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ユーザー1億人突破が意味するLINEの可能性とは

高木利弘(株式会社クリエイシオン代表取締役)

 IT革命によってマスメディアからネットメディアへのパラダイムシフトが起きているのは紛れもない事実だが、ネットメディアの中においても、これまで何回もそれは起きている。

 その代表例は、グーグルに敗れたヤフーであろう。ネットメディアの主役は、ディレクトリ・サービス(目次型)から検索サービス(索引型)へと移っていった。とはいえ、そのグーグルもまた安泰とはいえない。人々がフェイスブックなどグーグルの検索が及ばないソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)の世界に滞留する時間が増えているからだ。

 そして、このSNSの世界でも下克上が起きている。米国ではマイスペース(MySpace)、日本ではミクシィ、そして韓国ではサイワールド(Cyworld)といった往年の覇者がフェイスブックに敗れていった。では、そのフェイスブックがネットメディアの主役として盤石の地位を築いたかというと、そうとも言えない事態が起きている。

 現在、世界10億ユーザーを擁するソーシャルの覇者フェイスブックに対して、真っ向勝負を挑む有力な新興勢力、LINEが登場してきたからである。

 LINEは、一般的に「無料通話・無料メール」サービスと呼ばれる。通信事業者を問わず、どのスマートフォン、携帯電話、パソコンであっても、定額の通信料の範囲内で電話やメール(実際は「吹き出し」を使った会話のような短いメッセージのやりとり)を楽しめるのが特徴で、サービスを開始してから約19カ月後の2013年1月18日、世界1億ユーザーを達成した。これは、ツイッターの約49カ月、フェイスブックの約54カ月に比べても驚異的な早さである。

フェイスブックに挑むLINEの強みとは

 では、このLINEの登場は、ネットメディアにおけるどのようなパラダイムシフトを意味しているのであろうか?

LINEの普及状況を示す同サイトの図。いかに世界で急激に利用者が増えたかが明らかに分かる

 第1に言えることは、「オープンなソーシャルからクローズドなソーシャルへ」という転換である。この背景には、いわゆる「フェイスブック疲れ」という現象があった。フェイスブックのように誰彼なくつながるオープンなソーシャルに辟易する人が増え、本当に親しい人と気兼ねなく会話ができるクローズド・ソーシャルへのニーズが高まっていたのである。

 LINEは、無料通話を前面に打ち出し、これにいわゆるインスタントメッセージをセットにすることで見事にそのニーズに応えた。考えてみれば、無料で何時間も親しい友人や恋人と長電話をすることができ、簡単にチャットを楽しめる(しかも、そこに見ず知らずの人が割り込んでくる心配がない)というのは、お喋り好きのティーンエイジャーや女性にとってこの上なく理想的なサービスであるに違いない。

 とはいえ無料電話には昔から有名なスカイプがある。にもかかわらず、なぜスカイプではなくLINEが支持されたのか?

 それは、スカイプがパソコン向けのサービスとしてユーザーIDとパスワードを要求する仕様であるのに対して、LINEが電話番号の認証だけですぐ使えることが大きい。ここに第2のパラダイムシフトがある。LINEは、スマートフォンが爆発的に普及する、いわゆるモバイルシフトに合わせて、そこに新たに参入してきた一般ユーザーが簡単に使える無料電話サービスを提供し成功を収めたのである。

 第3のパラダイムシフトは、LINEが日本発のソーシャルであるというところにある。LINEを開発したのは韓国系IT企業NHN Japanであり、純国産と言うのは正しくない。しかし、開発には多くの日本人スタッフが参加し、日本的なデザインセンス、マーケティングが大きな効果を発揮しているのである。たとえば、メッセージに入れて楽しむ絵文字などには、日本の携帯電話で培われたノウハウが生かされている。

 LINEの開始は、10年3月にスタートした同様のサービスである韓国のカカオトークから遅れること1年3カ月後の11年6月だ。両者のサービスは極めてよく似ているのだが、LINEが世界1億ユーザーであるのに対してカカオトークは世界7000万ユーザーと、普及スピードではLINEのほうが上回っている。

 両者を比較すると、先述した電話番号だけで認証を済ませられる点や、アイコンの可愛らしさ、デザインのシンプルさ、そして随所にほどこされた遊び心など、いわゆる「ユーザー体験」の点でLINEのほうが優位に立っていることが分かる。LINEユーザーのうち日本国内ユーザーは4100万人と立派なマスメディアに成長しており、その影響力は計り知れず、メディア業界にも大きな影響がでるかもしれない。

 このところ、フェイスブックやユーチューブなど米国発の有力ネットメディアが「ユーザー体験」の点でもマーケティングの点でも、かつての勢いを失っているのは確かであり、LINEが本当に次のネットのパラダイムシフトを起こせるかどうかが注目されている。

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高木利弘(たかぎ・としひろ)

株式会社クリエイシオン代表取締役。マルチメディア・プロデューサー。1955年東京都生まれ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業。「MACLIFE」などのIT系雑誌編集長を経て、96年より現職。近著は、『The History of Jobs & Apple』(晋遊舎)、『ジョブズ伝説』(三五館)、『スマートTVと動画ビジネス』(インプレスジャパン)など。

本稿は朝日新聞の専門誌「Journalism」4月号より収録しています