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まず疑え。そして考えよ。 流れに抗して進む、戦争を阻止する覚悟を持ったジャーナリストになろう―『Journalism』3月号から―

原寿雄(元共同通信編集主幹):聞き手=松本一弥『Journalism』編集長

 ―NHKの新会長になった籾井勝人氏は1月25日の就任会見で、従軍慰安婦問題について「この問題はどこの国にもあったこと。ヨーロッパはどこでもあった。なぜオランダには今も飾り窓があるのか」と発言しました。

 また、「会長の職はさておき、韓国は日本だけが強制連行をしているみたいなことを言うからややこしい」などと述べ、記者から会長会見の場であることを指摘されると、「全部取り消します」と自らの発言をその場で取り消しました。 さらに、昨年末に成立した特定秘密保護法については「通っちゃったんで、言ってもしょうがない」とし、国際放送に関連しては「政府が右と言うことを左と言うわけにはいかない」などと述べました。

 放送法は、NHKを含めた放送事業者に「政治的公平性」を義務づけていますが、それを軽々と踏みはずした発言に対し、国内外からは強い批判の声が上がっています。新会長は辞任を否定して「職責を全うしたい」としていますが、一連の発言をどう聞きましたか。

  新会長は、就任会見に向けて少しは考え、失言のないように準備してくるかと思ったら、我々国民はやっぱりバカにされているんですね。 甘く見られているわけです。そこにいた記者団も甘く見られていたということに、もっと怒るべきです。そういう感じを受けました。

 ―新会長によってジャーナリズム自体がなめられている、と。

  そういうことですね。1月29日付の朝日新聞にも出ていましたが、「考え方が政府寄りで公共放送トップにふさわしくない」などの批判がNHKに数多く寄せられ、「支払いを拒否したい」などの受信料についての意見も1千件近くにのぼったということで、それが今後どういう動きになっていくか注目しています。

 ─新会長の就任に先立ち、昨年11月には安倍首相に考え方が近いとされる人たちが、NHK会長の任免権などを持つNHK経営委員になりました。

「放送を語る会」が配ったビラ

  そのことに対し、NHKのOBが多く参加している「放送を語る会」は1月14日、「放送の自主・自立の危機に際してNHKで働くみなさんに訴えます」というビラを配りました。全国各地で大きな反響があったようです。ビラは次のような内容です。

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 「NHKの最高議決機関である経営委員会に、時の権力者を明らかに支持し、関係が深い人物が4人も送り込まれた、という事態は、戦後のNHKの歴史の中でも異例のことです。こうしたあからさまな政権側の動きの背景には、NHKの、原発事故や、貧困、格差問題を扱った番組に、政権内部から不満、反発の声があると、多くのメディアが報じています」 「NHKの最高の倫理は、政治権力からの自主・自立です。(略)私たちは、政権の圧力に屈せず、事実の取材を通じて社会の真実を明らかにするみなさんの努力に期待しています」

 こうしたビラを配らざるをえないほど人々が危機意識を強めていたさなかに、いくら「個人的な意見」だとしても、あんなことをいっていいとNHKの新会長が考えたこと自体、時代錯誤もはなはだしい、お粗末な話です。新会長は一般人としても、公人としてはもちろんのこと、非常識な人ですね。公共放送の最高責任者に就任するには不適格な人だといっていいのではないでしょうか。

NHKは国営ではない NPOに近い民間組織だ

 ―NHKには「NHKスペシャル」を始め、時代の本質をえぐり出すような素晴らしい番組を作り続けている人たちがいます。その一方で、報道や制作現場ではこれまで以上に萎縮ムードが強まっていると聞きますが、原さんはNHKの組織形態について国民の間に誤解があると指摘されていますね。

  NHKのことを国営の組織だと勘違いしている人が非常に多いのです。NHKは税金によって運営されている国営放送ではなく、視聴者の分担金で運営される特殊法人。NPOに近い民間組織です。

 ところが例えば1997年のNHK世論調査によると、「NHKは国営の機関」と答えた人が29%、「半官半民の団体」と答えた人が22・9%で、「特殊な公共的事業体」と正しく回答した人は34・7%しかいませんでした。つまり、50%ほどの人がNHKを国営だと勘違いしているわけです。

 今のNHKは、基本的には国や政府とは関係がない組織です。だから本来は、NHKはNPOの総会を組織し、受信料を分担する視聴者が代表者を選出して、運営にしても予算にしてもそこで決めて経営されるべきなんです。ただそれをやるには大変な手間やお金がかかることもあって、NHKの予算は国会の承認を必要とするなど、業務を国会に代行させている。

 それでも本質論でいえば、NHKは自主的で公共性の強い放送局であるべきで、つまりはNHKは視聴者のものなのです。

 ―原さんは著書『ジャーナリズムの可能性』の中で、「NHKをどう改革するかは、視聴者の、視聴者のための、視聴者による自主的な議論でなければならない」と書かれています。

  その点が重要です。安倍政権はNHKを思い通りにできると勝手に思っているのかもしれませんが、それは錯覚だということを何らかの形で教えなければいけない。

 いずれにせよ、公共放送としてのNHKを守るという意味では、これまでは国民も関心がなさすぎましたが、今後は「NHKよ、もっとしっかりしろ」と視聴者の方から積極的に声を上げていくべきです。NHKがこのまま「強い政権にはひれ伏す」ということがないよう、視聴者や国民が見守っていかなければなりません。

 ―NHK新会長の発言については、時の政権との距離を置くことに腐心してきた英国の公共放送BBCも「衝撃」と報じました。

「公共放送の骨っぽさ」 BBCはNHKと違う

  歴史的にも政権と対峙する姿勢を示してきたBBCは、NHKとはまったく異なる組織です。

 82年のフォークランド紛争のときにはサッチャー政権と対立してサッチャー首相が怒るといったことがずっと続いてきた。BBCには「公共放送の骨っぽさ」が伝統的にあります。

 本来、公共放送のトップは、政治的な圧力などのプレッシャーを外部から受けた場合、組織を代表して自ら胸を張り、壁になって抵抗するという役割を果たすべきものなのです。BBCは政府と対立しても一歩も引かず、トップが辞任させられてもいます。

 ―2003年のイラク戦争をめぐるブレア政権とBBCの対立がそうでした。最終的にはグレッグ・ダイク会長らトップ二人が引責辞任するという事態に追い込まれ、「全面謝罪」を表明したBBCは発足以来最大の危機を迎えましたが、その後の歴史はBBCの報道が正しく、ブレア政権が間違っていたことを証明しています。

 イラク戦争を検証するため、10年にロンドンに行ってダイク氏にインタビューしましたが(『55人が語るイラク戦争 9・11後の世界を生きる』岩波書店)、「BBCは政府に媚こびへつらうような組織ではない。あくまで国民のための組織なのです」と語ったダイク氏の毅然とした態度が強く印象に残っています。

「日本はすでに準戦時体制に入った」

 ―一方、昨年末には「国家安全保障会議」(日本版NSC)が立ち上がり、特定秘密保護法も成立しました。

  NSCと特定秘密保護法が成立したということは、「日本がすでに準戦時体制に入った」ということを意味すると私は見ています。

 つまりNSCの本質は、準戦時の総司令部が設置されたということです。

 NHKとNSCの関係について一言触れておくと、NHKは放送法によって予算と人事権を政権党に握られています。それに有事の際の指定公共機関となっているので、戦時や準戦時の際にはNSCの基幹放送として、「戦時ジャーナリズム=戦時広報」のリーダーの役割を担うことが懸念されるのです。準戦時には情報統制が強まり、戦時になれば戦時報道は「究極の発表ジャーナリズム」に陥ることが過去の歴史で証明されています。特定秘密保護法とNSCができたことを踏まえれば、そうした事態まで見通してNHK問題を考える必要があるということです。

 私はこれまで、「日本のジャーナリズムの状況は1931年の満州事変の直前ぐらいまで来ているのではないか」と指摘してきました。満州事変後のわずかな期間にジャーナリズムを取り巻く状況がいかに激変したかは、昭和の歴史を振り返れば一目瞭然です。

 だからこそ今、人によっては大げさに聞こえるかもしれませんが、日本と日本のジャーナリズムが直面しているほんとうの危機について警告を発しているのです。

NSCの審議状況をメディアは検証せよ

  問題は、NSCという総司令部がどんな構成で、どういう運営をされていくのかがわからないままに法律ができ、活動を始めてしまったことです。

 NSCが扱う情報は、米軍情報や米中央情報局(CIA)の情報など、アメリカからの情報が圧倒的に多いでしょう。けれどもそのアメリカの情報をチェックするだけの能力が日本のNSCにあるのか、その点を国会で議論すべきだと私は指摘してきました。ところが法案は審議不十分のままあっという間に成立してしまった。メディアはNSCの審議状況をきちんと報道すべきだったし、今からでも検証すべきだということをいいたい。

 また、03年のイラク戦争のとき、日本はアメリカの情報でイラクへ自衛隊を派遣したわけでしょう。そもそもイラク戦争に踏み切ったときのアメリカの説明は「イラクには大量破壊兵器があり、フセインはアルカイダとつながっている」というものでしたが、あとからそれらの情報は全部でたらめだったことが発覚しました。

 ―コードネームが「カーブボール」だった亡命イラク人のでっち上げ情報に、ドイツ連邦情報局(BND)が乗っかり、それがCIAなどに流れて、結果的にイラク戦争の開戦の理由に使われるというお粗末さでした。

  インチキな誤情報を受けて日本が初めて「海外派兵」してしまったという問題を、日本の政府や国会は検証すらしていません。イラク戦争の轍を踏まないためにも、NSCは情報の判断をどうやって行うのか、イラクのときの間違いをいかに防ぐのかを国会で議論すべきだし、メディアはこの問題を厳しく検証すべきです。

特定秘密保護法は反民主主義そのもの

 ―特定秘密保護法は、秘密の内容を検証する独立した機関はなく、何が秘密に指定されているのかさえわかりません。指定期間は最長60年で、それを超える例外も認めています。

  過去に何があったのか、どんな経緯で秘密を指定したのか、歴史事実をあとから十分に検証できなければその国には民主主義はないも同然です。

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 その意味で、特定秘密保護法は「反民主主義」そのものです。

 現実の国際関係で、防衛や外交などの分野で政府が秘密を必要とする場合は「特殊時限的例外」としてその秘密の範囲を厳しく限定した上で、それらを管理するチェック機関が不可欠です。しかしこの法律には実質的にはチェック機関がなく、官僚の恣意的判断に委ねられる形になっています。

 「秘密保全の法律がない方がおかしい」という「国際スタンダード論」がさかんにいわれましたが、これは都合のいいところをつまみ食いしたずさんな論です。情報公開こそ世界の大勢なのに、日本の場合はアメリカよりも30年以上も遅れてようやく情報公開法ができた現実を無視している。

 秘密保全法制をめぐり、アメリカでは国立公文書館付の情報保全監察局長が「第三者」としてチェックを担当し、秘密解除の権限も持っています。

 秘密指定文書についても自動解除が原則で、秘密指定に関する異議申請については上訴委員会が裁定する仕組みを導入しています。「国際スタンダード論」は、こうしたアメリカの制度の実態をきちんと見ていない。

アメリカの要請に便乗した法律

 ―特定秘密保護法が成立した背景には、07年8月に日本とアメリカの間で締結した「軍事情報包括保護協定」(GSOMIA)があります。

  この協定によって、軍事情報を保護するレベルをアメリカ並みに厳しくすることが求められました。だからこの協定ができた時点で、特定秘密保護法の成立が当然予想されたコースではあったと思います。

 ただ、単にアメリカからの要請があっただけでなく、安倍政権はそれに便乗する形で、一国の自主的な力だけでは中曽根政権時代もできなかった法律を、治安維持法的な部分なども含めて一気に作ってしまった。

 民主党政権時代からの秘密保全法の動き、特に11年の有識者会議の報告書の狙いは明白だったのに、新聞・放送が問題の重大性に気づいたのは昨年10月ぐらいからでした。不勉強の責任は大きいですよ。その後も公安警察が実務上の主役を担う点など、ほとんど指摘されていません。提案担当者たちの〝治安隠し〟〝警察隠し〟が功を奏している、と私は見ています。

 ―法案に対するメディア各社のスタンスは「賛成」「反対」に二分され、政権にいいようにコントロールされていた部分がありました。

  報道の自由の危機を感じない大新聞があって、新聞が分裂したのは、日本のジャーナリズムの権力寄り体質を露呈してしまう結果となりました。国際的な信用を落としたと思います。特定秘密保護法は拡大解釈はしないと言うのも信用できません。歴史を振り返れば、初めはソフトに適用し、次第に取り締まりを強めていき、最後は初めの政権が考えなかったような内容にまで拡大解釈してきたことがよくわかります。

役所の中に生まれる「三猿主義」

  これからの役所は、これまで以上に秘密中心で動いていくでしょう。「あくまで秘密を守る」人たちが役所の中で一番発言権を持つ主流派になる。

 戦時中は「見ざる、言わざる、聞かざる」の3匹の猿を描いたポスターが貼られていました。役所の中もこの「三猿主義」に陥り、事実上の箝口令を敷いてものをいわなくなる。そんな事態が各役所に出現するのではないかと心配しています。

 私がもう一つ心配するのは、どこのメディア企業も熱心な「コンプライアンス運動」についてです。

 何しろ法令順守主義ですから、秘密保護法も法律ではあるから「コンプライアンス順守で法律に従え」となりかねない。地雷原に足を踏み入れまいとして、「危ないから役所が発表するものだけ書いておけ」ということになりませんか?

 コンプライアンスが過度に進んだ結果、ジャーナリズムが衰退していくということを恐れています。発表ジャーナリズムばかりやっていれば、ジャーナリズムは情報源が発表したいものだけを伝える「情報運送業」になり下がってしまう。そんなメディアの姿は、例えば酔っぱらいが帰宅途中にカギを落とし、街灯の下ばかり捜す姿に擬せられたりします。通りがかった巡査が「このへんに落としたのですか」とたずねたら、「ここは明るくて捜しやすいから」と答えたという。ジャーナリズムの怠慢であり、堕落です。

 特定秘密保護法があるからといってジャーナリストが取材で萎縮したら、敗北だ。「知る権利に応える必要がある」と記者が判断したら淡々と取材をして報道するという、ジャーナリストの志を貫いてほしい。特定秘密保護法のような歴史的悪法にジャーナリズムが殺されてはなりません。

 ―原さんは「真実追求というジャーナリズム本来の使命を果たそうとすれば、『非国民』と批判される時代が刻々と近づいていると見ておく必要がある」と話しています(「世界」14年1月号)。具体的にはどういうことですか。

「近未来の戦死者への弔問」とジャーナリズムの覚悟

  安倍首相は昨年末に靖国神社に参拝しました。なぜ行ったのか。

 私は「近未来の戦死者への弔問」だと考えています。靖国へ国のトップが参拝することで、「自分は自衛隊に入って仮に戦死したとしても靖国神社に奉ってもらえる、国民を代表した首相が弔問に来てくれるような死に方なのだ」と、安心して死ねる雰囲気を作るためのものではないでしょうか。

 国家主義的な安倍政権は「戦争ができる国をつくろうとしている」と僕は見ています。近い将来、自衛隊と中国軍の間で不測の事態が起きるかもしれないし、戦争になってもおかしくない状況になりつつあることを考えると、政権を批判するジャーナリストはかつてのように「非国民」と呼ばれるようになるのではないか。「首相の靖国参拝を非難する者は非国民だ」という批判も出てくるかもしれない。

 私がいいたいのは、ジャーナリズムもこうした事態を踏まえた「先取りの覚悟」が必要な時代が来た、ということです。世論から「非国民」と批判されても耐える覚悟があるか、ジャーナリストは問われている。同時に、戦前のような事態を再現させないためにも、ジャーナリストはこれまで以上に少数意見を尊重、報道する慣行を確立しなければならない、といいたい。

 ジャーナリズムは世論を無視していては成り立ちませんが、世論迎合は危険です。主体性を確立し、しかも独善に陥らない自戒が不可欠です。つまりはジャーナリストであるということに対し、これまで以上に覚悟が求められる時代に入ったということなのです。

 一つ目の覚悟は、今いった「〝非国民〟の批判に耐えつつ、戦争を阻止する覚悟はあるか」ということ。

 二つ目は、「新自由主義を主流とする現代世界は弱肉強食のジャングルの法則が横行し、1%のリッチと99%のプアを生み出している中、弱者の側に立つ覚悟はあるか」。

 そして三つ目は、「デジタル時代のジャーナリズムの将来性に賭けられるか。メディア産業の構造変化に耐えて、ジャーナリストの志を貫く覚悟はあるか」ということです。

 メディア各社の社員数も激減するかもしれない。それに耐える覚悟があるのか。そういうこともしっかり考えた上で、若い人はジャーナリズムの世界に入って来なければいけません。

ジャーナリスト志望者へ 「まず疑え! 考えよ!」

 ―原さんが指摘された「準戦時体制下」にあって、そうした覚悟はいよいよ大切ですね。最後に、ジャーナリストを目指そうとしている若者たちへのメッセージを改めてお願いします。

  岩波現代文庫から出した自分史『ジャーナリズムに生きて』の最後に「私のジャーナリズム哲学」として21カ条掲げました。それも踏まえつつ挙げてみると、第一は「まず疑え! そして考えよ! 疑問力を養え! 自分の正義感も疑え!」。私は「よい答えはよい質問からしか出てこない」という考えです。そのことからいって、まずは疑問を持てということ。疑問を持たない者にはジャーナリズムの世界に入ってもらう必要はないという意味です。

 二つ目は、「国籍を超えよ」。

 一つだけ例を挙げると、69年、サッカーのワールドカップ中米予選のときに、サポーター同士の争いから、エルサルバドルとホンジュラスが戦争になったんです。ナショナリズムはそれほど過激になるし、戦争にもなりうる。国籍から生まれる偏狭なナショナリズムのなれの果てはそこまでいく。だから注意をしろという意味です。

身捨つるほどの祖国はありや

  この間、京都で秘密保護法の勉強会をしたとき、若い人が「原さんには愛国心がないのですか」と聞いてきました。そこで私は「愛国心はない。しかし愛国心を持ちたくなるような祖国をつくるということについてはそれなりの努力をしたいし、しているつもりだ」と答えました。寺山修司の短歌に「マッチ擦るつかのま海に霧ふかし身捨つるほどの祖国はありや」というのがありました。そういう心境だよといったんです。

 私の基本は「私は日本人に生まれてきたのではない」ということです。私は人間として生まれてきたので、大きくいってしまえば「日本人というのはフィクションだ」といいたいぐらいのものだ、と。国籍から具体的に離れるのは難しいから、観念上、離れるのがジャーナリストの一つの条件だと思っているのです。

 20世紀は戦争の世紀で、どの国も正義を掲げて戦争をしてきた。ゲリラも正義を掲げている。だから正義は国の数だけあるし、ゲリラの数だけある。 だからこそ自分の正義感も疑うことが必要だし、そのためには国籍を離れてものを考える癖をつけなければだめだ、というのが私の考え方です。

かつては皇国青年 靖国への道を歩んだ

  私は関東地方の貧しい小作農のせがれとして生まれ、農学校を出て国鉄品川駅の改札係になりました。そこから海軍士官を志して海軍士官養成学校の一つ、海軍経理学校に進み、いつの間にか天皇に身を捧げる皇国青年になって靖国への道を歩んだのです。

 我々のように最初から志願して行った人間は、靖国神社に直行の運命でした。それが敗戦後に報道人になったのは「戦争中、自分は人間として生きてこなかった」という反省があったからです。人間として自由に生きられる空気がほしいと思って、ジャーナリストを選んだ。

 だから「わが国」とは一切、縁を切ろうと考えて、原稿では一度も「わが国」とは書きませんでした。そういう経歴を持った、「わが国」との対立なんです。そこまでやるなんて神経が過敏すぎるといわれるかもしれないけれど、僕自身の中には、今もうっかりすると「わが国」と書いてしまうのではないか、「わが国の利益を守ろう」と無意識のうちに思い始めるのではないかという危機感があるのです。

 ―三つ目は何でしょうか。

  「ジャーナリスト人生をエンジョイしよう。おもしろくてやめられないはず。おもしろくできるはず」ですね。

 四つ目は、「左手でやりたくないこともやれ。右手でやりたいことをやるために」。つまり組織ジャーナリストは、やりたいことだけをやるわけにはいかない。やりたくないこともやって、それをきちんと果たした上で、自分のやりたいことをやる。それぐらいの余裕がない者は、いまもジャーナリストにはなっていないはずだ、と。

 五つ目は、「やりたいことをやるために職場を改善するのもジャーナリストの仕事。きみはお客として迎えられたのではない」。仕事のやり方も含めた職場の改善も、実はジャーナリストの仕事なんです。

 六つ目は先ほどもいいましたが、「少数意見は真実追求のために必要不可欠。報道上、バランスをとるためではない」。

 私の所にもよく電話がかかってくるんですね。「こういう点についてコメントがほしい」というから、「君はどう思うんだ?」と聞くと「私は考えたことがありません」と答えるんだね。そんなときは「自分で考えてから人にものを聞け」と言い返すんですよ。

社会的責任の大きさを自覚し、仕事に打ち込め

  七つ目は、「ジャーナリストは客席か楽屋にいるものだ。ステージに上がってはいけない。歴史をつくるのではなく、歴史の記録者だ」。

 このごろ、ステージに上がりたい人が多いでしょう。評論家になりたがっている。特にテレビの人に多いね。いつの間にか、テレビジャーナリストではなくてテレビタレントになってしまっている。

 八つ目は、「ジャーナリストは権力監視の番犬だ。番犬が居眠りしたり、ペットになったりしてはいけない」。

 九つ目は、「流れに抗して進む、生きた魚になろう。死んだ魚は流れのままに流される」。

 十番目は、「今日も誰かがどこかで冤罪のために苦しめられている。きみの怠慢のために─」。

 十一番目は、「誰をも喜ばせず、誰をも怒らせず、誰をも楽しませず、誰をも悲しませないニュースがあろうか。誰を安心させることもなく、不安がらせることもなく、励ますこともなく、落胆させることもない、そんなニュースはない」。

 つまりは社会的責任の大きさを自覚し、日々の仕事に打ち込めということです。 

     ◇

原 寿雄(はら・としお)
元共同通信編集主幹。
1925年生まれ。東京大学法学部卒。77年に共同通信編集局長、85年に専務理事・編集主幹。主な著書に『ジャーナリズムの思想』『ジャーナリズムの可能性』(いずれも岩波新書)、『原寿雄自撰 デスク日記1963~68 小和田次郎』(弓立社)など。

聞き手は松本一弥・『Journalism』編集長

※本論考は朝日新聞の専門誌『Journalism』3月号から収録しています。同号の特集は「ジャーナリストを目指すあなたへ」です