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電子書籍ブームで広まる「自炊」 代行業は合法的なビジネスになるか

植村八潮(専修大学文学部教授)

 電子書籍ブームとともに、ユーザーによって所有する書籍や雑誌をスキャンして電子化する「自炊」が広まった。この結果、ユーザーの依頼を受けて安価に多量にスキャン処理する代行業者も数多く誕生した。

 電子書籍ブームの鬼っ子とも言うべきスキャン代行業者をめぐっては、違法性が強いとされている。業者を撲滅する訴訟活動も続いてきたのだが、ここにきて新たな動きが始まった。業者によるスキャン代行を可能にする道筋を検討するため、日本文藝家協会、日本写真著作権協会、日本漫画家協会、ヤフー(株)が幹事団体となって3月26日に「Myブック変換協議会(蔵書電子化事業連絡協議会)」が発足したのだ。すべてのスキャン代行業者を違法として撲滅するのではなく、健全なビジネスにしようという提言である。主に著作者団体を中心とした、代行業者への呼びかけといえる。

 一方、このテーブルに着く形ではなく、スキャン代行業者側からも業界ルールを検討するための業界団体が準備されているという(朝日新聞5月15日付朝刊)。設立準備の中心となっているのはブックスキャンである。同社は零細企業が多い同業者の中では大手に属し、係争中の訴訟被告ではない。個人だけではなく様々な事業者からスキャンを請け負っている実績もあり、また、以前から著作権者や出版社に対し「権利者への将来的なスキャン分配金」を検討していると伝えている。

代行業者を悪者にしてすまされるか

 自炊については、自分の蔵書を自ら電子化する分にはまったく問題がないし、個人が自分で使うためであれば、図書館から借りた本を電子化したとしても著作権法上の「私的使用」の範囲と言われている。個人が自ら楽しむためにレンタルショップでCDを借りて自分でダビングしたり、借りた本をコピーしたりするのと同じである。

 書籍を裁断し、電子化するにはそれなりの投資とノウハウが必要である。瞬く間に代行業者が増加したのも宜うべなるかな。だいたいにおいて隙間産業は、合法性がグレーのまま野火のごとく広まるものである。ご多分に漏れず、自炊代行業は2011年に百社を超えたと言われ、著作権者や出版社にとって看過できない状況となった。

 ひとたび電子化されれば、デジタルデータの特性として、劣化することもなく容易に複製される。海賊版ビジネスによる違法アップロードだけでなく、何らかの不具合や不注意でネットに流出したとしても、完全に消すことは不可能である。出版業界では懸念する声が強く、さらに著作権者や出版社にとって、スキャン代行業が新たな収入源に繋がらないパラサイト的なビジネスである点も、感情的な抵抗感を強くさせている。

 11年9月、出版社と作家が連名で、スキャン代行業者に対して質問状をおくった。今後も事業を継続すると回答した2社を同年12月に著名作家7人が提訴した。このときは判決前に被告が廃業するなどして訴えは取り下げられた。グレーな決着となったこともあって、その後も新規参入が続いた。今度は違法性を明確にしようと12年11月に同じ作家が7社を提訴し、現在係争中である。

 一方、読者の視点で考えると、自炊はすでに市民権を得たといえる。支持層は大きく二つある。部屋を占領する蔵書に悩まされてきた愛書家と、読みたい電子書籍が少ないと感じた読者である。確かにコミックを除いた文字系電子書籍に限れば、累計発売点数でも書籍の年間発行8万点に追いついてはいない。

 まだまだ少ない電子書籍の刊行点数を補うかのように、自炊も一般化したのだ。朝日新聞にも「身の回りの電子化」というタイトルで「自炊」が取り上げられていた(13年4月26~29日付朝刊)。生活面での解説記事だったこともあって、定着したなと感じた次第である。

 出版社にとって電子出版ビジネスが重要性を増す一方で、読者の間でも端末を用いた読書が定着してきた。当面、読者の自炊も続くだろう。係争中の裁判が仮に著作権者の勝訴となっても、あくまで被告7社の事業に対する個別事例である。今後、一切のスキャン代行業者がなくなるとは考えにくい。

 こうなると自炊とその周辺ビジネスを整理する必要がある。今のところ代行業者を悪者にする傾向があるが、読者が受け入れた自炊なのだ。やり方によっては、合法的なビジネスになる道があるかもしれない。Myブック変換協議会の提案は、スキャン代行業者を健全なビジネスにし、著作物流通システムに取り込もうという点で、画期的ともいえる提案である。

 4月19日に同協議会が行ったシンポジウムで、日本写真著作権協会常務理事である瀬尾太一統括は「紙メディアと電子化メディアが共存できるスキーム」として蔵書電子化を積極的にとらえ、「メリットは大きいが、違法流通のおそれもあり、電子化済みの書籍を廃棄するなどの基本的なルールを策定し、スキームを作る必要がある」とした。その上で「法律上、違法ではないとしても、好ましくない方向があるはずだ」と発言し、著作権流通システムにパラサイトしつつ収益が著作者や出版社に還元されていない新業態として新古書店を例にあげ、スキャン代行業が同じ道をたどることへの懸念を表明した。むしろ認知することで対価を回収したいということである。

 実現には多くの課題がある。そもそもユーザー自身が自分でスキャンしていれば合法的であり、かつ著作権者には1円も入らないのだ。明確な損害はないのである。膨大な点数になる書籍や雑誌の網羅的な登録も困難だろうし、著作者の声が揃うとも思えない。困難を承知の上で新業態を取り込んでしまおうという前向きな姿勢である。権利者と業者に挟まれた形となった出版社は、どのように対応するのかが問われている。

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植村八潮(うえむら・やしお)

専修大学文学部教授、(株)出版デジタル機構取締役会長。1956年千葉県生まれ。東京電機大学工学部卒。東京経済大学大学院コミュニケーション研究科博士後期課程修了。著書に『電子出版の構図』(印刷学会出版部)。

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本稿は朝日新聞の専門誌「Journalism」6月号より収録しました