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ヒットが相次いだ2013年 それでも本が「売れない」事情

星野渉 文化通信社取締役編集長

 出版社の経営は、それまでどんなに苦しくても、一発の大ヒットで好転してしまうことがままある。よく「出版は博ばく打ち」と言われるゆえんである。

ヒット連発の講談社が18年ぶりの増収

アニメ「進撃の巨人」から、壁を超え人を襲う巨人=(C)諫山創・講談社/「進撃の巨人」製作委員会 アニメ「進撃の巨人」から、壁を超え人を襲う巨人=(C)諫山創・講談社/「進撃の巨人」製作委員会

 日本を代表する大手出版社の講談社は、これまで17年間にわたって減収を続けてきたが、2013年度(12年12月1日~13年11月30日)は18年ぶりの増収、そして増益を確保する見通しだという。これもコミックスの『進撃の巨人』(諫山創)や、百田尚樹の『海賊とよばれた男』と『永遠の0』の大ヒットによるところが大きい。

 『進撃の巨人』は、昨年テレビアニメ化されたこともあって、12巻累計で2800万部と大ブレーク。『海賊とよばれた男』は本屋大賞を受賞し、百田氏が「直木賞よりすばらしい賞」と発言したことも朝日新聞などで大きく報じられ、上下巻累計で170万部。さらに百田氏の既刊文庫であった『永遠の0』にも飛び火し、年末の映画公開に向けて450万部に達した。

 講談社は、昨年3月頃までは、女性誌「Grazia」「GLAMOROUS」の2誌休刊を発表するなど、厳しい見通しだったが、『海賊とよばれた男』が本屋大賞を受賞した4月ごろから様相が一変したという。

 昨年は、同社以外にも、ドラマ「半沢直樹」のブレークで、池井戸潤の原作文庫『オレたちバブル入行組』が年末までで131万9000部、『オレたち花のバブル組』(いずれも文藝春秋)は119万部、そしてこれらの続編にあたるダイヤモンド社『ロスジェネの逆襲』も100万部と、単行本としては著者初のミリオンセラーに達した。

 ミリオンセラーが阿川佐和子『聞く力』(文藝春秋)の1点にとどまった12年とは対照的に、文芸作品の大ヒットが相次いだ1年だったといえる。

前年からの変調覆せず書籍全体ではマイナス

 これだけヒットが出たのだから、さぞや出版業界は景気がよいのだろうと思われるかもしれないが、実は市況は必ずしも良くないのである。

 出版科学研究所によると、1~11月の書籍・雑誌販売状況は、書籍が前年同期比1・5%減、雑誌が4・5%減で、合計すると3・1%減。通年でいずれの分野もマイナスになることは間違いない。

 雑誌の低迷は1997年以来ほぼ一貫しており、今のところ回復の兆しは見えない。一方、これまでマイナス傾向とはいえ、そこそこ堅調であった書籍市場だが、12年頃から変調を来し始めているようにみえる。

 大手取次各社によると、書店店頭での書籍販売実績が、毎月、前年比で6~7%落ちているというのである。12年はミリオンセラーが1点にとどまったため、「売れ筋の不在」が販売不振の原因とされたが、これだけヒットが相次いだ昨年も、相変わらず店頭のマイナス傾向は続いているという。

 ヒットがあったにもかかわらず、書籍全体が1・5%減ということは、ヒット作以外のベースとなる書籍がいかに売れていないかということであろう。

客単価は変わらないが本を買う人が減った

 書店の販売データをみている取次各社によると、実は一人の客が一度に購入する金額「客単価」は下がっておらず、購入する客の数「客数」が減っているという。文庫など価格が安い本が多く買われれば「客単価」は下がるので、「客単価」は需要を直接表す指標とはいえないが、「客数」は需要そのものである。この指標が下がるということは、本を買う人自体が減ってしまっていることを示している。

 12年から急にこうした傾向が出てきたことについて、直接の原因はわかっていない。電子書籍の市場が立ち上がり始めたとはいえ、まだ書籍市場全体に影響を及ぼすレベルではない。むしろ、電子書籍のプロモーションが確立されていないため、紙の本が売れないと電子書籍は売れないという状況である。

 気になるのは、最近の通勤電車でみる光景だ。以前なら、新聞や雑誌、文庫、新書を手にする人が多かった車中で、ほとんどの人がスマートフォンやタブレットをのぞき込んでいる。そう考えてみると、書籍の市況に変調が現れ始めた時期は、スマートフォンが各世代に急速に普及していった時期と重なる。

 短絡的にこれらの現象を結びつけるのは危険だが、余暇時間の奪い合いという観点から考えると、少なくとも都市部では移動時間の使い方がシフトしていることだけは確かであろう。

ついに書籍市場にもデジタル化の影響か

 このコラムで何度が触れてきたように、ピーク時に比べて販売部数が半減した雑誌は、明らかにその役割のある部分がインターネットや携帯電話・スマートフォンに移ったことで、市場が縮小している。

 これに対して、88年に市場のピークを迎えた書籍は、国内市場が飽和し、日本全体の景気変動に準じる形で推移してきたとみることができる。もし、12年以来の書籍市場変化の原因が、スマートフォンをはじめとした電子機器への余暇時間の移行であるとしたならば、いよいよ書籍市場にもデジタル技術の影響が現れ始めたということかもしれない。

 こうした状況に対して、出版業界では店頭イベントなど、書店に人々を誘引しようとする試みが始まっている。書店はかつて「黙っていても人が来る」といわれ、入店客数の調査すらほとんど行ってこなかったが、メディア間の競争の中で、そういってはいられなくなってきた。デジタルの影響とは、何も電子書籍へのシフトだけではないのである。

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星野 渉(ほしの・わたる)
文化通信社取締役編集長。
東洋大学非常勤講師。1964年生まれ。国学院大学卒。共著に『オンライン書店の可能性を探る』(日本エディタースクール)、『出版メディア入門』(日本評論社)など。

※本論考は朝日新聞の専門誌『Journalism』2月号から収録しています。同号の特集は「『だってネットに出てたもん』を考える」です