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筆名「言いう莫なかれ」は何を意味する?ノーベル賞作家「莫モー言イエン」の文学的領土

佐久間文子

 毎年10月のノーベル賞発表は新聞記者にとって緊張する瞬間だ。文芸担当記者ならば、日本時間の午後8時を待ってノーベル財団もしくは選考を担当するスウェーデン・アカデミーのサイトをクリックし続け、そこに発表された名前と授賞理由を読み取る。

 邦訳も出ている国際的な知名度の高い作家ならともかく、「これ誰?」という作家が選ばれることもある。2002年にハンガリーのケルテース・イムレが受賞したときは最初、どちらが姓か名かもわからなかった。後にわかったことだがケルテースはドイツを拠点にしており、母国ハンガリーでもあまり知られていなかったそうである。

拡大会見にのぞむノーベル文学賞を受賞する莫言氏=2012年12月6日、ストックホルム

 習い性になって、新聞社を辞めてからも文学賞の発表時間になるとスマートフォンからサイトに接続してしまう。今年は「Mo Yan」、中国の莫言だった。授賞理由は「マジックリアリズム的手法で、民話と歴史、現代とを融合させた」。

 57歳は受賞者の中では若いが、『赤い高粱』は張チャン芸イー謀モウ監督が映画化、ベルリン国際映画祭に輝いているし、『酒国』『豊乳肥臀』『白檀の刑』など多くの作品が日本でも紹介されている。メディアの下馬評も非常に高い作家だった。

 意外だったのはその後、授賞を批判する記事が次々に出たことだ。反体制派のアーティスト艾アイ未ウエイ未ウエイはツイッターで授賞批判を辛辣につぶやき、09年の受賞者で、チャウシェスク政権下のルーマニアからドイツに亡命した女性作家ヘルタ・ミュラーも「莫言氏は(中国政府による)検閲を称賛しており、授与決定は破滅的だ」と痛烈だ。

 選考委員に、莫言の出身地である山東省関係者から書画や古書が贈られたという報道、中国政府からスウェーデンへの公共投資を今回の授賞と結びつける報道もあった。スウェーデンの公共放送が「賞を選考するスウェーデン・アカデミーの委員の一人が莫言氏の親しい友人だった」として公正さを疑問視する声も報じた。

 「親しい友人」と書かれた中国文学の専門家が選考にかかわり、中国語圏の文学者が短期間に二人(もう一人は00年に受賞したフランス国籍の詩人高ガオ行シン健ジェン)受賞したのは事実だが、それは莫言個人が批判されることではないだろう。遅かれ早かれ授賞は当然と考えられる作家のひとりだっただけに、気の毒に思えた。

 体制内作家と批判されることに対し、莫言は「私の作品を読めば、どれだけリスクを取って、圧力の下で書いているかわかるはず」と反論している(12年10月13日、朝日新聞)。『豊乳肥臀』などの作品は国内で発禁処分を受けているし、『蛙鳴』からは中国の一人っ子政策への強い批判が読み取れ、「よく中国で発表できたなあ」と思う内容だ。

 授賞式を前にした記者会見では外国人記者から中国の人権状況や言論の自由についての質問が相次いだが、西欧の作家からの厳しい反応を知ってか知らずか検閲を空港の手荷物検査にたとえて「チェックは必要だと思う」と発言したり(12月8日、読売新聞)、中国の改革派知識人がノーベル平和賞を10年に受けた劉リュウ暁シャオ波ポーの釈放を求める手紙を出したことについて聞かれ「私は言いたいときに言いたいことを言う。(同調して署名しろと)強制されるなら、私は絶対にしない」(12月7日、朝日新聞)と言ったりするなど、人前で話すのはあまり上手ではないのかもしれない。「言う莫なかれ」を意味する筆名はだてではないようである。

■フォークナーとマルケス 川端康成も文学の触媒に

 ノーベル文学賞では初めてとなる中国籍受賞者への注目度は非常に高く、「授賞式で燕尾服を着るのか、民族衣装である漢服を着るのか」とか、話題となるのは作品とは関係のないことばかりで、現代中国で作家として生きるのは何と大変なことかと思わされる。

 莫言といえば、フォークナーやガルシア=マルケスの影響を受けていることで知られる。二人ともノーベル文学賞の受賞者だ。比較文学者の張競さんによれば、『百年の孤独』が中国語に翻訳されたのは1984年。ガルシア=マルケスがノーベル賞を受けた2年後で、莫言自身が「目から鱗が落ちるような経験であった」とエッセーに書いているそうだ。『赤い高粱』が「人民文学」誌上に発表されたのはその2年後のことである。

 莫言の翻訳者である吉田富夫さんが雑誌「歴史通」(ワック出版)13年1月号の対談で、やはりノーベル賞受賞者の川端康成からの影響を紹介している。

 1984年に莫言は『雪国』を読んだ。

 〈「黒く逞しい秋田犬がそこの踏石に乗って、長いこと湯を舐めていた」という一文を読んだとき、わたしの脳裏に電光石火のごとくにある着想が浮かんだ。すぐさまペンを取り上げたわたしは、原稿用紙に次の文句を書いた。

 『高密県東北郷原産のおとなしい白い犬は、何代かつづいたが、純粋種はもう見ることが難しい』

 この一句は、本書の『白い犬とブランコ』の冒頭に収まっている。それがわたしの小説に「高密県東北郷」なる文字が現れた始まりで、それからというもの「高密県東北郷」がわたし専属の文学領土となった〉

 フォークナー、ガルシア=マルケスだけでなく、川端康成をも触媒として生まれた固有の「文学領土」なのである。文革の影響で十分に学校教育を受けられなかった莫言にとって、こうした作品が受賞をきっかけに中国語に翻訳されたことはどれほど大きかっただろう。

 日本の書店では海外文学自体があまり売れず、12年刊行の『蛙鳴』ぐらいしか見かけなくなっていた氏の小説だが、ノーベル賞を機に、続々復刊、増刷されている。自分の読書の領域を広げ、未知の世界をうかがう絶好の機会と、とくに若い人がとらえてくれたらと思う。

    ◇

佐久間文子(さくま・あやこ)

文芸ジャーナリスト。1986年京都大学文学部卒業。同年朝日新聞社入社。2011年に退社するまで、文化部、AERA、週刊朝日などで、文化、文芸・出版関係の記事を担当。読書欄編集長も務めた。現在は、フリーランスとして、月刊誌や書評誌などに、本の話題を中心に執筆中。

本稿は朝日新聞の専門誌「Journalism」1月号より収録しています

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