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誰もが「読書」を楽しむために 電子書籍だからできること

植村八潮(専修大学文学部教授)

 電子書籍はビジネス市場での期待が先行しがちだが、読者の中にも普及を心待ちにしている人たちが多数いる。なかでも視覚障害者たちは、電子書籍によって読書行為が容易になると期待をよせている。

 印刷書籍をそのまま読むことが難しい障害のある人は、視覚障害者だけではない。ディスレクシア(読み書き障害)に代表される発達障害者や、本のページをめくることが困難な肢体の不自由な人たちもいる。

 原因は先天的なものだけでなく、加齢や病気、事故などさまざまである。年齢がいってから視力を失った人にとって、点字をマスターすることは容易ではない。ボランティアに頼る読書支援にも限界がある。欧米では、このような紙に印刷された文字の読書に何らかのバリアを感じている人の問題を、プリントディスアビリティ(PD:Print Disability)と呼んでいる。

 電子書籍であれば、文字の拡大だけでなく、TTS(テキストツースピーチ)と呼ばれる音声合成を用いたテキストの読み上げや、弱視者にとって読みやすい文字と地の反転(白黒反転)などが自由にでき、読書の幅を格段に広げることができる。

 TTSによる読書支援については、パソコンや電子機器が普及した1980年代から、さまざまなシステムが開発されてきた。パソコンなどの汎用ソフトだけでなく、音声点字携帯機器やデジタル録音図書システムの専用機器も開発されている。

 ただし、それぞれ一長一短があり、パソコンソフトは価格面に優れるものの携帯性に劣り、設定にコンピューターの知識が求められる。専用機器は使いやすいものの、パソコンソフトに比べ高価にならざるを得なかった。

 この数年来の電子書籍ブームは、一般読者を対象としているため市場が大きく、コンテンツ数を飛躍的に増大させ、電子書籍端末や高機能なタブレットPCの低価格化を促した。昨年頃からは、スマートフォンによる電子書籍の読書が急速に広まっている。PDの人たちから期待がよせられるゆえんである。

 従来の読書とは異なり、電子書籍は情報機器で表示される。読むために情報リテラシーが必要で、一般にはデジタルデバイド(情報格差)を生むと指摘されがちである。図書館の研修会などで電子書籍について話をすると、高齢者には扱いにくいのではないかと、よく質問がでる。

 これは食わず嫌いみたいなもので、むしろ電子書籍だからこそ誰にでも読書を提供できるのだ。図書館は、TTS機能を利用して、アクセシブルな(誰もが利用しやすい)読書環境をいち早く整備すべきだろう。

 電子書籍端末にはTTS機能を標準装備した機種もあり、対応する電子書籍の数が増えるのにともない、読書しやすくなる人の幅は格段に広がる。専用機に比べ価格の安いスマートフォンの普及も、この傾向を後押しすることになる。しかし、電子書籍端末がすべてアクセシビリティ(使いやすさ)を保障しているわけではなく、コンテンツやソフト、さらには専用端末ごとに操作も異なっている。

 またアップルのiPadに加え、マイクロソフトのウィンドウズ8がタッチスクリーンインタフェースを導入した。キーボードとは異なり、ディスプレー画面は平滑で凸凹がないため、全盲の人には使いづらい構造となっている。操作の音声ガイドがしっかりしていなければ、結局使い物にならないのだ。

 視覚障害者の立場で、どのような機能が使えるか、十分な検証や整理がなされていないのが現状である。

日本語対応の端末はまだ少なく使いづらい

 コンピューターの基本ソフト(OS)のユーザー補助機能としては、アップルの「ボイスオーバー」、グーグルの「トークバック」、ウィンドウズ8の「ナレーター」などがある。設定すれば、テキストの音声読み上げや音声ガイドが使えるようになっている。背景には障害者への支援が手厚い諸外国の社会風土がある。98年に米国リハビリテーション法第508条が改正され、障害者に対応しない電子機器を政府機関が導入してはいけないという規制も導入された。

 電子書籍端末では、2007年11月に米国で発売されたキンドルがオーディオ出力を備えていた。ただし、これは米国で普及するオーディオブックをダウンロード購入して聞くための機能だった。専用端末にTTS機能が標準搭載されたのは、09年に発売されたキンドル2からで、購入した電子書籍の英語音声読み上げが可能となった。

 その後、TTS機能がオーディオブック市場に影響を与えることを懸念した全米作家協会からの申し入れにより、作家の許諾があった作品のみTTS対応となった。米国では伝統的にオーディオブックの市場が大きいのだが、この数年市場規模が縮小傾向なのは、電子書籍の影響もあるかもしれない。

 だが日本では、日本語の音声読み上げ機能を備えている電子書籍端末はまだ少なく、法律的手当も出来ていない。

 そこで視覚障害者に集まってもらい、電子書籍端末を操作して音声環境を試してもらった。やはり快適な「読書」のためには、音声の質(流暢さ)が重要視された。ほかにも解決すべき課題はいくつもある。

 目指すべきところは、PDの人が、人の支援を得ることなく自立的に電子書籍を入手できることである。現状では、電子書店での購入や図書館での借用の際に、TTS対応コンテンツなのかどうかがわからないのだ。

 一つの漢字にさまざまな読み方がある和文は、英文に比べ、音声の読み上げが難しい問題もかかえている。だが多少コストがかかったとしても、日本でもすべての人が読書にアクセスできる環境づくりを推進すべきである。それこそが電子書籍という〝新しいかたちの本〟の大きな役割の一つだと思う。

     ◇ 

植村八潮(うえむら・やしお)
専修大学文学部教授、(株)出版デジタル機構取締役会長。
1956年千葉県生まれ。東京電機大学工学部卒。東京経済大学大学院コミュニケーション研究科博士後期課程修了。著書に『電子出版の構図』(印刷学会出版部)。

本論考は朝日新聞の専門誌『Journalism』12月号から収録しています

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