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震災4年目に立ちはだかる「風評」の壁 見えない現実をどう伝えられるか

寺島英弥 河北新報社編集委員

 2011年3月11日の東日本大震災から3年余り。今年も「3・11」を過ぎると、東北の被災地は外から半ば忘れられた観がある。

 復興は進まず、人の流出が止まらず、地場産業再生は足踏みしている。要因の一つが、いまだ収まらぬ「風評」だ。

 福島第一原発の汚染水問題の影となって被災地にのしかかり、市場を遠ざける。その現実を、5月31日から河北新報社会面に『「風評」の壁 模索する浜』という6回の連載で紹介した。報道が新たな風評を生みかねない危うい現状で、生産者の苦悩と努力をどう伝え、どこにつなげばいいか。答えのない問題の難しさを感じた。「見えない被災」の存在を知ってほしい。

現場の苦悩を聞く

 「風評は一時の『風』でなく『壁』になった」と、東北の被災地の浜々で聞く。震災から3年余り。復興の希望を託す水産物の値が上がらず、市場が戻らない現実がある。福島第一原発の汚染水問題の影と苦闘しながら、なりわいの再生を模索する人々を追った—。

 こんなリード文の連載は、宮城、岩手、福島3県の沿岸の養殖漁業者、水産加工業者、漁協、魚市場、鮮魚店、東京の消費者団体など十数カ所を、4〜5月にかけて取材した。

 思い立ったのは3月15日、仙台市で開かれたシンポジウムへの参加だった。

 「『ひと』と『生業』の復興へのみち〜宮城の水産業の復旧・復興の今と未来を語る集い」というシンポには、同県漁協をはじめ水産団体のトップがそろい、口々に「風評の固定化」を語った。

 「浜や漁業の復興はいまだ道半ば。復興の努力にのし掛かるのが原発事故の風評だ。捕っても売れるのか、と漁業者自身も不安に思っている」

 「放射能が検出されないのに、西の産地の安い加熱用カキと同様の値を付けられ、震災後の市場回復ができないでいる」

 船戸隆平宮城県漁協専務の発言だ。震災前の10年度と比べ、生ガキ養殖復活後の13年度(今年3月まで)の平均単価は606円も安く、減収総額は14億7千万円に上った。

 塩釜市のかまぼこ製造業者の協同組合理事長、阿部善久さんはこう話した。

 「東北出身で関西に住む主婦から電話をもらった。うちの商品をスーパーで見つけ、友人に『食べて応援して』と配ったら、『東北のものはしばらく食べないことにしている』と言われた、と」

 会場の参加者からは「国がいくら『安全だ』と言っても、これまで(食品の放射能の安全基準などをめぐる)対応を二転三転させてきた国を信頼できない」との声が上がった。

 船戸専務は「地下水バイパス計画などの汚染水対策も、漁業者だけでなく、国民、消費者にじかに説明してもらい、納得を得ねばならないのに」と、国への不満を吐露した。

取材のきっかけ

 筆者は前年9月から、福島第一原発の汚染水問題と地元の試験操業の取材で、郷里でもある相馬市の浜に通ってきた。

 東京電力が同年7月22日に汚染水海洋流出を公表した後、相馬双葉漁協による試験操業のタコの取引値が名古屋市場で急落、漁協は苦渋の思いで出荷を断念した。水揚げ時の不検出の検査結果が続いており、明らかな風評被害と言えた。

 福島だけの問題ではないと分かったのは、シンポジウムに先立つ3月上旬。その前月、2度の南岸低気圧の大しけがあり、気仙沼市では養殖ワカメの8割が流される産地もあった、と河北新報が報じた。その後、「全国に影響する品薄なのに、ワカメの入札の値が全く上がらない」と聞かされた。仙台の知人で雑誌「婦人之友」記者、小山厚子さんの話だった。

 「十三浜わかめ」の名で知られる石巻市北上町十三浜に長年通い、震災後、壊滅状態になった浜から住民の生活を同誌で伝え続けて、生業復旧に読者の応援を呼びかけてきた。

 紹介された県漁協十三浜支所の運営委員長、佐藤清吾さん(72)を訪ねた。

 復旧した十三浜・大室漁港の朝6時の岸壁には、水揚げされたワカメをボイルする湯気が立ちこめていた。

 「ゼロから立ち上がった12年(収穫期は2〜3月ごろ)は10キロ当たり2万円台、13年も1万円台の値が付いた。が、今年は8千円台のまま。借金を抱え、油代も高く、やっていられない、という仲間もいる」と佐藤さんは語った。

 「汚染水問題が明るみに出てからだ。買い付け業者は前年のワカメの在庫が全くはけず、資金も意欲もないんだ」

「壁」は被災地全域に

 やはり津波被災から復旧した宮古市の重茂漁協。5月から出荷されるコンブの14年度出荷予定数量一覧に、対前年度の注文減を示す▲印が並んでいた。

 「湯通しこんぶ」が63・4%減、「湯通し塩蔵こんぶ」は54・5%減、「湯通し塩蔵刻みこんぶ」は69・5%減。

 「今までない、こんなに減ったのは。普通はない。これが風評。2億円の減収だ」と高坂菊太郎参事は言った。消費地である大阪、兵庫、広島などの問屋が軒並み注文を減らした。

 「春いちばん」のブランド名のワカメは、養殖施設壊滅から再出発し、14年産は震災前(約4千トン)の半分まで戻った。

 その間に安価な中国産が、11年だけで25万トンも輸入された。「ワカメも西日本の業者や学校給食から敬遠された。汚染水のニュースが止まらぬ限り、風評は続く」

 文部科学省は2月、風評対策として全国の学校給食で水産物などの使用自粛をしないよう通達したが、風評は市場の回復を阻む「壁」になっていた。

 塩釜市は、津波被災が石巻、気仙沼などに比べて小さく、主産業であるかまぼこ製造などの水産加工企業群がいち早く復旧した。

 「震災1年目から復興支援の注文も多く寄せられた。ところが、3年目には流通市場に商品を出せなくなった。関西の出荷先から取引を打ち切られた仲間の加工業者もいる」

 経営者の一人で、宮城県水産物流通対策協議会会長の水野暢のぶ大たけさんは訴えた。「福島も宮城も境がなくなった風評の固定化のためだ」

 別の加工業者は「風評で足踏みし、被災地から出荷が滞る間、全国のスーパーなどの売り場は、大手流通企業の安いPB(自社企画ブランド)商品などに取って代わられた」と話した。

 大きな販路だった中国、韓国などは原発事故後、日本の水産品の輸入停止を解いていない。原料も、漁自粛が続く福島県産の魚を使えず、輸入魚は高騰した。「県内業者の風評被害は総額560億〜700億円」と、同県水産加工業協同組合連合会の内海勝男会長(塩釜市)は、4月にあった同県議会復興・復旧特別委員会で訴えた。

 「業界は、独立独歩で得意先をつくってきた零細な規模の業者が大半。新しい対応が難しく、資金状態も心配だ」

払拭の責任は誰に

 連載では、八方ふさがりの状況で突破口を模索する浜の人々の努力も紹介した。

 石巻魚市場は汚染水問題を機に東北大と協働し、水揚げされた魚を1時間に1千匹、連続検査できる装置を今春、本格稼働させた。従来検体検査に加え、「汚染水報道が出るたび、消費者の反応は強まる。買いたたきの材料にもされる。一匹も見逃さずに監視する姿勢を、消費者にも業者にも見てほしい」と須能邦雄社長は話し、装置の費用5千万円の4分の1を負担(残りは国の補助)し、臨時職員を含め検査スタッフ7人を専従させた。

 石巻漁港では岸壁沈下の復旧が終わらず、水揚げも回復していない。後背地の水産加工団地も再建途上だ。朝6時に連続測定装置の試験を見せてもらいながら、「被災地がなぜ、風評払拭の責任とコストまで一身に背負わねばならないのか?」という疑問がわいた。

 いわき市四倉町の老舗、大川魚店の大川勝正社長は、店に「福島の地魚」コーナーを設けた。同市漁協が昨年10月に始めた試験操業で揚がった地魚を再び客に薦め、東京の福島フェアなどでも地魚の加工品を出して、安全性を説明しながら一からの開拓に挑む。

 石巻市北上町十三浜には、前述した「婦人之友」記者の報告記事を機縁に読者の支援の会「十三浜わかめクラブ」が生まれ、全国からワカメの注文が届いている。宮古市重茂漁協は、ワカメの共同購入で約30年の取引が続く「生活クラブ連合会」(本部東京)の変わらぬ支えをもらい、連合会も独自の厳しい検査体制で組合員の信頼に応える。

 石巻市の山徳平塚水産の平塚隆一郎社長は、工場を再建して間もない同業の仲間と分業で商品を作り、やはり同業10数社と「石巻被災企業『絆』復興企画商品」という共同事業を組んで、全国の応援フェアやネットで売り出した。閉じた流通市場の「壁」に穴を開ける試みだ。

 いずれも、被災地の外の消費者にじかにつながることで、距離が生む「風評」を乗りこえようとしている。しかし、震災前の生業の復興には遠く、個々の努力には限界がある。

 震災後の被災3県の浜を歩き、福島県の試験操業に専門家として関わる濱田武士東京海洋大准教授(漁業経済学)に、取材の最後に疑問を問うた。指摘されたのは、国の責任だ。

 「国は風評対策で最低限の仕事はしているが、安全への責任を漁業者、消費者に負わせているような内容だ。『痛みを分かっているのか』と浜の人々は言いたい」

 「問題解決を遅らせている一因が国の『縦割り』だ。省庁の縦割りの壁を超えて復興を一元的に支援するのが復興庁。汚染水対策の担当が同庁に設置されているが、被災地側からは風評対策を担う窓口が見えない。現実に風評が復興の壁である以上、責任を持って前面に出てほしい」

紙面とネットでの発信

 連載は、紙面と同時にニュースサイト「河北新報ONLINE」に掲載された。

 筆者はさらに、デジタル編集部が運営する被災地発の情報発信サイト「つむぐ 震災を超えて」(2876人登録)に毎日、転載させてもらった。

 紙面に登場した当事者たちからは「今や福島だけでなく、オール被災地で取り組むべき問題」「連載を読んだ経済産業省の担当者が事情を聴きに来た」「幅広い地域の実情を初めて知った」などの感想があった。

 同紙の発行部数は、震災による部数減少から回復途上で現在約45万部ある。が、風評をめぐる問題は、販売エリアの読者に共有されるだけではもはや足りない。情報が「壁」を超えなくてはならない。

 ネット版の記事は、初回(シンポジウムと石巻魚市場)が1846人、4回目(重茂漁協と生活クラブ連合会)は2709人の「つむぐ」登録者に読まれた。

 それらの記事から発せられたツィートをいくつか紹介したい。感想はさまざまだが、冷静な受け止めが多いと感じた。

 「国への不信が被災地の生産者に跳ね返ってるのかもな。弱いところへね」

 「現場で必死に続けている水揚げ後の検査など風評払拭の対策を、汚染水の報道とセットで伝えるべきではないだろうか」

 「『できる限りの対策を業者、消費者に見てほしいんだ』という願いは、本当に見てほしい人にほど届かない。それゆえ風評は続く」

 「いまも東北の産物に対し警戒感が強いのは事実、政府が安全というがハイそうですかとはゆかぬ」

 「こういう真摯で地道な取り組みも知ろうとせず、東北産ってだけで一律拒絶する連中は、もう情報弱者認定でいいだろ」

 「汚染水垂れ流しの海でとれた魚が風評ですって。実害でもなんでもフーヒョー」

 「『理解』といっても、放射性物質の『知識』を得るのは難しい。情報をもっとこまめにしてほしい」

 「『試験操業』の冠がなくなることがその先の目標。その日を願う」

 流通市場の「壁」の実態、当事者たちから語られた西日本の業者、消費者の声など、取材は手付かずのまま、現状報告で連載を終えざるを得なかった。

 被災地と「壁」の向こう側をつないで初めて、問題の全貌が誰の目にも見えてくるのだと思う。重い宿題が残った。

 ただ、はっきりしたのは、「報道が新たな風評を呼びかねない」と懸念し、問題に触れずにいれば、何も変わらないことだ。

 冒頭で紹介した仙台のシンポジウムの会場では、会場から「被災地の実情が外に伝わらなくなった」「分からないで不安がっている人が大勢いる」という声が上がり、「消費者同士のネットワークで伝えることも大事」「全国への発信を止めるな」との意見が賛同を集めた。

 地域と地域をつなぐメディア同士の協働に可能性はないか。

     ◇

寺島英弥(てらしま・ひでや)
河北新報社編集委員。
1957年生まれ。早稲田大学法学部卒。79年河北新報社入社。論説委員、編集局次長兼生活文化部長などを経て現職。著書に『シビック・ジャーナリズムの挑戦』(日本評論社)、『東日本大震災 希望の種をまく人びと』(明石書店)など。ブログ「余震の中で新聞を作る」。

※本論考は朝日新聞の専門誌『Journalism』8月号から収録しています。同号の特集は「科学報道はどう変わるべきか」です