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自衛隊が海外で市民を殺す・・・

新しい安全保障法制が引き起こす事態を戦場のリアリティーとして想定すべきだ

伊勢﨑賢治 東京外国語大学大学院「平和構築・紛争予防講座」担当教授

 ――安倍政権は、戦後の日本の安全保障政策を大きく転換する法案を今国会中に成立させようとしています。

 新たな安全保障法制の関連11法案のうち、「武力攻撃事態法改正案」では、日本が直接攻撃を受けた場合ではなくとも、日本と密接な関係にある他国が攻撃を受け、政府が「日本の存立が脅かされて国民の権利が根底から覆される明白な危険がある」と判断しさえすれば、海外で武力行使ができるようにしています。また「国際平和支援法案」では、国会の事前承認があればどこでも素早く自衛隊を紛争地に派遣することを可能にする―といった具合に、自衛隊の海外での活動が範囲・内容ともに大幅に拡大される方向です。

 安倍首相は党首討論で「一般に海外派兵は(法改正後も)認められない」と語りましたが、戦後の安保政策の積み重ねを根底から覆すような大改革であることは間違いありません。新しいことばや概念が次々に登場することもあって、国民の間に広範な議論や理解が広がっているとは到底いえない状態でもあります。

 アフリカのシエラレオネや東ティモールでは国連PKO幹部として現地の武装解除を指揮し、タリバン政権崩壊後のアフガニスタンでは外務省任命の特別代表として軍閥たちの武装解除を直接指揮してこられた御経験を踏まえ、政権のこうしたやり方をどう考えていますか。

伊勢﨑賢治氏(撮影=吉永考宏)拡大伊勢﨑賢治氏(撮影=吉永考宏)
 伊勢﨑 私はまず、集団的自衛権の行使をめぐる問題ではなく、「国連的措置」と呼びたいと思っている、国連に指揮権があって多国籍部隊(PKF=国連平和維持軍)を発動する集団安全保障の話からしたいと思います。

 PKOの活動については「自衛隊を海外に出すといってもPKOへの国際協力ぐらいなら別に問題ないんじゃないの?」といった受け止め方をしている人が多いように感じます。しかし現在のPKOを取り巻く状況は、1990年代に日本がカンボジアに自衛隊を派遣していた時のような牧歌的なものではまったくないのだということをまずは知る必要があります。

 歴史をひもとくと、「国連PKO」という概念自体がもともとかなり無理した考え方であって、常にファジーさがつきまとってきたということがいえます。45年に国連憲章がつくられた当時、国連がこんな活動を展開することになるということは誰も想定していなかったからです。ところが冷戦が終わってその「たが」が外れた結果、世界各地で内戦が多発するようになり、その内戦に対して国際社会が関与していくという事態になりました。

 国連憲章をみると、第6章は「紛争の平和的解決」について定めていて、紛争の当事者に、平和的手段による解決を求めることを義務づけています。

 続く第7章は「平和に対する脅威、平和の破壊及び侵略行為に関する行動」についての規定で、つまりは強制措置を伴う内容が書かれている。国連PKOはその中間にあるという感じで、正式な名称ではありませんが「6・5章」というふうにとらえられてこれまで運用されてきたのです。

 この間、国連法務局の中では「他国の軍隊が彼の地に派遣されて現地で何か問題を起こした時はどうするのか?」ということがずっと議論されてきました。

 基本的に軍人というのは、社会においては一番殺傷能力のある兵器を独占している人たちですから、特別な法体系で縛らなければいけない―というのは世界の共通認識なのです。特にその軍隊が国外に出る場合、つまり国内法が働かないところに派遣される場合ですね。そこでの行動をどのようにして律するかというのは国連の問題であると同時に国際社会の課題でもあるのですが、日本ではこの問題がやりすごされてきました。

「国際的に大変な論争の種になりえる、ある矛盾」

 ――集団的自衛権の行使とPKOをめぐる問題は長い間議論されてきました。朝日新聞は2007年に21本の社説からなる「社説21」を掲載し、憲法9条は変えないまでもPKOの幅をもっと広げていき、日本の国際貢献をもっと前に進めていこうと提言しました。

 しかし伊勢﨑さんは、PKOの活動に関して、日本の自衛隊には「国際的に大変な論争の種になりえる、ある矛盾を抱えたまま海外に派遣され続けているという問題」があると御著書で指摘されていますね(『日本人は人を殺しに行くのか 戦場からの集団的自衛権入門』、朝日新書)。

 伊勢﨑 それは何かというと、自衛隊は法的には警察組織の延長としてとらえられているため、「軍隊」であれば当然持っていなければならない「軍法」が存在しない―という点なのです。軍法や軍事法廷を持たない軍が海外の紛争地に派遣されるというのは、実は大変な矛盾と問題を抱えているのですが、これまではその点について現実を踏まえた議論がされてこなかった。

拡大南スーダンPKOに派遣される自衛隊員ら=2015年5月10日、北九州市小倉南区

 具体的に説明しましょう。

 国連加盟各国が軍を出し合って組織している国連平和維持軍(PKF)は、交戦に至った際の行動基準である「国連ROE」(Rules Of Engagement、交戦規定・武器使用基準)によって行動が規制されています。

 この共通ROEは、「自己防衛のためにだけ発砲が許される」などの一般的なガイドラインを取り決めたもので、それ以上に細かい規定については軍法を持っている各国がそれぞれ独自のROEを取り決めていて、それら全体を統合司令部がとりまとめて調整しています。

 ――過去には「自衛隊は多国籍軍には参加するが、その指揮下には入らない」という政府の答弁もありましたが。

 伊勢﨑 それはまったくあり得ない話ですね。そんなことをいったら現地での統合指揮をどうするのですか。PKFはゲリラ部隊じゃないんですから。

 ただし「国連の統合指揮下に入る」ということは別に国連のROEにすべて合わせるということではありません。共通ROEの中で各国ができることをやるということであって、現実には発砲することにものすごく慎重な国や、あるいは反対にすぐに撃つような国もあります。そんな中にあって、軍法や軍事法廷がない、そして軍事的な過失を想定していない軍事組織というのは統合司令部としても使いようがなくて困ってしまうのです。

 一方、国連PKOの場合は「国連地位協定」というものがあります。これは集団的自衛権の行使を行う際の、イラクやアフガニスタンでの北大西洋条約機構(NATO)のような多国籍軍でも同様です。

 要は、統合司令部は受け入れ国との間で「軍事業務協定」を結び、紛争地である現地の現地法からは訴追を免除されるという内容を取り決めているのです。集団的自衛権を行使する場合でも、集団安全保障を行う場合でも、紛争地に出ていく部隊はその地の司法からの訴追免除を受けているというわけです。

軍事作戦では民間人を巻き込む過失が起こる

 伊勢﨑 この取り決めがなぜ重要かというと、軍事作戦では必ずといっていいほど地元の民間人を巻き込んで殺傷する過失が起こるからです。

 ――戦場では誤射や誤爆の危険性がたえずつきまといますね。

伊勢﨑賢治氏(撮影=吉永考宏)拡大伊勢﨑賢治氏(撮影=吉永考宏)
 伊勢﨑 ええ。軍事作戦を遂行する過程で民間人を殺傷するなど、地元社会に対する過失が起こったらどうなるか。

 「訴追は免除されているのだからそれでおしまい」ということには当然なりません。問題を起こしたら謝らなければならない。謝らなかったらその怒りが現地にいる我々にもろに向けられるわけですから。

 ではどうするかといえば、軍を派遣している側の政府が、地元社会に対して、「現地法では訴追を免除されたけれど、問題を起こした人間はただちに本国に送還してもっと厳しい軍法で裁くからわかってほしい」と頼むしかない。その時、軍法がない軍事組織では相手側を納得させることはできませんから、現地社会は怒りをさらに募らせることになってしまいます。

 また、国連PKFのことを僕らは「ピースキーパー」といいます。要は多国籍軍の人たちですが、そのピースキーパーたちは、実は平時においてはシビリアン(文民)の扱いなのです。それが国連法務局の基本的な考え方で、だからピースキーパーは外交特権も得られている。他方、シビリアンや文民警察官、兵隊も含め、いわゆるピースキーパーを攻撃して殺傷することは国際法違反になると考えられています。

交戦になったら国際法上は紛争の当事者になる

 伊勢﨑 国連PKOは必ずマンデート(委託権限・任務)を与えられていますから、その任務を執行する上で必要な武器を使用することは認められています。ただし公務執行上、もしくは自己防衛で武器を使用した場合は相手との間で交戦になりますので、交戦になった時だけ「ピースキーパーはその紛争の当事者になる」という考え方を国連は伝統的にとっているのです。交戦になったら国際法上は「戦争」ですから戦時国際法が働くという考えです。交戦した時点において保護特権を失い、合法的な攻撃対象になるというわけです。

 そもそもPKOに中立性はありません。国連が中立なのは平時の時だけです。ですから ・・・ログインして読む
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筆者

伊勢﨑賢治(聞き手:松本一弥『Journalism』編集長)

伊勢﨑賢治(聞き手:松本一弥『Journalism』編集長)(いせざき・けんじ) 東京外国語大学大学院「平和構築・紛争予防講座」担当教授

1957年生まれ。早稲田大学大学院理工学研究科修士課程修了。国連PKO幹部として東ティモール、シエラレオネの、日本政府特別代表としてアフガニスタンの武装解除をそれぞれ指揮した。著書に『武装解除 紛争屋が見た世界』(講談社現代新書)、『日本人は人を殺しに行くのか 戦場からの集団的自衛権入門』(朝日新書)、『本当の戦争の話をしよう 世界の「対立」を仕切る』(朝日出版社)など。