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「祭り」の標的となった中日新聞 記事自体に問題はなかったか?

小島一彦(中日新聞社編集局編集委員)

 「ネトウヨ」。最近よく耳にする言葉だ。インターネット上の掲示板などで勇ましい右翼的発言をする、あるいはそれを支持する人たちを「ネット右翼」といい、略して「ネトウヨ」。最初は熱帯魚の一種かなと勘違いしたが、同僚に聞いてその意味を知ったのは半年以上前のことだ。

 実際、「ネトウヨ」とはどんな人たちなのだろう。街中を練り歩く右翼団体の街宣車に乗っている迷彩服の人たちとも違うような気もする。ネット上のバーチャルな空間で、それも匿名だからこそ存在するのかもしれない。

 定義はともかく、その「ネトウヨ」に中日新聞は最近、相次いで標的にされた。昨年暮れに自民党が政権に返り咲き、安倍晋三氏が再度首相の座に就いた。新政権が誕生すると、東京新聞(中日新聞東京本社)特報部が取材する恒例の記事に新内閣の命名がある。「安倍新内閣 名付ければ」が載ったのは12月27日付朝刊で、名古屋本社発行の中日新聞にも同日掲載された。

 毎日見開きで掲載される特報面は東京新聞のいわば”売り”のひとつだが、中日新聞ではこのうちメーン記事を独自に組み直して同日または少し後に掲載している。従って東京の紙面と名古屋本社発行の紙面では、レイアウトがかなり違う。今回、「ネトウヨ」の種になったのは中日新聞のほうだった。

 標的となったその記事は、1ページの上8段をすべて使い、安倍首相が笑顔で手を振っている全身像の写真をコラージュで中央に配置し、その周りに、命名案を見出しというより正札のように貼り付けた。「逆戻り」「そつなくまとめてみました」「福島圧殺」「まぐれ敗者復活」「改憲」「学力低下」「ネトウヨ」「厚化粧」「極右はしゃぎすぎ」「国防軍オタク」―。

 一読して、よくこれだけコキ下ろしたものだ、と思うのは私だけではないだろう。少しは評価する命名はないの?と首をかしげてしまった。だが、本文を読むと、その理由は明快だ。作家の高村薫や宮崎学、金子勝・慶応大教授、大田昌秀元沖縄県知事、政治評論家の森田実、エッセイストの北原みのり、國分功一郎・高崎経済大准教授ら各氏のほか脱原発団体の代表などもいる。いずれも脱原発、反自民、護憲の色彩が強い人たちばかりだから、当然といえば当然の紙面だろう。

 この記事が出ると、すぐにネット上で”祭り”が始まった。記事の写真が掲載され、あちこちの掲示板で「反日新聞」「マスゴミ新聞」などの書き込みが拡散した。と同時に編集局読者センターには苦情の電話とメール、ファクスが殺到した。

 「頭にきた。新聞を破り捨てた。購読をやめる」(名古屋市、30代男性)、「新聞によるいじめだ」(津市、40代女性)、「批判の限度を超えている」(京都、50代女性)など、電話138件、メール・ファクス437件もの声が寄せられた。

 一本の記事でこれだけ反応が大きかったのは近年まれだという。なかには「思想的に右翼」と自称する50代男性が「安倍氏に関する記事でヒステリックに批判するネトウヨがいるが、真の愛国者ではない。賛成一色では怖い。スパイスがあってよかった」と、妙なほめ方をする例もあったが、これは極めて少数派で、記事に対する不快感を示す意見が大勢を占めた。

自らの足元を検証し議論できる環境を

 この一件が冷めやらぬなか、今度は明けて1月29日付夕刊の1面コラム「夕歩道」が標的になった。

 日銀の物価2%目標の意味を問うもので、最後のセンテンスに書いた「調子に乗りすぎるなよアベノミクス」が火に油を注いだ。またもネット掲示板などで”祭り”が始まり、読者センターにも苦情の電話やメールが寄せられた。読者からの声は「ヤンキーが使う言葉で新聞記者が使う言い回しではない」「ヤクザの捨てぜりふ」など、表現の不適切さを指摘する意見が多かった。さらに中日新聞のエリア外である大阪府の40代女性からは「知人宅で読んだ。この政策を支持していない者からみても、違和感を覚えた」と耳を傾けるべき意見もあった。

 中日新聞は以前から日常的に「反日新聞」「『中』国人民『日』報」など決まったパターンでネット掲示板の標的になってきた。しかし、これらの書き込みを読むと、針小棒大な書き込みが大勢を占め、初めから”たたく”ことが目的になっている。この手の中傷は弊社ばかりではなく、全国の新聞がなんらかの標的になっていると考えられる。

 今回、これら2つの事例を挙げたのは、ネット掲示板で騒がれる以前に、記事そのものが問題を内包していたと考えるからだ。

 例えば安倍内閣のネーミング記事は、明らかにバランスを欠いていた。コキ下ろしばかりでなく、評価する側の命名案も載せるべきだった。同時に、内閣命名案という古い手法の記事が今でも必要だろうかとも思う。確かに安倍内閣に批判的な人が読めば、痛快な命名に溜飲を下げるかもしれない。だからこうして記事を提供するのだ、というのはマンネリズム以外の何ものでもないし、新聞社側の傲慢ではないか。

 また、「夕歩道」の一件は、論説委員から提稿された編集局側で、あの表現について疑問がなかったのだろうか。あっても遠慮したのだろうか。もし、疑問を自ら封じたのであれば、問題だろう。そもそも最後の言い回しは必要だったのか。いかにも付け足しの一文のような気がしてならない。

 新聞をはじめ既存メディアへの信頼が大きく揺らいでいる。記事の表現やレイアウト、バランスなど、少しの”揺れ”が信頼に大きくヒビを入れる。そこが”祭り”の種にもなりかねない。まず自らの足元を検証し、編集局内で自由闊達な議論ができる、新聞社本来の社風を絶やしてはならない。

    ◇

小島一彦(こじま・かずひこ)

中日新聞社編集局編集委員。1951年長野県生まれ。青山学院大学卒。中部読売新聞社(現・読売新聞中部支社)を経て84年中日新聞社入社。文化部次長、放送芸能部長、大阪支社編集部長などを経て現職。

本論考は朝日新聞の専門誌『Journalism』3月号より収録しています

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