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日本でも活発化する街頭の民主主義

「戦後」に対する危機意識を機に

吉田徹 北海道大学法学研究科教授

 2015年は戦後70年の節目として以上に、戦後日本の政治文化が変容を被った年として歴史に刻まれることだろう。「平和安全法制関連法(安保関連法)」に対する、文字通り「マッシブ(massive=大量な/大衆の)」な抗議運動とデモは日本でも「街頭の民主主義」が完全に定着したことを印象づけた。現実に持った影響力の測定は脇に置くとしても、政治参加のあり方をめぐる認識は、15年の前と後で大きく異ならざるを得ない。

 もっとも、15年に花開いた「街頭の民主主義」は、それまでにみられた幾つかのシークエンスの延長線上にあることも確かである。政権への抗議活動は、原発再稼働に反対する12年の「金曜官邸前デモ」が記憶に新しいが、その2年前には都内で数千人を集めた「尖閣諸島抗議デモ」が注目を浴びていた。また、その間には「在特会(在日特権を許さない市民の会)」やその他「行動する保守」の諸団体による街頭での活動やこれを批判する「カウンター」も、当たり前の風景となっていた。

 本稿は、こうした急進化しているかにみえる政治参加と政治行動のあり方がどう成り立ち、なぜ広がっているのか、なるべく若者の政治意識に国際比較でもって焦点を当てつつ、政治学とその周辺での議論を参照して、説明を試みる。

 まず、若年層を含む日本の政治意識を確認し、次になぜそのような意識が生成しているかを分析する。最後に、これらが現在の政治にとって持つ含意が何かを問うてみよう。

1 日本人と若者の政治意識

 上の事例のように、2010年代に入ってから政治参加についての意識は大きく変わってきているようにみえる。

 実際に、「選挙」「デモや陳情、請願行動」「世論」といった国民の行動が政治にどの程度影響を及ぼしているかを尋ねるNHKの「日本人の意識調査」をみると、その変化が確認できる。1973年の第1回調査では、国民(16歳以上)の約7割が「選挙」を、約5割が「デモなど」を「政治に影響を及ぼしている」ものとしていた。その後はともに割合を減らすものの、1990年代末に「デモなど」が底を打ち、政治に影響を及ぼしているとする層が、03年には第1回以来はじめて増えた。「デモなど」とする割合は直近調査(13年)では3%ポイント減少したものの、それまで低下する一方だったデモという選択肢が微増したのは注目に値する(図1)。

図1 国民の行動が国の政治に影響を及ぼしている【出典】NHK放送文化研究所「第9回日本人の意識調査」(2013年)図1 国民の行動が国の政治に影響を及ぼしている【出典】NHK放送文化研究所「第9回日本人の意識調査」(2013年)

 このことは少なくとも、選挙に代表される公式的な政治参加とは異なる非公式的な政治参加も、一定程度の影響力と正当性を持っていると認められるようになっていることを意味している。

日本の若者の政治意識は先進国の中でも高い

 政治参加の手段についての意識の変化がこのように確認できる中、続いて日本の若年層の政治意識はどのようなものなのか、国際比較でみてみよう。内閣府の「第8回世界青年意識調査」(09年)をみる限り、一般的な印象と異なり、日本の若年層(18~24歳)の政治への関心は他の先進国と比較して一番高くなっている(表1)。

表1 政治に対する関心度(%、国際比較)【出典】内閣府「第8回世界青年意識調査」(2009年)表1 政治に対する関心度(%、国際比較)【出典】内閣府「第8回世界青年意識調査」(2009年)

 この種の意識調査が実施のタイミングや設問の仕方によって回答に影響を与えるのは事実である。しかし、日本一カ国でみても、若年層の政治への関心は年を追うごとに高くなっている(1998年=37・2%、2003年=46・7%、09年=58・0%)。その他の設問をみても、ボランティア活動の経験やそれへの関心が高いとする傾向が出ており、社会的な意識は決して低いわけではないことが確認できる。

 確かに総体として、日本の若年層の政治参加が活発かといえば、そうではない。その証左として、投票率の低さがよく挙げられる。20代の12年衆院選での投票率は37・89%、14年衆院選では32・58%と過去最低を更新している。

 もっとも、1960年代以降になって若年層の投票率が低位で推移しているのは多くの先進国に共通している。OECD加盟国でみた場合、日本を含め、全体の投票率はどこの国でも低下している(図2)。ここからフランスやドイツでは「棄権民主主義」という言葉すら散見されるようになっている(注1)。そして、若年層の低投票率は、有権者全体の投票行動と相関する値となる。こうして、一般的にいって若年層の政治意識は相対的に低いため低投票率になるが、やがてその世代も歳をとるに従って投票するようになる。日本ではこの「加齢効果」が特に強いとされている(注2)。

図2 OECD諸国およびアメリカ、イギリス、デンマークにおける投票率の推移(%)【出典】コリン・ヘイ『政治はなぜ嫌われるのか』2012年、18頁図2 OECD諸国およびアメリカ、イギリス、デンマークにおける投票率の推移(%)【出典】コリン・ヘイ『政治はなぜ嫌われるのか』2012年、18頁

 つまり、投票率の問題はまずは有権者全体に関わる問題であって、若年層に固有の問題ではないことに留意しなければならない。

日本の若者は投票以外の政治参加が低調

 学歴が高く、政治に関心を持っている若年層ほど、投票以外の抗議運動なども含め、政治活動の程度も一般的には高いことが、アメリカ、フランス、イギリス、ドイツのデータから確認されている。日本でも70年代から90年代までは低学歴者の方が投票率が高いという傾向があったものの、その後、高学歴者の方が投票所に足を運ぶようになったとされる(注3)。ここで、日本の若年層はようやく国際標準に近づくことになった。

 一方、他国との比較から日本が大きく様相を異にするのは、投票という公式的な政治参加以外の領域での低調さである。ここでは、シンクタンク「Fondapol」による世界25カ国の青少年の意識調査を通じて、日本のそれを確認してみよう。

 例えば、日本の若年層(16~29歳)のうち「市民団体に所属すること」に関心があるとする者は12%に過ぎず、これは各国平均36%(ドイツ36%、フランス46%、イタリア34%、オーストラリア29%など)の半分以下にとどまっている。また、「政党に所属して政治活動すること」に関心があるのは10%で、各国平均22%(ドイツ14%、フランス12%、イタリア22%、アメリカ21%など)の半分以下である(表2)。

表2 若年層(16~29歳)の政治・社会意識(%、国際比較)【出典】Fondapol 2011,World Youths/La Jeunesse du Monde, Tri par Pays表2 若年層(16~29歳)の政治・社会意識(%、国際比較)【出典】Fondapol 2011,World Youths/La Jeunesse du Monde, Tri par Pays

 「人々の選択と行動によって社会を変えられると思うか」という問いに対しては、日本の若者の70%が肯定的だったが、この数字はスペイン(69%)とハンガリー(65%)に次いで3番目に低い。その他にも、「自分の人生に満足しているか」という問いに対しては45%のみが肯定的(平均77%)、「自分を社会の一員として感じるか」という問いに対しては64%のみが肯定的(平均73%)で、日本の若年層は低い自尊心と強い疎外感を抱いていることがうかがえる。ちなみに、同調査でも日本の若年層の投票義務意識は決して低くないことを確認しておこう(平均81%に対して80%)。

 なお、全有権者を対象にした調査でも、何らかの合法的な抗議活動やボイコットなどを経験した日本人は12%にとどまり、これはフランスの48%、デンマークの40%、ドイツの29%、イギリスの20%などと比べても、低い水準にとどまる(注4)。

 要約すると、日本の若年層は、比較的高い政治的・社会的関心を有しているものの、それを変革する手段や方法、行動力についての意識は低いということになる。ここには若年層の「高い意識」と「少ない行動」との乖離がみられるのである。

2 「ポスト代表制」時代の政治参加

 民主主義とは何かと問うて、それを「ポリアーキー」とする有名な定式化を行ったのは、アメリカの政治学者ロバート・ダールである。彼は、融通無碍(むげ)に使われる「デモクラシー」という言葉を操作可能なものとするため、これを「公的異議申し立て」と「選挙に参加し公職につく権利」の二つの次元が高度に両立する「ポリアーキー」と定義した(注5)。

 すなわち、民主主義を名乗るのであれば、政治に参加する権利だけでなく、これに反対する自由も保障されていなければならない。この両輪が等しく回らない限り、民主主義は機能しないからだ。民主主義をこのように考える時、選挙で投票することだけが政治参加の方法ではないことは明白である。もし選挙権だけが保障されるのであれば、権威主義体制やファシズム体制との差異化は図れなくなってしまう。

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