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日本も学ぶべき点が多い ネット選挙で先行する米韓

高木利弘(株式会社クリエイシオン代表取締役)

 4月19日に「インターネット選挙運動解禁に係る公職選挙法の一部を改正する法律」が成立し、7月の参議院選挙からインターネットを活用した選挙運動、いわゆる「ネット選挙」が全国的に解禁されることになった。

 実際には、電子メールによる選挙運動は候補者と政党に限られ、一般有権者は禁止されているなど、全面解禁とはいえない内容ではあるが、それはさておき、「ネット選挙」は日本の政治をどう変えていくのか、先行する米国と韓国の事例をもとに考えてみよう。

米国は大統領選でオバマ陣営が先行

 米国では、インターネット草創期から電子メールやウェブを活用した選挙運動が活発に行われてきたが、大きな転機となったのは、オバマ大統領が誕生した2008年の大統領選挙だった。「ネット選挙」で初めてソーシャルメディア(SNS)を本格的に活用し成功したのだ。

 プロジェクト・リーダーにはフェイスブックの共同設立者であるクリス・ヒューズ氏が就き、若くて優秀なエンジニアがボランティアとして数多く参加した。そして、彼らが構築した「My.BO(マイ・ドット・バラク・オバマ)」というSNS機能を備えた公式サイトは、電子メールや、1ドルから献金できるネット献金システム、ツイッター、フェイスブック、ユーチューブといった外部のサービスと連携するなど、当時考えうる最高水準の「ネット選挙」システムを実現した。

 オバマ陣営はこのMy.BOによって、有権者と密接な会話を行い、イメージアップを演出し、数万人におよぶボランティアの組織的な選挙運動を展開し、莫大なネット献金を集めた。その結果、オバマ氏は365人の選挙人を獲得し、173人のマケイン氏に圧勝した。とはいえ、得票率の差は、オバマ氏が52%に対してマケイン氏は47%と、決して圧勝と言えるようなものではなかった。しかしネットを選挙に活用することで、若者やマイノリティーの積極的な投票行動を促すことができなければ、結果は違っていたかもしれない。

大統領選向けの集会で演説するオバマ米大統領=2012年8月9日、米コロラド州プエブロ 大統領選向けの集会で演説するオバマ米大統領=2012年8月9日、米コロラド州プエブロ

 次に、12年の大統領選では、共和党ロムニー陣営もSNSを取り入れ、その点では互角であった。しかしながら、同じSNSの活用といっても、オバマ陣営のそれは前回よりもはるかにスケールアップしていた。いわゆる「ビッグデータ」と呼ばれる巨大なデータベースを構築し、選挙運動全体の有機的連携を実現していたのである。

 ビッグデータには、それまで散在していた有権者に関するあらゆる情報が集積され、有権者一人ひとりについて、どの候補者をどれくらい支持しているか、どのような働きかけをすればオバマ支持に回る可能性が高いかといったことが、こと細かく分析され、対策がとられていた。たとえば、各地のボランティアは、どの有権者にどのような電話をかけ、戸別訪問をしたらいいかといった行動計画を「オバマ・フォー・アメリカ」のサイト上で立案し、実行した結果を共有できるようになっていた。

 選挙活動はいまや有権者に各人に実際にコンタクトする「地上戦」、メディアを通じた「空中戦」、そしてネットを通じた「サイバー戦」という3本立てだ。オバマ勝利の要因は、その3作戦いずれでもロムニーを上回り、特に「地上戦」の成功が大きかったといわれている。

韓国大統領選では若者を動かす

 一方、韓国では12年1月に「ネット選挙」が解禁され、この年の大統領選で大々的に展開された。

 この選挙では、中高年層に支持された保守系与党セヌリ党の朴パク槿ク恵ネ氏が、若者に支持された民主統合党の文ムン在ジェ寅イン氏を破って当選した。

 若い人気アーチストたちが、自分が投票したことを示す「認証ショット」を次々とネットにアップするなど、若者による選挙運動が盛り上がりを見せたが、戦争経験のある中高年層がそれに危機感を抱き、主として(韓国版LINEと言われる)カカオトークを使って連絡を取り合い、若者以上に積極的な投票行動をとったことが、朴槿恵氏の勝因であったといわれている。投票率は、19歳+20代65・2%、30代72・5%、40代78・7%、50代89・9%、60代以上78・8%と、中高年層の高さが際立っている。

 こうした米国や韓国の事例が示すように、日本でも「ネット選挙」が解禁されることによって、若者が自ら選挙運動に参加したり、投票したりする傾向が強まり、それが中高年層を刺激して、多くの有権者がより主体的に政治に関わる機運が盛り上がってくることが予測される。

 今回、日本初となる「ネット選挙」への各政党の対応はまちまちだ。5月28日のNHK「ニュースウォッチ9」の報道によれば、自民党は候補者への書き込みを常時監視し、誹謗中傷や炎上に即座に対応することに注力しており、民主党は有権者の意見を政策に反映させること、公明党は新たな支持者の獲得に重点的に取り組んでいる。

 日本維新の会は、どちらかというと消極的で、大掛かりなネット対策は行わない方針である。フォロワー100万人を超える橋下共同代表の発信力頼みということだが、従軍慰安婦問題をめぐる発言が支持率低下に結びつく誤算となっている。

 対照的なのは、その日本維新の会との選挙協力を解消したみんなの党。ビッグデータを積極的に活用し、有権者の関心に沿った政策提案に生かそうとしている。その他の党も、程度の違いはあれSNS、動画、ストリーミング配信に力を入れると表明している。

 いずれも手探り状態といったところではあるが、初めてである以上、それもやむを得ない。「ネット選挙」が、投票率低下に歯止めをかけ、もっと有権者の声が反映される政治への転機となることを期待したい。

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高木利弘(たかぎ・としひろ)

株式会社クリエイシオン代表取締役。マルチメディア・プロデューサー。

1955年東京都生まれ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業。「MACLIFE」などのIT系雑誌編集長を経て、96年より現職。近著は、『The History of Jobs & Apple』(晋遊舎)、『ジョブズ伝説』(三五館)、『スマートTVと動画ビジネス』(インプレスジャパン)など。

本稿は、朝日新聞の専門誌「Journalism]7月号(7月10日発売)より収録しています