も必要ではないかと思うんですね。

谷口 両方あればいいわけですよ。メディアは速報もやるけれど、じっくり考える必要があるテーマについては郵送や面接でやる。現に新聞社や通信社はいろいろな手法でやっているし、将来的にそういうものを組み合わせた新しい調査もありうるでしょう。

 しかし同時に、メディア本来の役割として速報性の追求は必須です。1週間後、あるいは1カ月後に内閣支持率を出したところで、読者や視聴者にはもう何のことだかわからないですから。やはり1日、2日後に、もやもやとしたものに世論調査が決着をつけてくれる。こちらが勝ちだよ、あちらが負けだよというように軍配を上げてくれると、「ああ、そうだったのか」と非常に気分がいいのです。

紙面2 民主・自民・公明3党首会談直後の内閣支持率を速報した朝日新聞2012年10月22日付朝刊

 そのいい例が、朝日新聞12年10月22日付朝刊の「野田内閣支持 最低18%」という見出しで載った世論調査結果です(紙面2)。民主・自民・公明3党首会談の直後に実施した世論調査ですね。掲載されたのが、会談から3日後。この会談は、内閣改造を終えたばかりの野田首相と新たに自民党総裁に就任した安倍さんとの初対決で、どちらが優勢か、にわかには判断できなかった。ところが、この世論調査で決着がついてしまったのです。これがRDD調査のいいところで、確かに「反応」にすぎないかもしれないけれど、「野田さんの人気がますます落ちているな」といったことが、読者に伝わるのです。速報性の魅力ですよ。

■メディアが求める調査のスピード

菅原 速報性も大事という点は同意しますが、この例ですと、速報をしたいがために無理をしているようにも見えます。この朝日新聞の調査にしても、このタイミングで実施したのが朝日新聞だけだったから「決着がついた」形になったけれど、同時にほかの社もやっていって、それぞれ全然違う数字が出てきたりすると、先ほどの原発依存度と同じで、何が本当の世論なのだという話になりそうです。そういう事態を防ぐという意味では、内閣支持率を毎日測定するようなやり方がいいかもしれないし、それをいろいろなメディアがやって比較できるという状況がいいのかもしれません。

峰久 米国の大手調査会社ギャラップのホームページを見ますと、「ギャラップ・デイリー」という欄があります。これは一定数のモニターに毎日質問に答えてもらい、雇用されている人の割合や1日の支出額などといった経済的な指標から「幸せ」を感じている人の割合などのその日の気分を示す値までを載せているんですね。その欄の一番上にあるのが現在は「オバマ・アプルーバル」、つまり大統領支持率です。米国では、日がわりの大統領支持率を経済指標と同じような目で見る時代になっている。日本でもそういうことが必要となるのでしょうか。

菅原 モニターを使うという点では、テレビ視聴率と似ていますね。視聴率調査は、世論調査よりもゆるい手法でやっていて、調査対象者も少ないけれど、「視聴率は信用できない」と批判されているかと言うと、必ずしもそうではないですよね。それなりの権威を持つものとして認められています。

 そうすると、世論調査の手法自体にあまりこだわる必要はないとも言えます。それよりも、定点観測的な連続性を持った調査結果に自ずから権威が伴ってくる形がいいのではないかなと感じます。何か起こったときにワッと調査して出す数字ではなく、毎週あるいは毎日報告される数字のほうがより価値があると認識されるのではと思います。

■のしかかる費用負担 共同実施も視野に

谷口 それは、どうでしょうか。新聞やテレビなどのメディアが、そういう日常的な調査を続けるのは難しいでしょう。やはりメディアは見出しでバンと驚かせなくてはいけないから。日常的調査では費用もたくさんかかるでしょうし。

峰久 確かに、モニター型調査にしても日常的調査にしても、相当に大規模な仕掛けを作らなければいけない。となると、1つの新聞社が単独で実施するのはとても無理ですね。複数のメディアが共同出資して世論調査機関を作るとか、そういった考え方もあり得るかもしれません。

菅原 日本経済新聞と読売新聞は共同で選挙情勢調査をやっていますね。ああいうことは、朝日新聞は検討していないのですか。

峰久 共同でやることは、ある意味では不可避の流れと言いますか、とにかくお金がかかりますからね。しかしながら、たとえば朝日と毎日が共同で選挙情勢調査をやる時代が来るかどうか―。朝日新聞の調査と毎日新聞の調査とでは質問の順番からして全く違います。そのあたりは両社ともすごく長い伝統を持っていますし、推計のロジックも過去データをもとに作られていますから、これを統合するのは難しい。

 しかし、費用の負担を軽減するためには、今後、そういった違いを超えた協力が必要な時代になってくるのかなという予感はありますね。

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菅原 琢(すがわら・たく)東京大学先端科学技術研究センター准教授。1976年東京都生まれ。東京大学大学院法学政治学研究科修士課程、同博士課程修了。博士(法学)。著書に『世論の曲解』(光文社新書)、共著に『平成史』(河出ブックス)、『「政治主導」の教訓』(勁草書房)など。

谷口哲一郎(たにぐち・てついちろう)世論総合研究所所長。1948年山口県生まれ。中央大学法学部卒。社団法人輿論科学協会理事を経て、2010年より現職。専門は世論調査・社会調査。選挙情勢や投票行動調査を多数手がける。公益財団法人日本世論調査協会常務理事。早稲田大学、立教大学で講師を務める。

峰久和哲(みねひさ・かずのり)朝日新聞編集委員。1953年広島県生まれ。東京大学法学部卒。76年朝日新聞社に入社。政治部に16年、世論調査部長を含め同部に6年在籍。選挙報道、世論調査、政治意識分析に携わる。08年から現職。共著書に『社会調査ハンドブック』(朝倉書店)、『政治を考えたいあなたへの80問』(朝日新聞出版)など。

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座談会は2012年11月13日、東京・築地の朝日新聞社で。郎論者の写真撮影はすべて石野明子