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米国で流行し始めた匿名でやりとりできるSNS

小林啓倫

 日本のネットでは「2ちゃんねる」に代表される無責任な匿名文化が蔓延しているが、欧米では「フェイスブック」に代表される実名文化が定着し、大人の議論が行われている—。必ずしも正しくない見方だが、このイメージを崩すようなアプリが米国で流行している。匿名での告白を楽しめる「シークレット」と「ウィスパー」だ。

匿名であるが故に濃厚なコミュニケーション

ウィスパーのアプリでやりとりされるメッセージウィスパーのアプリでやりとりされるメッセージ
 シークレットは今年1月に登場したばかりのアプリで、簡単なメッセージを匿名で投稿することができる。

 メッセージの背景は壁紙になっていて、既存の画像から選んだり、自分で撮影した写真にしたりすることが可能だ。友人を招待して、SNSのように限定されたネットワークをつくることも可能だが、この場合も「友人の誰かが投稿したメッセージ」ということしか分からない。

 とはいえ他人の投稿をお気に入りに登録したり、コメントを投稿したりするなどして、簡単なコミュニケーションを取ることができる。

 また投稿をツイッターやフェイスブックなどに転載し、シェアすることも可能だ。この場合も、オリジナルの投稿を誰が発信したのかは分からない。

 一方のウィスパーが公開されたのは2012年3月。現在の機能はシークレットとほぼ一緒で、簡単なメッセージを画像と共に投稿することができる。画像は自分で撮影したものを使うことも、既に用意されているものを選ぶことも可能だ。

 ウィスパーから提供されるものを使う場合、入力された文章を自動的に解析して、内容に適したものを選んでくれる。また、コメントの背景画像を選ぶことも可能だ。ただウィスパーでは、友人とネットワークをつくる機能は提供されていない。

 このように「匿名である」という特徴以外には特に目新しい点はないが、どちらのアプリも米国の大学生を中心に人気を集めつつある。

 13年11月の時点で、ウィスパーの月間ページビューは30億回以上。また14年4月には、ダウンロード回数が数百万回に達したと報じられている。シークレットはウィスパーを追い上げているところで、同じ時期のダウンロード回数は100万回以下であるものの、ベンチャーキャピタルから将来性を高く評価されており、既に評価額が1億ドルに達している。

 それではこれらのアプリで、どのような発言が行われているのだろうか。

 多くは「元カレにこんな酷いことをされた」など恋愛に関する愚痴や、「ゲイをカミングアウトしたい」など秘密の悩みの告白だ。「ウチのネコ、最高!」というまさに雑談でしかないものもある。

 しかし中には「これからガザに行く」や「両親が離婚しそう」など、深刻なメッセージも投稿されている。人気の投稿には、千を超えるコメントが返信されている場合もある。

 匿名にもかかわらず、あるいは匿名であるが故に、濃厚なコミュニケーションが行われている印象だ。

匿名の告白が元になるニュースも出現

 実はプライバシーに配慮した情報発信系アプリが人気を集めるのは、シークレットとウィスパーの登場前から始まっている。

 その代表例が、11年9月に登場した「スナップチャット」だ。写真や動画を共有するアプリだが、投稿されたコンテンツを保存することができない仕組みになっている。

 しかも閲覧されてから一定時間が経過すると、自動的に消去される。その場限りと思って送信した写真が保存され、知らないうちに出回ってしまうといった事態が防げるわけだ。

 13年12月の時点で、スナップチャットのダウンロード数は6000万回、月間アクティブユーザー数は3000万人に達している。フェイスブックからの推定30億ドルでの買収提案を蹴ったことでも有名になった。

 プライバシーを維持した上で、安心して情報発信を楽しめるというアプリが、一つのトレンドになりつつあるのだ。

 さらに注目すべきは、匿名告白アプリが発信源となるニュースが生まれている点だ。

 今年4月、ソフト開発プロジェクト用サービス「ギットハブ」の共同創業者がハラスメント疑惑で辞任するという事件が起きたが、この騒動の発端となったのがシークレットに投稿されたメッセージだった。

 またウィスパーは、ゴーカー・メディアで編集主任を務めていたニーザン・ジマーマンを引き抜き、同社初となる編集主幹のポジションに任命。彼はネット上でのアクセスを集めるのに長けた人物と評されているが、就任すると早速、セレブのゴシップに関する投稿などをピックアップし、ウィスパーの存在感をアピールしている。

 日本でも匿名メディア発のスクープが世間を揺るがしたことがあるが、シークレットやウィスパーが、そうした力を持つ存在になるのだろうか。

 いまのところ両者は、過度に無責任な発言によって問題が起きることを警戒しており、ソフトウェアや人間の目で投稿内容をチェックする体制を敷いている。ブームで終わるのか、それとも継続的な集客に成功して有力メディアへと成長するのか、今後の舵取りが注目される。

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本論考は朝日新聞の専門誌『Journalism』9月号から収録しています。同号の特集は「時代を読み解く 珠玉の200冊」です