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「避難・賠償・除染・原発・放射線・子どもたち」

紋切り型抜きで3・11を捉え直そう

開沼 博 福島大学うつくしまふくしま未来支援センター特任研究員、社会学者

 3・11後、200回ほど全国で講演を続けてきた。福島の状況がいかなるものか、何が求められているのか、福島に居を構えながら、また出身者として見える視点から語ってきた。

東京電力福島第一原発で、汚染水の貯蔵タンクが並ぶエリアを視察する原子力規制委の田中俊一委員長(手前)=2014年12月12日午後1時44分、福島県大熊町拡大東京電力福島第一原発で、汚染水の貯蔵タンクが並ぶエリアを視察する原子力規制委の田中俊一委員長(手前)=2014年12月12日午後1時44分、福島県大熊町
 2013年の中頃から、講演の冒頭で一つの問いを聴衆に投げかけるようにしてきた。

 震災前に福島県で暮らしていた人のうち、避難して県外で暮らしている人の割合はどのくらいでしょう?」

 と。つまり、たとえるならば「福島が100人の村だったら、何人が震災後に県外で暮らすようになったか」という「福島からの人口流出のイメージ」を聞く問いだ。

 例えば、東京大学・関谷直也氏が14年3月に全国1800人弱にインターネット経由で実施した調査では「福島県では、人口流出が続いていると思う。○%程度流出していると思う」という問いに対して全体の1365人が「流出が続いている」と答え、その平均値は24・38%となった。つまり、日本に暮らす人の8割がたが「福島からの人口流出」を強くイメージし、その割合は福島県の全人口の4分の1程度に及ぶと見ていることがわかる。

 こういった「偏った」数値が全国調査の結果として出てくることに私は驚かない。

 これまでの経験から「そのくらいのイメージがまかり通っているだろう」と考えていたからだ。

 福島県外の講演で先に述べた問いへの反応は「10%くらい」「3割」「40%とか?」「いや、60%ぐらいはいっているのではないか」といったものが普通だ。

 13年5月に、関西に住みながら震災・原発の担当をしていると言った新聞記者は「40%」と答えた。14年7月にも、中国地方の地元紙の新聞記者に取材を受ける中で「どのくらいだと思います?」と聞いたら「3割ぐらいですか?」と返ってきた。

 しかし、そのイメージは大きな誤解だ。

 正解は2・5%程度。

 福島県民は190万人台前半。一方、福島県外への避難者はここ1年以上4万人台で推移している。2・5%が現実だ。

 他方で、14年3月の全国調査の答えが約25%であった。つまり、「現実の福島」と「イメージ上の福島」の間には実に10倍の差がある。

 3・11を、福島をいかに見るのか。考えるのか。そして、困難な現実にいかに対処していくのか。

 私たちは、散々苦闘してきたはずだ。

 しかし、そこにおいて語られる「福島」とはなんだったのだろうか。もし、それが現実を置き去りにし、ある特定のイメージを強調することばかりをしてきたのならば、いまこそそこで私たちがなしたこととなし得なかったこととを冷静に省みるべきだろう。

単純化につきまとう「敵・悲劇フレーム」

 「ある特定のイメージ」とは、すなわち、情報の受け手が喜ぶステレオタイプだ。情報の受け手は分かりやすく、そして自分がすでにもつ固定的な感情を肯定してくれるものを選ぶ。複雑なもの、混乱を目の前にした際、私たちはそれを単純化して理解しようとする。そして、安心の拠り所を得るために「モラルに反するもの」を、時にはでっち上げてでも特定し、糾弾し自らの正しさを主張しようとする。これを社会学では「モラル・パニック」と言う。例えば、「魔女狩り」として知られる現象は典型的なモラル・パニックだ。

東京電力福島第一原発の汚染水タンク(手前)=2013年9月1日午後、福島県大熊町、朝日新聞社機から拡大東京電力福島第一原発の汚染水タンク(手前)=2013年9月1日午後、福島県大熊町、朝日新聞社機から
 ここにおいては、端的に言えば、悲劇と敵とが必要になる。私はこれを「敵・悲劇フレーム」という。

 例えば、「福島の人はみんな放射線に恐れ慄(おのの)いて福島県外に逃げたくて仕方ない」という単純化された「悲劇の物語」を再生産し続ける。あるいは「放射能ヤバい」「原発怖い」「政府・東電悪い」という「三題噺」を繰り返して過度に「敵」を強調し続ける。色々なテーマ、対象を扱っているように見えて、その内実、あるいはそれから伝わってくるメタメッセージはこれしかない。

 それぞれ、「そういう側面もあるよね」という話ではあるが、そういう話でしかない。にもかかわらずその「モラル・パニック型描写」にこだわる。そのほうがウケるし褒められる。14年にはその結果の一つが吉田調書問題に表れた。

 新奇性と評価を求め「角度をつけ」すぎてしまった結果生まれた誤報問題だったが、その内実は単に「原発怖い」「政府・東電悪い」というこれまでも繰り返されてきたフレームの焼き直しにすぎない。

 もちろんこの「10倍の誤解」「吉田調書問題」をもって、全てを否定するつもりはない。だが、これらは「敵・悲劇フレーム」を再生産し続けてきた結果、遍在するようになった「福島への見方」を象徴的に示したものだといえるだろう。

 12年9月に発売した拙著『フクシマの正義 「日本の変わらなさ」との闘い』(幻冬舎)では、いくつかの評論の中で「3・11で日本は変わったか?」という問いをたて、論じた。

 結論を端的に言えば、「何も変わってない」「今後も何も変わる見通しは見えていない」ということだった。

 これは、今となって言ったところで、後出しジャンケン的に「多くの人が認識している当然のこと」を言っているだけの何の価値もないオチに見えるだろう。復興の議論も、原発の議論も、民主主義のあり方の議論も、3・11やその後の熱狂の中で何かが大きく変わったなどということはなく現在に至っている。しかし、少なくとも、3・11直後から「何も変わってない」「今後も何も変わる見通しは見えていない」と主張し続けることには、大きな反発があった。

 「そんなことない、これだけの世界史的事件が起こったではないか! 変わらないなどと的はずれなことを言うな」とか「1945年以来の衝撃が社会に加わり、政官財の裏側が暴かれた。そして市民が立ち上がったのだ! 水をさすのか!」とか、言い方は色々であったが感情的な反発が襲いかかってきた。

 そういう言い方をする人の中には、もちろん「善意」があるのは分かったが、それと同時にやり場のない恐怖感や、あるいは自らこそが正義の立場に立っていることを確認し続けようとする不安感を感じるばかりであった。

「福島を踏み台にして主張したい正義を語る作法」

 当時流行する「福島を踏み台にしてそれぞれが主張したい正義を語る作法」も異様だった。

 例えば、「インターネットを使い、Twitterなどを通して新しいジャーナリズムや人々のつながりが生まれた」という議論が跋扈(ばっこ)したが、実際は、そこに流れるのは根拠の不確かな情報、デマであることも少なくなかった。

 もちろん、それは正しく良質な情報から見たら全体のごく一部に過ぎないのだけど「エコー・チェンバー(反響室)現象」と呼ばれる、同じ志向を持った人々が偏った情報を何度も拡散していくことで「大きな声」となっていき、悪貨が良貨を駆逐する如く、正しく良質な情報を潰していく側面もあった。

 「デモに市民が立ち上がった」などと脱原発運動を礼賛する声もあがったが、内部では「福島に人は住めない」「福島では障害者がうまれまくっている」などという福島への差別的言辞も一時期は当然のようにまかり通り、それに抗議する福島在住の人間、科学者などに対しては「そんなことをいうのは一部の人間に過ぎない。瑣末なことだ」「お前は原発推進派なのか」「自分たちは脱原発が目的であって、福島の問題は知らない」などという無慈悲な言葉が投げつけられた。

 今となっては、そのようなモラル・パニックに向かう基盤となるようなメンタリティーは徐々に和らいできたようにも思うが、その害は様々な面で現在まで尾を引いているように思う。「あいつが悪い」と言い合う声が喧しく響いていた時期はいつの間にか終わっていた。そしてだれもいなくなった。

「変わらなかった」日本で必要なこと

 「変わらなかった」日本において必要なのは、これまで積み残してきた問題をどう考えるかだ。それはもしかしたら、これまでとは違ったアプローチが必要なのかもしれない。

 「福島の問題は絡みにくいんですよね」

 福島の復興支援にかかわる企業にインタビュー調査をしている際に聞いた言葉だ。

 「まず、リターンが見えない。福島で何か活動をすることはいいことだとは思うけれど、利益がでるのか、利益がでないにしてもどれだけ社会的イメージが向上するかとか、どういう成果が生まれるのかわからない。挑戦したい気持ちは山々だが、やはりまずやらなければならない仕事が目の前に山積している。それを差し置いてまで乗り出すわけにはいかない」

 「あと、とにかく気を使ってしまう。何か不謹慎なことをやってしまったりしないか心配。企画書書くにしても、一言一句、『こういう言い方してもいいのかな』とか『実態とズレていないか』『だれかを傷つけたりしないか』と気を使ってしまう」

 「仮に、そういうハードルをクリアしたとして、実際に始めることになったとしても躊躇してしまう最も大きな理由は手離れが悪いこと。『被災地支援始めました』と言うのはいい。でも、一度手を付けたらもうやめられなさそう。やめたら『もう飽きたのか、捨てるのか』とかえってイメージが悪くなる。ならばはじめから関わらないという選択をしてしまう」

 「リターンが見えない」「不謹慎にならないか気を使う」「手離れが悪い」

 この三つが「福島の問題」に関わっていく上での障壁だという。

 善意もあるし、ヒト・モノ・カネ・情報も、困難な課題を解決してきた実績もある。ぜひそういう人たちにこそ福島の課題を解決してもらいたいのにそこには大きな壁がある。

いつの間にか高くなった大きな壁の正体

 この「福島問題への絡みにくさ」は、企業に限らず、より広い認識になりつつあるのではないか。3・11からすぐの頃は、まだこの「絡みにくさ」はなかったのかもしれない。

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筆者

開沼 博

開沼 博(かいぬま・ひろし) 福島大学うつくしまふくしま未来支援センター特任研究員、社会学者

1984年福島県いわき市生まれ。東京大学文学部卒。同大学院学際情報学府修士課程修了。現在、同博士課程在籍。専攻は社会学。著書に『漂白される社会』(ダイヤモンド社)、『フクシマの正義  「日本の変わらなさ」との闘い』(幻冬舎)、『「フクシマ」論 原子力ムラはなぜ生まれたのか』(青土社)、『地方の論理 フクシマから考える日本の未来』(同、佐藤栄佐久氏との共著)、『「原発避難」論 避難の実像からセカンドタウン、故郷再生まで』(明石書店、編著)など。