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外交は生き物だと伝えるとともに読み物として面白い本を紹介しよう ―『Journalism』9月号から―

佐藤 優

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 外交は生き物だ。こういう基本的視座に立って外交を理解する場合に、必要な知識が二つある。第一が、国際政治の力関係に関する知識だ。第二が歴史に関する知識である。この二つの知識は密接に結びついている。

 国際政治の力関係に関しては、ハロルド・ニコルソン(斎藤眞/深谷満雄訳)『外交』(東京大学出版会)のような外交官になることを目指す学生が必ず読む古典や、外務官僚出身(前内閣法制局長官)の小松一郎氏(今年6月23日に逝去)による『実践国際法』(信山社)のような本を読むことが、最も手堅いアプローチと思う。

 しかし、この類の本は、率直に言って、面白くない。特に小松氏の『実践国際法』は、外務省の執務参考資料をそのまま活字にしたような内容なので、外交実務家や法律専門家以外は、退屈で通読できないと思う。本稿は、一般の読書人を想定して書いているので、外交が生き物であることを端的に伝えるとともに読み物として面白い本を紹介することにする。

インテリジェンスの内側の世界を代理体験

 まず初めにモサド(イスラエル諜報特務庁)の工作員で、エジプトに深く潜入することに成功したウォルフガング・ロッツの回想録『シャンペン・スパイ』(ハヤカワ文庫NF)を取り上げる。外交には、国際法に違反する活動が不可欠だ。そういう世界の現実を知るためには、優れたインテリジェンス・オフィサーの回想録を読んで、秘密の扉に閉ざされた内側の世界を代理体験すればよい。

 ドイツ生まれのロッツは、ナチスが台頭したためにパレスチナに移住し、第2次世界大戦中はイギリス軍に参加、北アフリカでドイツのロンメル軍団と戦った。ドイツ語とアラビア語に堪能で、ドイツと北アフリカの土地勘があるロッツは、ナチスの元SS(親衛隊)将校で、競馬馬のバイヤーを擬装してエジプトに潜入する。エジプト社交界の寵ちょう児じとなって、ドイツから移住した元ナチスの技術者たちが開発しているミサイル技術などの機微に触れる情報をイスラエルに秘密無線通信で送り続ける。

 最終的にシギント(通信を用いたインテリジェンス活動)によって、スパイ活動が露見し、ロッツは夫人とともに逮捕され、見せしめ裁判にかけられる。判決は終身刑だったが、1967年の第3次中東戦争後、イスラエルとエジプトの捕虜交換によって、イスラエルに帰国する。特に尋問のときの虚々実々の駆け引きが興味深い。

〈私の同僚、つまり私の上司やヨーロッパで会った私のコンタクトについての詳しいことを、私は何度も何度も尋問された。私は全面的に協力すると言明した以上、何かはっきりとした具体的な情報を提供する必要があった。一番無難なのはジョセフ、ルディなどといった架空の名前を教えることであろうという結論に達した。しかし困ったことに私の尋問者は名前だけでは満足しなかった。彼らは私が名前を言った人々がどういう様子をしているか、くせ、性格、特徴といったことまで聞いてきた。

 何週間にもわたって、夜昼尋問が続けられるわけであるから、自分の言うことに食い違いが生じないようにすることが肝要だった。そういう事態を避けるために、私はずっと昔に知っていた実在する人物、それもイスラエルの情報機関とは何の関係もない人物を選ぶことにした。この方法を使うことによって、私は実在する人物を頭に思い浮かべ、詳しくしかも首尾一貫した人物描写をすることができたのである。〉(199〜200頁)

 相手に露見しないように嘘をつく技法として、情報実務の参考になる。ウクライナ情勢の緊迫で端的に現れているように国際社会が帝国主義的傾向を強める中で、インテリジェンス能力の強化は不可欠だ。ロッツのような潜入先の言語に通つう暁ぎょうするだけでなく、相手の内在的論理をつかむ力があり、臨機応変な対応ができる人材を養成しないとインテリジェンス活動はできない。

日本外交の闇を知るための必読書

 こういう場で、自著を紹介するのは、気恥ずかしいが、2番目に紹介する『私が最も尊敬する外交官─ナチス・ドイツの崩壊を目撃した吉野文六』(講談社)は、日本外交の闇を知るための必読書である。吉野文六氏(元外務省アメリカ局長)は、「西山記者事件」の公判で「沖縄返還をめぐる密約は存在しない」という証言をし、当時の政府の立場を正当化する上で重要な役割を果たした人物だ。

 しかし、2006年2月に北海道新聞の取材に対して、吉野氏は密約の存在を認めた。筆者は、06年7月26日、横浜市の吉野邸を訪れて、真実を証言した動機について質ただした。吉野氏は、筆者の問いかけには直接答えずに、「結局、私の署名なり、イニシャルのついた文書が、アメリカで発見されまして、これはおまえのサインじゃないか、イニシャルじゃないかと言われたら、肯定せざるを得ないという話です」と述べた。

 北海道新聞の記者から、吉野氏のイニシャルが記されている密約文書の写しを示されたら、その瞬間に、何か考えを巡らせる前に吉野氏の口から真実が語られたということである。ここに筆者は、言葉ではなかなか上手に表現できない、外部からの超越的な力を感じた。「この力を言語化するのがおまえの仕事だ」という天の声が筆者の原動力になり、この作品を書いた。結局ヒトラーに心酔し、日独伊三国軍事同盟を積極的に推進した大島浩駐独大使に対する吉野氏の発言が強く印象に残った。

〈大使は重要な国内の政策をつくるためにいろいろ進言する務めですから、大使としていつも自分の信念を本国に伝えるということ自体は、私は決して悪いことではないと思うんですよ。しかし、それが結果的に間違っていた場合は、その間違いを自分で認めなかったら、では、どうしておまえは大使になって、いろいろ進言電報を書いたのかということになりますよね。自分は政府の命令に従って行動したというけれど、それは嘘ですよ。大島大使は認めるべきでした。

 「私は三国同盟の指導者で政府を動かした。しかしそれは間違っていた。戦争になってドイツは最後に敗れ、結果として政府を混乱に陥れた。その意味で、私は間違っていた」と認めるべきでした。誤りを認めることができなかったら、大使の品格はなくなってしまうと思いますよ。進言自体が悪いのではなく、誤りを認めないことのほうが悪いんですね。〉(295〜296頁)

 「誤りを認めないことのほうが悪い」という言葉通りの実践を吉野氏は、2009年12月1日、西山太吉氏らが国を訴えた国家賠償裁判に原告側証人として東京地方裁判所に出廷することで果たした。吉野氏は、「西山記者事件」公判での発言を撤回し、「過去の歴史を歪曲するのは、国民のためにならない」と証言し、密約が存在する事実、密約文書にBY(Bunroku Yoshino)、交渉相手だったアメリカのリチャード・スナイダー(Richard Snyder)公使がRSと署名した事実を認めた。

 この裁判からしばらく経った後、筆者は吉野氏から「あなたの取材を受け、連載を読んでいるうちに、私の中でもやもやしていて、はっきり形にならないものが見えてきました。それで法廷で証言する気にもなりました」と言われた。その言葉を聞いたときに、筆者は、作家になってほんとうによかったと思った。

ロシア、ウクライナの内在的論理を知る

 3番目に記す大庭柯公(おおば・かこう)『露国及び露人研究』(中公文庫、残念ながら現在品切れ)は、ロシアだけでなくウクライナ、コーカサスなどに住む人々の内在的論理を知る上で、最良の本だ。大庭柯公(1872〜1924年?、本名は景秋)は、ロシア語に堪能で、明治末から大正にかけて、毎日新聞、朝日新聞、読売新聞を渡り歩き、国際ジャーナリストとして活躍した。最後は、ボリシェビキ(共産党)政権にスパイの疑いで処刑された。

 柯公は、ロシア人の残虐行為の原因について、〈露西亜人によって演ぜられる残虐行為は、多くは群衆の模倣性からの残虐である。帝政時代の露国軍隊は、時にその狂暴残忍の行為をもって敵を怖れさしたものであるが、この場合の如きは全く群衆の模倣性から出たものである。軍隊を組織している一人一人のイワンやピョートルやニコライは、かなりに純朴と友愛とに富んでいるが、ただ人間を粉砕する道具なる機関の一部分のもの(being)となった時に、彼らは訳もなく模倣性の残虐を働いて、何ら覚ることはない。〉(387頁)と指摘する。

 また、ロシア人(大ロシア人)、ウクライナ人(小ロシア人)の特徴について、〈思うに露西亜人ほどのコスモポリタンはあるまい。彼らは天成のコスモポリタンである。この点については、大露西亜人も小露西亜人もない。〉(388〜389頁)と述べる。  筆者もこの見方に同意する。現在、ウクライナ東部では、ロシア人、ウクライナ人が殺し合っているが、「群衆の模倣性」によって事態が急速に悪化している。しかし、これはロシア人、ウクライナ人の常態ではない。

 歴史に対する洞察力を深めるという観点から與那覇潤『翻訳の政治学』(岩波書店)を4番目に取り上げる。與那覇氏が翻訳という後知恵で、政治認識が形成されることを見事に表現しているからだ。日中間の対立も、以下で引用する近代化のプロセスの中で生じた、「選民」タイプと「文明」型の翻訳の差異としてとらえると、論理整合的な説明が可能になる。

 〈藤田雄二〔1993:106-108〕が指摘するように、エスノセントリズムには一般に「我々の優秀さは普遍の真理を体現したものであり、他のものには真似できない」とする「選民」タイプと、「我々の優秀さは普遍の真理を体現したものであり、他の者はこれを学び身につける必要がある」とする「文明」型があるが、西洋文明全般や伝統中国の「中華主義」が後者に属するのに対し、近世国学以来の日本のナショナリズムは前者の典型なのである。自尊心や「愛国心」が選民意識の形式に捕らわれている限り、全世界規模で通用する普遍的理念を国是にもってくるという発想はでてこない。
 実際、佐藤慎一〔1996:13-16〕は一九世紀後半、洋務運動期の中国における文明論的言説の分析に基づいて、基本の近代をよりよく表象するのが「文明開化」の概念であるとすれば、中国のそれは「附会論」ではないかと提案している。日本のように、文明ないし世界標準なるものは常に他所から来ると考えていた地域は、近代西洋との遭遇に際しても比較的容易に、それまでの伝統から乗り換えたわけだが、中国のように自らのあり方こそが普遍的文明であり世界的なものだと考えていた地域では、「よそにあるものなら、我々にもあるはずだ」と言い張り続ける傾向が見られたわけである。〉(271頁)

沖縄とヤマトの歴史「再翻訳」をもたらす

 沖縄とヤマト(沖縄以外の日本)で、過去の歴史についてかなり異なる翻訳(より正確には再翻訳)が行われていることに注目すれば問題の深刻さがよくわかるので、5番目に上里隆史『琉日戦争一六〇九』を紹介する。

 1609年の出来事について、上里氏は〈これまで島津軍侵攻は「琉球征伐」あるいは「琉球入り」と称され、はたまた「日本」の全国統一の一環だという意見まで存在した。/だがこの事件は、軍事力によって強制的に他の独立国家を征服した「侵略」「侵攻」であることは明白であり、現在の研究ではそのように認知されている。私も、そうした認識を支持する。/ただ、もうひとつ事件の性格を付け加えるならば、それは琉球と日本(徳川全国政権に編入されていた島津氏)の軍事組織が衝突した「戦争」であった点である。「征伐」か「侵略」かを論ずる前に、そもそもこれは「戦争」であったことを忘れてはいけない〉(12〜13頁)と指摘する。

 沖縄知識人が、沖縄にとってヤマトは旧敵国であったという認識を持ち始めていることを過小評価してはならない。米海兵隊普天間飛行場の辺野古(沖縄県名護市)への移転を政府が強行しようとすると、「ヤマトは敵だ」という認識が、過去の歴史の再翻訳をもたらし、沖縄民衆の日本観を質的に変化させる。

 沖縄で生じている出来事を理解するためには、ドイツ人に同化してしまうと見られていたチェコ人が民族意識を確立していった過程を学ぶことが役に立つので6番目に石川達夫『チェコ民族再生運動』(岩波書店)を取り上げた。

 石川氏は、〈複数の公用語ないし準公用語が認められている状況の下で、より小さな言語がより大きな言語に飲み込まれて消滅しないための─小言語を守るための─一つの有力な武器が、チェコ人が唱えたような「文化主義」である。つまり、より小さな言語は、それによって担われる文化的価値を生み出し維持することによって、(内からも外からも)認知され守られる可能性が高くなるのである。〉(449頁)と指摘する。

 沖縄では、現在、琉球語復興の動きが進んでいる。今後、19世紀のチェコと類比的な流れが沖縄でも生じると筆者は見ている。沖縄問題、ウクライナ問題、イスラエル・パレスチナ紛争を読み解く鍵は、ナショナリズム(民族主義)をどう理解するかにあるので、この分野の古典であるアーネスト・ゲルナー『民族とナショナリズム』(岩波書店)をリストの7番目に入れた。

 ゲルナーは、〈人は一つの鼻と二つの耳とを持つように、ナショナリティを持たねばならない。それらのうちの個々のものを欠くことは考えられないわけではなく、実際に時折起こることではあるが、それは何らかの災難の結果起こるものであり、またそれ自体が一種の災難なのである。こういったことはすべて当たり前のように思えるが、残念ながら真実ではない。〉(11頁)と指摘する。民族は、人間本来の属性ではなく、近代になって生まれた産業社会と不即不離の関係にあるというゲルナーの指摘は鋭い。

 産業社会における国家と経済の関係について知る好著として、『宇野弘蔵著作集第九巻 経済学方法論』(岩波書店、品切れ)を8番目に挙げる。

第1次世界大戦の歴史を振り返り学ぶ

 9番目は別宮暖朗『第一次大戦陸戦史』(並木書房)だ。今年は、1914年に第1次世界大戦が勃発して100年の節目の年だ。別宮氏は、〈一九世紀のヨーロッパは、外の植民地戦争はさておき、平和な世界であった。ナポレオン戦争以降、短期間で終了した局地戦を除き、戦争らしい戦争はなく、大衆は平和を謳おう歌かした。そこに「最後通つう牒ちょう」「総動員」といったおどろおどろしい言葉が新聞の見出しに踊った。〉(2頁)と指摘する。

 100年後、ウクライナ危機という形で第1次世界大戦の直前とよく似た情況になっている。戦争を阻止する上で重要な役割を果たすのが、国家の統制に全面的に服従することを嫌う宗教団体や労働組合のような中間団体だ。日本の場合、政治に最も強い影響を与える中間団体は創価学会なので、最後に松岡幹夫『平和をつくる宗教』(第三文明社)を取り上げる。

 松岡氏は、〈日蓮仏法は「今・ここ」での成仏を保証する。原則的に、その人の置かれた立場や境遇を否定しない。悪人は悪人のままでも成仏できると説く。倫理道徳を超えた宗教の力を信じるのである。兵士は兵士のままで仏になって平和に貢献できる。平和を願う兵士が増えれば増えるほど、軍隊が内部から平和化される。そうした考えの下に、(創価)学会の平和主義は成り立っている。〉(54頁)と強調する。創価学会を支持母体とする公明党の集団的自衛権に対する抵抗を見ても、安倍政権の「内部からの平和化」をこの宗教団体が志向していることがわかる。

 

「外交を読み解く10冊」 佐藤 優 選

ウォルフガング・ロッツ
『シャンペン・スパイ〈モサドの星〉の回想』(大内博訳、ハヤカワ文庫NF)

佐藤 優
『私が最も尊敬する外交官──ナチス・ドイツの崩壊を目撃した吉野文六』 (講談社)

大庭柯公
『露国及び露人研究』 (中公文庫)

與那覇 潤
『翻訳の政治学─近代東アジア世界の形成と日琉関係の変容』 (岩波書店)

上里隆史
『琉日戦争一六〇九 ─島津氏の琉球侵攻』 (ボーダーインク)

石川達夫
『チェコ民族再生運動』 (岩波書店)

アーネスト・ゲルナー
『民族とナショナリズム』 (加藤節監訳、岩波書店)

宇野弘蔵
『宇野弘蔵著作集 第九巻 経済学方法論』 (岩波書店)

別宮暖朗
『第一次大戦陸戦史』 (並木書房)

松岡幹夫
『平和をつくる宗教 ─日蓮仏法と創価学会』 (第三文明社)

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本論考は朝日新聞の専門誌『Journalism』9月号から収録しています。同号の特集は「時代を読み解く 珠玉の200冊」です

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筆者

佐藤 優

佐藤 優(さとう・まさる) 

作家・元外務省主任分析官。 1960年東京都生まれ。同志社大学大学院神学研究科修了。85年に外務省入省。英国陸軍語学学校、モスクワ国立大学でロシア語研修後、モスクワの日本国大使館、東京の外務省国際情報局に勤務。2002年5月に鈴木宗男事件に連座し、東京地検特捜部に逮捕、起訴。09年6月に執行猶予付き有罪確定。13年6月に執行猶予期間が満了。著書に『国家の罠—外務省のラスプーチンと呼ばれて』『自壊する帝国』(ともに新潮文庫)など多数。現在、WEBRONZA筆者も務める。