政党の方向感覚を問う選挙報道が必要だ
2015年04月12日
第2次安倍政権の下で、権力とメディアの関係は大きく変化している。民主政治におけるメディアの重要な役割の一つは、為政者がどのような人物、立場であれ、権力を批判することにある。メディアの中立性とは、どのような権力であれ、同じように批判するという点に求められる。また、為政者の側もメディアによる批判について快く思わないことがあっても、メディアの中立性を守るためにメディアと権力の間に越えてはならない一線を引くという常識を守ってきた。
今やNHKニュースの政治報道は、安倍首相の言動や政策を紹介する政府広報番組となり下がった。たとえば、国会の質疑において安倍首相が野党の質問に答えて述べた見解について、野党の質問は省略して、安倍首相はこう語ったという報道が頻繁に行われている。これは、テニスの試合で片方のコートだけにカメラを向け、片方の選手のプレーだけを映すのと同じである。公共放送が国会の質疑を伝えるのであれば、野党がこう質問し、政府がこう答えたという両面が不可欠である。私がNHKの政治報道を「政府広報」と呼ぶゆえんである。
昨年夏以降の朝日新聞に対する攻撃は、権力に対するメディアの萎縮を一層促進している。歴史修正主義を追求する運動体が朝日新聞の慰安婦報道について批判することは、中身の的確さや言葉遣いの品位を別とすれば、言論の自由の範疇に属するということもできる。しかし、他の新聞が朝日新聞を攻撃し、為政者もその尻馬に乗る形で朝日攻撃に唱和するという状況は、報道の自由の危機である。
特に大きな問題は、安倍首相が「朝日新聞の慰安婦報道によって日本の名誉が傷つけられ、多くの人々を苦しめた」と国会答弁も含め、繰り返し発言していることである。これは虚言である。欧米における慰安婦問題の受け止め方については、社会学者の林香里氏が、朝日新聞の慰安婦報道をめぐる検証委員会の中で、詳細に検討している。それによれば、1990年代の朝日新聞の慰安婦報道は、欧米ではほとんど注目されなかった。この問題に関して欧米で日本に対する批判が強まるのは、2000年代に入ってからであった。
そして、その引き金となったのは、日本国内の歴史修正主義の運動体が2007年6月にワシントン・ポストに慰安婦問題における強制性を否定する意見広告を掲載したことであった。日本の名誉を損なったのは歴史修正主義者たちのキャンペーンであった。
安倍首相は、自分にとって不快なことはすべて朝日新聞と日教組のせいにするという思考法の持ち主である。こうした子供じみた議論で萎縮してはならないのだが、今の朝日新聞にそうした矜持を求めるのは無理のようである。前述の検証委員会にしても、せっかく林氏が実証的な研究を提供したのに、それを活用して積極的に反論するという姿勢は見られない。むしろ、検証委員会に関する報道は、北岡伸一、岡本行夫両氏のように政権に近い人々の朝日批判を拝聴するという姿勢であった。
かくして、21世紀初頭の日本でマッカーシズム状況が出現することとなった。ジョセフ・マッカーシーが振りかざした「非米」というレッテルを「反日」に置き換えれば、批判的なメディアや知識人に対する社会的圧力は同じである。批判的なメディアや学者を攻撃する側は、論理や因果関係を無視した粗雑な言説を振りかざす。そして、メディアは萎縮し、デマや虚偽による攻撃に対して正面から反論する気概を失っている。アカデミズムの世界でも、大学改革による多忙化や、業績評価の圧力の前に、学者は同時代の政治や社会の病理に対する関心を失っていく。
今のメディアで特に大きな問題は、虚偽や誤りに関するダブルスタンダードである。朝日の慰安婦報道や原発事故報道に見られるように、批判的なメディアにおける瑕疵は、徹底的に増幅され、攻撃される。一部の誤りによって問題の全体像を否定しようとするのが、マッカーシズム型の言説の特徴である。これに対して、為政者の虚言は放置される。実際、安倍首相は虚言癖を持っていると言っても過言ではない。福島第一原発の汚染水は「アンダー・コントロール」という発言をはじめとして、虚言は枚挙にいとまがない。しかしメディアはそれを問題視しない。
民主政治においてメディアが機能を放棄しているという点で、現状は危機的である。今年は戦後70年の節目であり、安倍首相は自らの個性を盛り込んだ「70年談話」を出すことに意欲を示している。また、来年の参議院選挙の後に憲法改正を提起するという路線も打ち出している。日本は戦後政治の分水嶺を迎えている。その中で、メディアがどのような役割を果たすべきか、
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