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立憲主義掲げ、言論の自由に新たな空間

15年安保における若者の政治

高橋若木 大学講師

15年安保と「言論の自由」

 2015年安保闘争(以下、15年安保)の、過去の運動の再現に尽きない新しさは、どこにあるのだろうか。15年安保はまず、3・11後の社会運動の進化形として、その特徴の多くを共有している(注1)。第一にそれは、世間を外側から嘆き、理論的知識や高い政治意識を身につけた者としてもっぱら糾弾するのではなく、社会の内部に住まう主権者として運動し、大衆としての連帯感情を拡散するために工夫する。第二に、組織的な指示系統や厳密なメンバーシップを持たない、SNSによる多中心的で創発的な情報拡散で形成されるクラウド(群衆)運動である。第三に、道徳的な真正性を競い合うことで個人としての日常を犠牲にするようなストイックさがない。こうした特徴は、確かにどれも本質的であり、前衛主義と内向した破壊性によって支持を失った、かつての学生運動との類比がなぜ誤りであるかを示している。しかしながら、それらはどれも3・11後の運動全般の本質であって、15年安保を牽引した若者たちに固有のものとは言えない。

 筆者は、15年安保における若者の政治の新しさを、立憲主義を掲げ、言論の自由の新たな空間を出現させたことに見るべきだと考える。この変化は、デモの現象面で当初から明らかであった。シールズはデモの最中に、サウンドカーの上で所属と名前を宣言し、個人の日常的な言葉でスピーチを行う。スピーチでは、何に反対しているかという立場や、そこに込められた感情だけでなく、個人として法案をどう理解しているか、そしてなぜ反対しようと考えているかについての「議論」が展開される。国会前でも、コールは国会に向けられるのに対して、スピーチは取材陣を含む参加者のサークルに投げかけられる。それは、3・11後のデモが採用してきた、いくつかの短いコールを繰り返すミニマリズム(最小限主義)からの離陸であった。若者たちは言論の自由を実演し、その空間を作り出すことで、15年安保を闘ったのである。

安保関連法案に反対し、声を上げるSEALDsのメンバー=9月11日、国会前拡大安保関連法案に反対し、声を上げるSEALDsのメンバー=9月11日、国会前

 「学者の会」をはじめとする大学人との連携も、この観点から理解するべきだろう。多くの研究者を大衆運動の舞台に引き出したのは、言論の営みを庇護してきた大学とジャーナリズムに対する、若者たちの真率な敬意である。1960年代の後半から70年安保にかけて、学生運動はときに「大学解体」まで掲げながら教授会を糾弾し、自らの学生としての特権を批判した。

 ところが現在、大学は、もはや盤石の権威主義的構築物ですらなくなりつつある。文科省による人文社会系学科への容赦ない冷遇や、与党による言論の自由への圧力に現れているとおり、大学は学生が何もしなくてもすでに「解体」されつつある。その背景のうえで、圧倒的多数の憲法学者による違憲判断を一切無視する安全保障関連法の可決が行われ、学問の叡智に対する侮蔑が明らかになった。安保反対運動の学生たちが、声を上げた大学教員との積極的な協力を探るのは当然のことだっただろう。

 忘れてはならないのは、シールズが秘密保護法反対から出発したことである。若者たちが最初にもっとも強く反発したのは、「知」と「言論」に関わる自由の制限であった。また、言論の自由の実演というスタイルが、リベラル・メディアへの熾烈なバッシングによって言論に恐怖が浸透した時代へのカウンターとして浮上したことも銘記すべきだろう。立憲主義という15年安保の特有の標語も、言論の自由へのこだわりに枠組みを与えるものであったと言える。立憲主義は、政府の執行権力を、国民からの指令の体系(憲法)によって制限する。そのような権力の制限は、少数派に属する人々も含む意見の多様性を尊重させることになる。権力を制限する立憲主義と、それぞれの思いの多様性を尊重するリベラリズムが結びつき、言論の自由を実演するうえで欠かせない価値として再発見されたのである。

〝優しさ〟の形式を乗り越える

 とはいえ、今の運動は、それぞれの異なる意見を尊重しあう、リベラルな自由だけを強調するものとも言えない。意見の多様性を認め合うことで公共圏を活性化する若い運動というだけならば、15年安保を闘った若者たち以外にも存在する。シールズとの対比でしばしば引き合いに出される青木大和氏の創設した「僕らの一歩が日本を変える」の活動をはじめ、〝政治参加〟を求める若者の運動は、すでに様々な形で存在していたのである。シールズの新しさは、立憲主義という政治的自由の形式を尊重するよう呼びかけるだけでなく、この形式を反故にしようとする勢力を明確に拒絶し、その自由のために立ち上がったことにある。

 シールズの前身であるSASPLについて語った座談会で、メンバーは最初期のTAZ(the Temporary Autonomous Zone:一時的自律空間)の試みとその発想の変化を回顧して、次のように語る。奥田愛基によれば、TAZは、「原発再稼働に反対する官邸前抗議が盛り上がっていたころ、抗議行動の後に、賛成も反対もなく集まって話しましょうみたいな、そういう感じの集まりだった」(注2)。このような集会は、ふんわりとして危機感を欠いているように聞こえる。だがシールズの場合、日本社会が「完全に終わったっていうか、そんなこと言うことに意味がなくなった」(注3)という強い閉塞感がその背景にあったことに特徴がある。一見、さわやかで理想主義的に見えるシールズだが、彼らの本質は、このようにデフォルト(初期条件)として当然化され、きわめてドライに受け止められた閉塞状況のリアリズムにある。その閉塞感のなかでなんとか事態を打開しようとしたTAZの対話空間は、民主主義についての危機感が深まるにつれて、より明確な立場を打ち出す運動へと変化していく。

 2013年12月の特定秘密保護法可決を受けて、若者たちは、賛成と反対を明確に主張する「賭け」に出る(注4)。こうして14年2月、SASPLとして生まれ変わった時点から、15年5月、安保国会を前にSEALDsが発足するまでの期間、若者たちはさまざまな「対峙」型の運動現場に参加していった。

 この間、学生たちが参加した運動現場の中心部には、3・11後の反原発運動で対峙型の運動を率いた「TwitNoNukes」や「怒りのドラムデモ」の若いオーガナイザーたちがいた。彼らの運動は、政治にダイナミズムと透明性を取り戻させたいといった手続き論的な発想より、生存をかけた譲れない主張内容と、そこに込められた怒りによって駆動されていた。そのような対峙型の運動は、13年2月から爆発的に展開された、現C.R.A.C.(Counter-Racist Action Collective:対レイシスト行動集団)をはじめとする反ヘイトスピーチの街頭行動において、より明確な輪郭をとっていく。

 その後、Tokyo Democracy Crewの結成とともに、3・11後の社会運動は、反安倍政権というマルチイシュー的な大衆運動へと展開していった。こうした背景のなかで、15年安保の若者たちは、安全保障関連法への反対でシングルイシューの対決姿勢を明確にしながら、立憲主義をはじめとするマルチイシューの社会観を打ち出し、言論の自由を実演するスタイルを打ち出すこととなる。

 対決姿勢と言論の自由を組み合わせるうえで、若い運動が直面したのは、リベラル・メディアへのバッシングのような外圧だけではなかった。いまの日本社会には、正と不正を区別する強い主張行為一般を牽制する、〝優しさ〟の内圧が浸透している。メディアのミクロレベルでの自己規制から大衆の日常会話まで、「正義をどこかに設定すれば多様な意見を尊重できない」という恐れが、私たちの思考と行動に暗黙の縛りをかけている。こうした〝優しさ〟は、他者の自由を尊重するうえで一定の意味を持つようで、「他者の自由を一切尊重しない他者」に対しては無力である。昨今、お互いの自由を尊重する限り何をしてもよいというリベラリズムの原則は、他者の自由を踏みにじるヘイトスピーチによって根底から揺さぶられている。多様性を担保する「憲法のある社会」の原則(立憲主義)も、政治権力によってあからさまに無視されようとしている。

 このような時代にあって、正義の問題を忌避する〝優しさ〟は、声をあげる若者たちに対する最大の抑圧要因のひとつになりつつあったのである。言論の自由を〝実演〟しつつ、その基本原則を無視する権力に〝対峙〟した若者たちは、〝優しさ〟の内圧をも乗り越えていった。この点に、彼らの現代におけるリベラルとしての決定的な新しさがある。

「両論併記の不公正」

 生存と自由を脅かすものには、多様性と相互尊重の体裁から一歩踏み出して、徹底的に対峙しなければならない。15年安保の中心には、言論の自由をデモや集会で公開的に実演することによって、その一歩を踏み出そうとする若者たちがいた。しかしこれは、若者たちの必死の運動課題である以前に、リベラルな言論に携わるすべての者の日常的使命ではなかっただろうか。

 SEALDs発足後、夏の安保デモに入る前の記者会見で、メンバーの奥田愛基は集まった報道陣に次のように呼びかけた。「メディアの人たちに言いたい。両論併記はもうやめませんか。僕らが憲法守れってデモやってるのと朝鮮人死ねっていうヘイトデモを並べて報じたらそれが公平な報道ですか」。この呼びかけの背景には、3・11後の運動、とくに反ヘイトスピーチ運動の参加者たちのなかで繰り返し話題になってきた、メディアによる「両論併記の不公正」という問題意識がある。以下、両論併記による公正さを目指す配慮が、報道における錯視と歪みに至ったのではないかと思われる事例を取り上げ、言論の自由を対抗運動として主張した15年安保の精神に照らして、ジャーナリズムの課題を考えてみたい。取り上げるのはいずれも、新しい運動を作った若者たちから強い違和感の表明があった事例である。

「報道の公平性」の錯視

 最初の事例は、7月24日、安保法案をめぐる国会前の様子を報じたNHKニュース「安保法案 参院審議前に賛成派・反対派が集会」である(注5)。この日、国会前では、シールズが主催する安保反対デモが村山富市元首相などの政治家や学者を含む7万人(主催者発表)を集めた。一方、同日に行われた安保支持のデモは、右派団体「頑張れ日本!全国行動委員会」によって主催され、リベラルな報道に対する同会の粘着的な抗議活動で使われてきた大量の日の丸を、国会前の1500人集会(主催者発表)のなかで林立させた。

 NHKニュースは、両集会の参加者の意見をほぼ同じ分量で紹介している。当然の公平性である。だがNHKニュースは、賛成派デモについて「1500人が参加」と紹介しながら、少なく見積もってもその十倍以上の規模で行われた反対派のデモの人数を紹介しなかった。報道のみから出来事を知る人々は、「賛成派の大きな集会があり、それに付随して反対派もデモをしていたらしい」という印象を受けたであろう。また、記事が描く風景からは、賛成派のデモにだけ参加した政治家や学者たちの姿が消失していた。人数の規模と、参加者中の学者や政治家の存在は、運動の社会的意義を測るうえでの基本的な指標である。当然ながら、安保法案反対運動に参加する人々から大量の抗議が噴出した。

 ニュースの背景に政権に加担する力学が働いていたかどうかは推測の域を出ない。だが、次のように問うてみることはできるだろう。この報道が、公平性を目指すことで、かえって事実を歪めてしまったケースだとすれば、どうだろうか。政治的な偏りによって事実を歪めないよう留意するのは、ジャーナリズムの基本である。だがそれは、〝対立する政治主張に関しては、つねに大衆的支持の規模が対等であるように見せなければならない〟ということを意味するわけではない。もし、記事の作成者がそのような意味で公平性を気にしていたとすれば、筆者が伝えたいのは次のことだ。現象が事実レベルで対等でないことは、報道の責任ではない。対等でない現象を対等に見せかける編集こそ、報道の責任問題なのである。

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筆者

高橋若木(大学講師)

高橋若木(大学講師)(たかはし・わかぎ) 大学講師

1980年生まれ。専門は政治哲学。共著に『叢書 哲学への誘い 第二巻 哲学の振る舞い』(東信堂)、『社会はどう壊れていて、いかに取り戻すのか』(同友館)。