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「自殺」から「自死」へ

当事者取材の現場で知る言葉の違いの意味

寺島英弥 河北新報社編集委員

 自殺を「自死」に言い換えよう、という当事者の運動が広がっている。

 「自らを殺す」との表現が偏見や差別を生み、「人に語られぬ死」として家族をも苦しめる—と全国の遺族が訴え、各地の自治体も「自死」を公文書で使い始めた。

 新聞の世界では、まだそうした問題意識は薄いように見える。だが、当事者取材の現場から、変化は少しずつ生まれてきた。

 公文書で「自死」を用いる措置は、島根、鳥取両県が13年、全国に先駆けた。14年には宮城県、仙台市が、国の制度や法律などの用語を除いて言い換える運用を始めた。

殺すという字は悲しみを倍加させる

 宮城県の場合、遺族有志が13年末に村井嘉浩知事と面会し、「やむにやまれぬ状況で死に至ったのに、殺すという字を使われると悲しみが何倍にもなる」と訴えたのがきっかけだ。

 14年9月20日、「自死という言葉を知っていますか?」という題のシンポジウムが仙台市であった。「言葉の違いが意味するもの、その背景にある問題や課題を広く伝えたい、共に考えてほしい」と、宮城県内で活動する自死遺族や支援者の4団体の連絡会が、同県の協力で初めて企画した。

「自死を防ぐために、負荷を取り除く総合的な支援が必要」などと遺族らが語った=仙台市青葉区拡大「自死を防ぐために、負荷を取り除く総合的な支援が必要」などと遺族らが語った=仙台市青葉区

 その代表らがパネリストとして参加し、聴衆にじかに語りかけた。

 「犯罪でない個人の死に、『殺』の文字が付く例は他にない」と、「仙台わかちあいのつどい藍あいの会」代表の田中幸子さん(65)は語った。

 警察官の長男を9年前に自死で失い、同じ遺族たちとの交わりから、「自殺」にまつわる偏見と差別を知ったという。 

 「全国の仲間には、息子の死について取調室で4時間半も事情を聴かれ、遺族扱いをされなかった人がいる。寺で『戒名を付けられない』『葬式を出せない』と言われたり、わが子が自死したアパートの所有者から高額な慰謝料、お払い料を請求されたりした遺族もいる」

 田中さんは、こうした問題を「二次被害」ととらえ、死者や遺族への差別をなくし尊厳を守るための法律制定を、全国の遺族や共鳴する弁護士らと共に訴えてきた。

 「東北希望の会」代表の前川珠子さん(49)は、東北大准教授の夫を2年前に自死で亡くし、13年4月、東北各県の過労自死遺族ら約70人と同会を結成した。

 「夫は死にたかったのでなく、ぎりぎりまで頑張り、最後まで生きたかった。人を孤立させて追い詰める社会の責任や、亡くなった人の尊厳、『殺』の文字を見るたびに自責で傷つく家族に思いをはせてほしい」と話した。

表現にまつわる根深い偏見

 遺族が問題とし、訴えるのは、「自分を殺す」という表現にまつわる根深い偏見だった。古い時代の「自決」という言葉にあるように、「自ら選んだ、覚悟の死」のイメージがつきまとう。「個人的な問題と選択の結果」であると。それに「倫理上の罪」という観念が重なって、「まるで殺人者のように、誰にも語れぬ、世間から隠すべき死とされ、亡き愛する者の人生そのものまで否定される」(田中さん)ような現実が遺族にのしかかる。「戒名をつけられない」など宗教儀礼にまつわる事例などもそのためだ。

 06年施行の自殺対策基本法は「自殺対策は、自殺が個人的な問題としてのみとらえられるべきものではなく、その背景に様々な社会的な要因があることを踏まえ、社会的な取組として実施されなければならない」(第2条)と「社会的な死」を土台とし、国の自殺総合対策大綱も「(自殺が)個人の自由な意思や選択の結果でなく、その多くが心理的に追い込まれた末の死」との現実直視を求める。

 事実、メディアに報じられる自死の原因は今、いじめ、過労、リストラ、多重債務、連帯保証、「震災関連死」など ・・・ログインして読む
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筆者

寺島英弥

寺島英弥(てらしま・ひでや) 河北新報社編集委員

1957年生まれ。早稲田大学法学部卒。79年河北新報社入社。論説委員、編集局次長兼生活文化部長などを経て現職。著書に『シビック・ジャーナリズムの挑戦』(日本評論社)、『東日本大震災 希望の種をまく人びと』(明石書店)など。ブログ「余震の中で新聞を作る」。