2014年08月27日
オンライン書店のシェアが拡大し、電子書籍の市場が広がり始めている近年、リアルな空間で本を売る書店が存在意義を示せるのかが問われている。
そんな中、一つの試みとして、店頭で紙の雑誌や書籍を購入した顧客に、その雑誌や書籍の電子版を提供する「電子版バンドル」サービスが広がっている。
大日本印刷グループで、全国に約190店を展開する文教堂ホールディングスは、店頭で雑誌を購入すると、その雑誌の電子版が無料でもらえる「空飛ぶ本棚」というサービスを昨年12月、出版社10社と共同で始めた。
このサービスは、文教堂が開発した専用アプリをスマートフォンやタブレット端末にダウンロードし、対象の雑誌を購入した時にレジで渡されるチラシに印字されたダウンロード用コード番号を入力すると、電子版を読むことができるというサービスだ。
この電子版は、誌面をほぼそのままPDF形式で電子化したものが多い。広告面や著作権処理が難しい一部のコンテンツを除き、紙版と内容は変わらない。出版社が電子雑誌の配信サービス業者向けに提供してきたデータをそのまま利用できるため、参加へのハードルが低いというメリットがある。だが、紙版と同じものを付けて読者が喜ぶのかどうか、という疑問を持つ人も多いだろう。
ところが、電子版をバンドルした雑誌の売り上げが、前号や過去数号の平均値を上回った、と文教堂が発表すると、他の出版社からも注目を集めだした。現在、対象誌は100タイトルを超えるまでに拡大している。
同社は配信からアプリまでのシステムを独自に開発した。しかし、参加出版社から参加料を得るわけではなく、購入者に対しても無料で電子版を提供している。このサービスで同社が得るのは、対象の雑誌の売り上げが増えるということだけだ。
にもかかわらず、単独の書店が独自にシステム開発まで手がけてこの試みを進める背景には、20年余にわたる雑誌市場の縮小に対する危機感がある。
同社は1990年代にロードサイドの郊外型と呼ばれる店舗で事業を拡大してきた。そうした店舗にとって、雑誌は売り上げの大きな柱であり、集客力の源泉でもある。その雑誌が減ってしまったら、店舗の経営が成り立たなくなるのだ。
そのため、同社の嶋崎富士雄社長は出版社への説明会などで、「このままでは雑誌の市場が消滅してしまうという危機感からスタートしているので、当社での売り上げだけを伸ばしても意味がない。全国の書店で売り上げが増えなければならない」と話した。
ただ、「空飛ぶ本棚」の方式では、対象誌が増えると、どの雑誌にチラシを付けるのかを店頭で判断するのに時間がかかってしまう。また、雑誌とチラシを同時に店頭に届けるため、取次会社などの協力も必要となるという課題がある。
一方、東京の神田神保町に本店を構える三省堂書店は、今年に入って「デジプラス」というサービスを開始した。
こちらも雑誌などを購入した顧客に電子版を提供するサービスだが、店頭の作業を自動化するなど、より対象を拡大できる形にした。
三省堂書店は昨年春に日本雑誌協会が実施したバンドルサービスの実験に参加し、雑誌販売に一定の効果があることを確認した。同時に、手作業では対象の雑誌数と店舗数を拡大できないと判断し、約半年をかけて自動化システムを構築した。
もともと同社は、凸版印刷グループの電子書籍配信業者BookLiveと提携し、店頭で電子書籍販売に取り組んできた。この経験をいかし、「デジプラス」では雑誌のバーコードをレジで読み取ると、自動的にレシートと一緒にコード番号入りの用紙が出力され、オンラインでBookLiveに購入データが送信できるようにした。
こうすることで、レジの担当者が迷うことなく顧客にコードを手渡し、顧客はすぐにBookLiveから電子版をダウンロードできるようになった。
さらに、6月末には、全国でTSUTAYAを展開するカルチュア・コンビニエンス・クラブとBookLiveが、電子書籍と店頭を連携させる提携を結んだことを発表した。その中では、購入者に電子版を提供する「AirBook」というサービスも含まれていた。
「AirBook」では、三省堂書店の方式からさらに一歩進めた。レジで雑誌のバーコードとTSUTAYAの会員カード「Tポイントカード」を読み取ることで、コード番号を発行することなく、自動的に利用者の端末にダウンロードできるようにした。
この両社も、他の書店と共同で利用できる体制にすることを明らかにしており、勢力争いの様相も見せ始めている。
ただ、こうしたサービスを利用した読者が、どの程度、電子版をダウンロードしたのかを調べた結果、平均して購入者の5〜10%という数字だった。実際に利用している人は少ないのだ。店頭で雑誌の売れ行きが伸びたのは、「バンドルサービス」をアピールするために派手に陳列した効果だったとも考えられる。
それでも、本の購入者に電子版がダウンロードできるようにするシステムを開発したことで、今後、読者に特典を提供したり、ある本を買った人だけに広告を提示したりするといった、新しいサービスが可能になる。
電子版への対応という新たな環境での競争が、書店の店頭の付加価値を向上させる契機になるかもしれないのである。
◇
星野渉(ほしの・わたる)
文化通信社取締役編集長。東洋大学非常勤講師。
1964年生まれ。国学院大学卒。共著に『オンライン書店の可能性を探る』(日本エディタースクール出版部)、『出版メディア入門』(日本評論社)など。
※本論考は朝日新聞の専門誌『Journalism』8月号から収録しています。同号の特集は「科学報道はどう変わるべきか」です
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