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公権力介入を防ぐ第三者機関 有効性と課題を改めて考えた

臺 宏士(毎日新聞社会部記者)

 2012年は、新聞社が設けている第三者による救済機関の機能について考えるべき問題事が二つ起きた。一つは、朝日新聞出版が発行する「週刊朝日」(12年10月26日号)が橋下徹大阪市長の出自を取り上げた佐野眞一氏らの連載「ハシシタ 奴の本性」を巡り、親会社の朝日新聞社の第三者機関「報道と人権委員会」が11月12日に見解を公表したケース。委員会は「出自を根拠に人格を否定する誤った考えを基調としている」と厳しく指摘した。10月16日の同誌発売と同時に橋下氏が激しく反発、朝日新聞社の取材を拒否して、大きな注目を集めた。週刊朝日編集長の更迭と連載中止、委員会の見解公表、朝日新聞出版社長辞任まで1カ月足らず。朝日側の一連の対応に対して、橋下氏は「すべて理解し、納得した」と述べた。

 法務省訓令に基づき各法務局が行っている人権侵犯事件調査は、報道機関を除外していない。「調査処理規程」22条は特別事件として、「新聞、雑誌その他の出版物、放送、映画、インターネット等による名誉、信用等の毀損又は重大なプライバシー侵害」、「同和問題に関する人権侵犯」など11分野を列記している。橋下氏がこの制度に基づき申し立てを行っていた場合、勧告など厳しい判断を示された可能性は否定できない、と考えている。報道と人権委員会が乗り出し、法務省当局などからの行政介入を招くことなく、報道・表現にかかわる名誉毀損・プライバシー侵害の問題について社会が注目するなかで、迅速に一応の決着に導いたことは、新聞社が設けている救済機関の存在意義を示したと言える。

 もう一つは、兵庫県尼崎市の連続変死事件で、毎日新聞を含めて複数の新聞が事件とは関係のない同市の50代の別の女性の顔写真を角田美代子容疑者(死亡)として掲載したケースだ。各社とも女性が相談した弁護士からの指摘を受けて紙面で謝罪をしたが、女性側からみて新聞社の救済機関を利用しやすくするにはどうするべきかという課題を突きつけたように思う。第三者による救済機関は、NHKと民放が設けている放送倫理・番組向上機構(BPO)と異なり、新聞各社が個別に設けている。当然、窓口は別々だ。今回のように複数の社が同じ誤りをした場合、各社ごとに申し立てる必要があり、負担を感じる人もいるだろう。名称も毎日新聞社の「『開かれた新聞』委員会」など、各社さまざまだ。約40社が設けているが、権限を含めて統一的な運用基準を申し合わせているわけでもない。女性は第三者として弁護士を選んだが、新聞社の救済機関が活用されるべき典型例であったと思う。

■新聞社の救済機関をもっと使いやすく

 表現に関する自主規制機関は、映画界で1956年に識者ら外部委員による映倫管理委員会(映倫)が発足したのが先駆けだ。日活ロマンポルノ作品を巡り、映倫関係者がわいせつ図画陳列ほう助容疑で警視庁に逮捕された事件では、東京地裁が78年に「判断にあたっては映倫の審査を尊重するのが妥当」と述べて、無罪とした。

 出版業界ではいわゆる有害図書問題を抱えており、各都道府県は条例で有害図書指定制度を設けている。これに対して、業界の自主規制として、表紙に「成人向け」などとした「マーク」を印刷する制度が導入(コミックが91年、雑誌は96年)された。18歳未満が中身を立ち読みできないようにするシール止めの方法も04年に始まった。東京都では自主規制対象となった本を不健全図書指定の対象外とする運用が定着している。

 放送界では、いわゆる「椿発言」(93年)をきっかけにBPOの前身となる「放送と人権等権利に関する委員会」(BRC)が97年に設けられた。新聞界は、00年から01年にかけて、毎日(00年10月)と朝日(01年1月)が救済機関を設けたのが始まりだ。

 メディア規制法案と呼ばれた個人情報保護法(01年3月国会提出、03年5月成立)や人権擁護法案(02年3月提出、廃案)が政府内で検討されていたことが背景にあるなど、メディア界の自主規制は法規制と無縁ではないが、一方で表現の自由を守る社会制度として定着している仕組みもある。

 昨年9月19日、政府は、差別表現を規制する人権委員会設置法案などを閣議決定し、11月9日に衆院提出したが、法案は審議未了のまま衆院解散に伴い廃案になった。法案は、2条1項で「何人も、特定の者に対し、不当な差別、虐待その他の人権を違法に侵害する行為をしてはならない」とし、2項で「社会的身分(出生により決定される社会的な地位をいう)」について「何人も、不当な差別的取り扱いをすることを助長し、又は誘発する目的で、容易に識別することを可能とする情報を文書の頒布掲示その他これらに類する方法で公然と摘示する行為をしてはならない」と明記した。対象の典型例は、同和地区名を字名まで記載した書籍の出版だ。人権委員会が調査した結果、人権侵害行為だと認められた場合、勧告や告発できる権限がある。

 一方、20条2項は、「事件の実情に即した解決を図るのにふさわしい他の手続を行う機関があると認めるときは、当該相談をした者に対し、当該手続に関する情報を提供するものとする」と規定。同省担当者は「機関」には新聞社の救済機関も含む、と説明している。

 昨年12月の衆院選で自民党が公表した「政策BANK」では、「民主党の『人権委員会設置法案』に断固反対。自民党は個別法によるきめ細かな人権救済を推進します」と明記された。安倍政権下で同様の法案が再提出される可能性は低いとみられる。しかし、救済機関を、公権力による介入を防ぐための社会制度にふさわしい内実を備えたものに、どう整備していくか。法規制の動きとは別に新聞界挙げて取り組むべき課題だ。

臺 宏士(だい・ひろし)

毎日新聞社会部記者。1966 年埼玉県生まれ。早稲田大学卒。90年毎日新聞社入社。著書に『個人情報保護法の狙い』(緑風出版)ほか。

本稿は朝日新聞社が発行する専門雑誌『Journalism』2月より収録しています。

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