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自己批判を知らない歴史修正主義者に対抗する

その手段は、徹底した自己批判である

杉田 敦 法政大学法学部教授(政治理論)、「立憲デモクラシーの会」呼びかけ人の一人

「第三者委員会」の初会合であいさつする中込秀樹委員長(右端)。左へ岡本行夫氏、林香里氏、北岡伸一氏、波多野澄雄氏、田原総一朗氏=2014年10月9日、東京都港区拡大「第三者委員会」の初会合であいさつする中込秀樹委員長(右端)。左へ岡本行夫氏、林香里氏、北岡伸一氏、波多野澄雄氏、田原総一朗氏=2014年10月9日、東京都港区
 2014年、従軍慰安婦や東京電力福島原発事故の報道をめぐり、朝日新聞が揺れた。不正確な表現や訂正・謝罪の遅れがあり、厳しい批判が殺到。第三者委員会等の調査を経て、新聞は首脳人事を刷新の上、再出発を迫られることになった。一連の騒動が問いかけたものは何か。この事件からジャーナリズムが学ぶべきことは何なのか。

吉田証言問題

 従軍慰安婦問題をめぐっては、朝日新聞は1982年以来、複数回にわたって吉田清治氏の「証言」(いわゆる吉田証言)に言及し、90年代にこの証言の信ぴょう性が疑われるようになっても、同証言にかかわる記事を掲載し続けた。

 97年3月31日の特集紙面でも、同証言の「真偽は確認できない」としたのみで、訂正や取消は行われず、2014年8月の検証紙面で、はじめて虚偽とされ取り消された。

 吉田証言の疑わしさは、証言当時には認識が困難であり、報道していたのも朝日に限られないが、その後、その信ぴょう性が広く問題にされるようになっても言及し続けたことは問題である。
とりわけ97年の特集は、訂正・取消のためのよい機会であり、その際に一歩踏み出してさえいれば、今日のような紛糾を招くことはなかったであろう。

第三者委員会の報告書拡大第三者委員会の報告書
 同特集での吉田証言の扱いがそのように不十分なものとなった経緯であるが、第三者委員会報告書(写真)によると、そもそも訂正する必要性があるかどうかについて、関係者の間で意見が分かれていた。結果的に訂正・取消がなされなかったことについて、現時点でも、関係者の評価は、「現在から振り返ってみても、当時の判断には全く問題はなかった」とする者と、「悔いや心残りがある」とする者とに分かれているという。

 問題はなかったとする理由として、完全に嘘とは立証できないという点、吉田氏からの訴訟リスクの配慮、他社も訂正していないといった点に加えて、「歴史証言は訂正ではなく新たな証言の積み重ねで修正されていくべきである」との論点が関係者から示されたという。こうした主張は、2014年検証をめぐっても行われたようである。

 一見、もっともな理屈ではあるが、このような方針を採用することは、報道への信頼性を失わせかねない。

 世の中では、諸問題について、根拠のない主張が無数に行われている。単に主張が存在するからといって、それらをそのまま伝えることは、責任ある報道機関のやるべきことではなく、読者・視聴者が報道機関に期待することでもない。それでは、マスメディアはガセネタが飛び交うネット空間と区別できなくなってしまう。

 報道は、必ずウラをとらなければならず、この件についていえば、当初から裏付け調査が不十分であった感は否めない。

 さらに、後になって信ぴょう性に重大な疑義が生じた場合に、訂正・取消をすることに消極的であるべきではない。必要な訂正・取消を行うことは、報道機関の信頼性を高めることはあっても、低めるものではないからである。

挺身隊との混同

 1991年に韓国で元従軍慰安婦として名乗り出た女性についての記事で、「『女子挺身隊』の名で戦場に連行され、日本軍人相手に売春行為を強いられた『朝鮮人従軍慰安婦』」との説明を加えた元記者が、その後批判され、就職の妨害や勤務先への脅迫、家族の個人情報をさらしての脅迫などを受ける事態となっている。

 このような脅迫等は明らかに犯罪行為であり決して許されるものではない。言論の自由を守るため、警察当局の徹底した犯罪捜査はもとより、脅迫的な批判など許されないことの啓発など、政府の努力が必要だ。個人攻撃についていえば、多数の関係者が関与する形で記事づくりがされる新聞記事等の内容について、記名された個人の責任に帰すこと自体が適切ではない。

 しかし、その一方で、この問題をめぐる新聞社の対応が適切であったかには疑問が残る。女子挺身隊は日本政府による女学生の勤労動員であり、慰安婦とは本来関係ない。韓国において、「挺身隊」という言葉の語感もあってか両者が混同され、慰安婦問題についての運動体そのものが「挺身隊問題」を掲げた経緯もあったことは事実であるが、そこに誤解があるなら、新聞は誤解を認識した時点でそれを指摘すべきであった。

 これに関連して、強制性をめぐる問題もある。当該記事で記述された女性は、だまされて慰安婦とされた事案であることが記事内にも書かれているにもかかわらず、「挺身隊」と「連行」という言葉を並べることによって、いわゆる「狭義の強制性」を伴う事例、すなわち、警察や軍隊などが直接暴力的に関与した組織的な動員の事例であるかのような印象を与えかねない記述となった。
このように、誤解を招きやすい表現があった場合には、それについて早期に訂正・謝罪を行うのが当然であった。

 ところが実際には、2014年検証に至って初めて、「当時は、慰安婦問題に関する研究が進んでおらず、記者が参考にした資料などにも慰安婦と挺身隊の混同がみられたことから、誤用しました」と述べるにとどまった。

 91年当時はともかくとしても、その後、20年以上もの間、誤解を招きやすい表現が放置された理由については説明されていない。また、些細なミスの場合でも、訂正と同時に「おわび」がされるのが通例であることを考えれば、この検証の時点で謝罪をしなかったことも理解に苦しむ。

 強制性との関係では、現在では、被害者への「広義の強制性」を問題にすることが当然となっている。公娼制度などがあった時代背景からすれば、当時は慰安婦制度に問題がなかったとの主張もあるが、軍隊と共に遠い戦地に移動するなど、行動の自由が欠けた状況にあったことが明らかであり、「河野談話」に向けた日本政府の調査でも強制性は認められている。

 こうした広義の強制性を今後問題にして行くためにも、狭義の強制性について事実関係を明確化することは、前提として必要であり、事実関係をめぐって混乱が生じたことは、責任追及をかえって困難にしてしまった面がある。

誤報と歴史修正主義

 誤報や、誤解を招きかねない表現が長い間放置されたのはなぜか。

報告書を公表後、第三者委員会が開いた記者会見=2014年12月22日、東京都港区拡大報告書を公表後、第三者委員会が開いた記者会見=2014年12月22日、東京都港区
 第三者委員会報告は、関係者へのヒアリング等を通じて、この問題を追及している。とりわけ問題となるのは、 ・・・ログインして読む
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筆者

杉田 敦

杉田 敦(すぎた・あつし) 法政大学法学部教授(政治理論)、「立憲デモクラシーの会」呼びかけ人の一人

1959年生まれ。東京大学法学部卒。 主な著書に『境界線の政治学』『権力』(いずれも岩波書店)、『政治的思考』(岩波新書)、『デモクラシーの論じ方』(ちくま新書)、共著に『対論 憲法を/憲法から ラディカルに考える』(法律文化社)、『これが憲法だ!』(朝日新書)など。