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公共図書館の電子サービス 普及には新たなルールが必要だ

植村八潮 専修大学文学部教授

 電子書籍の普及に伴い、公共図書館での電子書籍サービスに、ようやく広がりが見えてきた。

 今年4月、札幌市立中央図書館が、リニューアルオープンに合わせ、電子書籍サービスの本格的な運用を開始した。インターネットを通じて、札幌市に関連する本や道内の出版社の本など約2千冊の電子書籍の閲覧や貸し出しを行っている。

 これは2011年から足かけ4年にわたる電子図書館実証実験を受けた成果である。この実証実験では、地元・札幌の複数の出版社と連携して電子書籍を制作したり、「広報さっぽろ」など地域の行政資料をデジタル化したりしてきた。

 また、市民モニターを公募してタブレット型端末を貸し出したり、図書館内に常設の「電子図書館体験コーナー」を設けて電子書籍を読んだりする実験も行ってきた。

 図書館で提供できる電子書籍が少ない中で、「地域」からの情報発信を重視し、地元の出版社と連携することで、本格運用につなげたのだ。システム構築は大日本印刷が担った。同社はこれまで国内の約10館でシステム構築を手がけてきたが、今回はシステムを一新して取り組んだ。

事業継続が難しい公共図書館の電子化

 これまで公共図書館における電子図書館の実証実験は、何度も試みられてきた。だが、事業継続に至らなかった例が少なからずあった。昨年、「電子出版制作・流通協議会」が実施した調査によると、回答のあった主な公共図書館225館のうち、電子書籍サービスについて実施予定・検討中と回答した館は40%近くにのぼった。だが、実施館は8%にとどまっていた。

 また、全国にある公共図書館約3000館のうち、電子書籍サービスを手がけているのは現在、20館程度にすぎない。その中では、07年に全国に先駆けて電子書籍サービスを導入した千代田Web図書館(東京)、同館に続いて11年に導入した堺市立図書館(大阪)がよく知られている。だが、関心の高まりに比べて、実際の普及は広がっていないのである。

 前国立国会図書館長の長尾真氏が、京都大学工学部教授時代の取り組みをもとに『電子図書館』を執筆したのは1994年である。この間「電子書籍元年」というキャッチフレーズだけが、たびたび繰り返されてきたように、「電子図書館元年」も何度となく繰り返されてきたのである。

 例えば、2010年には、神奈川県の鎌倉市中央図書館が実証実験を開始し、翌11年には静岡県立中央図書館が「電子図書館体験プロジェクト」を実施した。だが、いずれも実際のサービス導入には至っていない。

 普及の阻害要因の一つに、コンテンツ確保の困難があげられる。書籍であれば、書店で読者に売ろうが、図書館が購入して利用者に貸し出そうが、有形物の取り扱いに違いはない。

 一方、電子書籍のコンテンツ点数は順調に増加し、インターネット上の電子書店での購読も一般化した。だが、単純にこれらのコンテンツは、電子書店に代わって図書館が提供できるというものでもない。現状の出版社と電子取次、電子書店間の契約は、販売を前提とした契約であり、貸出契約ではないからである。

図書館と出版社 利害と思惑がすれ違い

 電子図書館がどのような条件(期間、貸出回数など)で利用者に貸し出すかも含め、それに基づいた契約ルールが必要だ。

 公共図書館は、幅広く多様な資料を収集・提供するという役割を担っており、紙の書籍だけではなく、電子書籍の提供も当然求められている。一方、契約や利用のルールが定まらないうちに普及が進むことに、出版関係者の間には懸念もある。

 図書館の利用者は、紙の書籍と同様、電子書籍の館外閲覧が実施されれば、いつでもどこでも好きな本が読めると期待する。だが、著者や出版社は、無償での閲覧に強い懸念を持っているのだ。昨年10月、KADOKAWAと講談社、紀伊國屋書店が、学校・公立図書館向けの電子書籍貸出サービスを提供するために「株式会社日本電子図書館サービス(略称:JDLS)」を設立したのも、電子書籍の販売拡大を期待するだけでなく、契約ルールの主導権を取ろうという思惑があるからだろう。

 また、システムの標準化の遅れも阻害要因として指摘できる。公共図書館における資料の貸出システムは各館独自に発展し、構築されてきた。各館は、自館の運用方法に強いこだわりを持っており、そこにそのまま電子書籍の貸出サービスを組み込むことを求めている。

 これは電子書籍サービスのシステムを標準化することで、普及を早め、コストダウンを図りたい企業側の思惑と真っ向から対立する。図書館側にシステムの標準化の重要性が浸透していないのである。

 公共図書館は、収集した資料や書籍を自館の所有物として資産勘定に入れている。

 一方、大手企業との契約によって提供される電子書籍サービスの場合、新聞データベースなどと同様、外部情報源へのアクセス権の使用契約となる。有形の資料を収集するという概念は当てはまらない。公共図書館にとっては、制度や運用の見直しのハードルは高い。

 また、図書館の管理職は、紙の書籍より価格の安い電子書籍であれば、予算削減ができると期待しているように見える。一方、現場の担当者は、紙の本が電子に置き換わってしまうことに不安を感じている。

 現状は、図書館の電子書籍サービスをめぐって関係者の期待が空回りし、思惑が交錯する同床異夢の状態である。

 札幌市立中央図書館が電子書籍サービスを開始したことで、一つの革新が訪れたことは間違いない。電子図書館の普及に向け、関係者の合意形成が加速化されることに期待したい。

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植村八潮(うえむら・やしお)
専修大学文学部教授。
1956年千葉県生まれ。 東京電機大学工学部卒。 東京経済大学大学院コミュニケーション研究科博士後期課程修了。(株)出版デジタル機構・元取締役会長。 著書に『電子出版の構図』(印刷学会出版部)。

※本論考は朝日新聞の専門誌『Journalism』7月号から収録しています。同号の特集は「ビッグデータ時代の報道とは何か」です